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3つの国の鶏足山

鶏足山けいそくさん。インドにもC国にも日本にもあるって、知ってた??

C国の鶏足山

まずは、C国にあることを知った。

 呉さんは、時々日本語で、C国内の様子をレポートしてくれるC国女子。ガッランガランの空き店舗ばかりのC国内ショッピングモールなども、穏やか〜な日本語で、ありのままをレポートしてくれている。大丈夫か??💦とこちらがハラハラしてしまう。でもま、どうやら大丈夫らしい。
 C国内の鶏足山への登山の様子をレポートしてくれている。高速鉄道に遅刻してしまうドジっ子さんだけど、それもまた、穏やか〜にレポートしてくれる。登山にみんなから遅れても「私は、マイペースで行きます。景色を味わいながら」みたいな、森ガールのようなこと言ってくれちゃう。なんか、親近感湧く。感性が視聴者さん達を穏やかにしてくれる〜😃。
 C国雲南省の鶏足山は、チベット仏教、上座部仏教、禅宗などの交差点??になっているらしい。標高3240m。夏は灼熱だとのこと。亜熱帯。だから短い冬の間に登るので正解らしい。富士山よりちょっと低い。よく寒くないな〜と思ったけど、あの服装で、ちょうどいいってことなんだね。

古代中国人はここが仏教の経典に記載がある伝説の「鶏足山」であると考えた。そこは、釈尊が十大弟子の一人である摩訶迦葉まかかしょう衣鉢いはつ*して「鶏足山に留まり、お釈迦さまの遺法を次世代の仏・弥勒へと伝えるように」と託された場所だとのこと。その後、摩訶迦葉は弥勒菩薩が成仏して現れるのを待ちながら入定した。言い伝えでは摩訶迦葉は華首門のそばにある石の中に寝泊りしたという。そのため、鶏足山は仏教の聖地となり、摩訶迦葉の道場として、中国仏教チベット仏教上座部仏教の交わる場所として重視されている。また仏教の禅宗の発祥の地とも言われている。

"鶏足山_(雲南省) "ウィキ高田良海師のブログの文言を
読みやすいようにこちらで少しアレンジした
註*: 師から弟子に托鉢の衣と鉢を渡すこと。転じて師から奥義を伝えること。

 ウィキにはチベット文字の名称も書いてあり、チベット仏教の僧侶たちも自由にここで修行ができるのであれば、と願うばかりだ(そうはなってないんだろうなぁ)(どうだろ!?)。
 呉さんはお寺の内部を撮影したり、お寺の詳しい歴史は語ってはいない。つまり、そういうことなのだと思う。

ほとんど日本人が知らない中国仏教名山・鶏足山|信仰・政治・経済が交差する巡礼地
中国まる見え情報局
ほとんど日本人が知らない中国仏教名山・鶏足山|信仰・政治・経済が交差する巡礼地
中国まる見え情報局
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中国まる見え情報局
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中国まる見え情報局

摩訶迦葉もwikiに載っていた。とてもこの漢字で「マカカショウ」とは読めない。んで、サンスクリットだと、「マハーカッサパ」なんですと。偉大なるカッサパさまって感じかな??

 そしてね、下記1990年のブログには文革で壊されたのを1980年代に再建した、とある。なかなかにボロボロのお寺だ…。でも、まだ、信仰や信仰を支える人々の息遣いが聞こえる気がする…。

下記C国人の語学ブログには特に文革の文字はない…。歴史については詳しく美しく書いてある…。


日本の鶏足山

日本の鶏足山はね…茨城県にある。標高430m。ハイキングのお山だよ〜⛰️

伝承はね、摩訶迦葉から弘法大師になっている。

鶏足山(赤澤山)山頂に置かれていた案内文【弘法大師と鶏足山】にはつぎのようなことが書かれています。

 平安時代の弘仁年間(八一○年~八ニ三年)、弘法大師が布教のため百沢(峰)ある土地に寺を開こうと、この地にやって来ました。

 当時この地は、大干ばつが続いており村人が飢饉に苦しんでいました。そこで、弘法大師は村人をなんとか助けようと釣鐘型の山の頂で、酒を満たした酒瓶を八つ置き八大竜王に必死に祈りました。すると八大竜王がやってきて八つの頭をそれぞれの酒瓶に突っ込んで酒を飲み出し、満足した八大竜王は雨を降らせてくれたそうです。この雨のおかげで、-村人は飢饉から救われたと伝えられています。そして、弘法大師はこの釣鐘型の山を「八瓶山」と名付け、南山麓に徳蔵寺を建立しました。

まんが日本昔ばなし〜データベース〜”マンジロク” 内のコメント投稿より
上記内容が概ね正しいことは、Travel Athlon はてなブログにある立て看板写真より確認しました。

 んで、ついでに、”マンジロク” 内のコメントには、下記のような素戔嗚尊すさのおのみこと八岐大蛇ヤマタノオロチ退治のような伝説も書いてある。

また、八瓶山には、次のような話が伝わっています。

 むかし、むかしのお話です。今の七会村の徳蔵という所に、引布山という山があって、その山に水のいっはい入った八つの瓶がありました。そこで、この山のことを「八瓶山」ともよんでいました。

 さらに書籍「茨城の民俗」には、「八瓶山の主は八つの頭を持つ大蛇だった。若い女性がこの大蛇に次々飲み込まれるので、困った村人は大蛇に8つの瓶で作った酒を飲ませた。酔って眠ってしまった大蛇を、みんなで退治した。」という出雲神話にあるヤマタノオロチ伝説のような話も載っています。

まんが日本昔ばなし〜データベース〜”マンジロク” 内のコメント投稿より

 弘法大師は日本中に温泉だの修行だのの伝説がある。それは大国主命オオクニヌシ少彦名命スクナビコナが日本中を開拓したり、土木工事を行ったり、という国造りの、続きというか、上書き保存というか、やり残しを仕上げた、というかそんな印象を受ける。つまり、それぞれの時代に、必要な技術を全国に伝えて回った人や人々がいたんじゃないか??という素人なりの連想、推測💦をしたくなる〜。
 しかも大国主は素戔嗚尊の娘婿。ご親戚っすよね。場所もね、一方は出雲にご縁があり、一方は四国にご縁があり。比較的近いよね。なんかグルグルする〜。

んで、鶏足山は日本中にいくつもあり、韓国にも!!やっぱり、仏教繋がりなのかな??


インドの鶏足山(Gurpa hill)

んで、もちろん、本場インドには、仏教の経典に登場する鶏足山が比定されている。

 すごい努力して、ご自身で旅して推測くださったようだ。

下記ブログにももう少し詳しく載っている。
鶏足山(グルパ山)インド


おわりに

 どの鶏足山も仏教と関わりがあり、今も信仰の痕跡が残っている。
 C国の鶏足山は仏陀の十大弟子の一人と結びつけられた。もしかしたら、だけど、本当に仏教の初期の頃に、山伝いに仏教が伝えられた時期があったのかもしれない。でもね、きっとそれより前に、あの土地は聖なる地だったのでは?と思いを馳せたくなる。大きな岩の前に立つお堂。大きな岩の前でお経の声を聞こうとする人々。岩からメッセージなりパワーなりを受け取る信仰がまずあったのではないか?と思いたくなってしまう。
 インドのグルッパ山もまた岩への信仰を思わせる。グーグルマップの方で検索すると岩の間を進んでいく動画がアップされている。まるで胎内巡りのようだ。つまりここも、まず岩への信仰があったのではないか?
 日本の鶏足山は岩々しい感じはしないけど「雨乞い」信仰と結びついてる。雨乞いは稲作と関わりが深いけど、でも神奈川県の大山(阿夫利神社)は雨乞い信仰の山で、どう考えても立地からして縄文時代からの信仰の山だと直感する。(実際縄文土器の破片も見つかっているらしい)。磐座信仰で雨乞いの山の大山があるのだとしたら、鶏足山もそうかもしれない。
 とすると…もしかしたら一万年、それ以上の昔からの信仰。神や自分の心と向き合い、生きることを祈る場所。信仰心を失いつつある現代だとしても…歩いてその場所に向かうという行為自体に何かを整え、何かと向き合い、祈りの気持ちを呼び起こす…そういう力があるのかもしれないと…記事を書きながら思うのでした。それこそが2026年の地球を良い方向に向かわせるのだろうという感触を持ちながら…。

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