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【読書】肉弾

出版情報

今回私が読んだバージョン

  • タイトル:肉弾

  • 著者:桜井忠温

  • 出版社:うから

    • 本バージョンは2004年に明言社から出版された復刻版であるが、版権は”うから”に移譲されている("うから"からの情報)。

    • 初出は1905年(明治39)丁未ていび出版社 刊

      • 本書wikiblogでそれぞれ初出情報が異なる。本記事は本書に準じる(とはいえblogである程度の謎解きがされている)。

  • 発売日 ‏ : ‎ 2004/6/20

  • 単行本 ‏ : ‎ 269ページ

紆余曲折の出版履歴

 著者 桜井忠温は日露戦争をリアルに戦った日本軍将校だ。と言っても、任官時は少尉で旗持ちで部下は1人、その後、戦場で中尉となり30人ほどの部下を率いるようになったので、どちらかといえば現場を統率する人だ。
 部下、同僚、上司までも失う激戦の中で、重傷を負い、最終的に右手首を失う。それでも生きて帰ってくることができた。きっとそれは喜ばしいだけのことではなかったのでは、と思う。だが、彼は執筆に意味を見出したのだろうと推測する。

  • 1879年(明治12)愛媛県松山市に貧しい士族の子として誕生。

  • 1901年(明治34)陸軍士官学校卒業・任官 22歳

  • 1904年(明治37)2月 日露戦争勃発 25歳

  • 同年 4月半ば 所属師団に動員がかかり日露戦争に出征。

  • 同年8月 歩兵中尉に昇進。第十二中隊小隊長として第一次旅順総攻撃に参加。旅順口望台にて重傷を負う。

  • 1905年(明治39)本書を丁未ていび出版社より刊行。利き手ではない左手で執筆したんだよ! 26歳

  • 軍人を続けながら肉弾の後編にあたる銃後を執筆・刊行。

  • 1930年(昭和5)陸軍少将に任ぜられ退官。執筆活動に専念。51歳

  • 1947年(昭和22)公職追放に遭い、1952年(昭和27)解除。

    • 終戦時の活動により、とあるが、1945年(昭和20)なにをしていたんだろう?

  • 1959年(昭和34年)長く東京で暮らしたが、この年に帰郷。

  • 1962年(昭和37)に松山坊っちゃん会を設立、初代名誉会長となる。

  • 1964年(昭和39)に愛媛県教育文化賞を受賞。

  • 1965年(昭和40)郷里松山市で86歳の生涯を閉じる。

 肉弾の題字は乃木希典大将、大山巌元帥が寄贈し、序文を大隈重信伯爵が書いている。さらに、時の米大統領セオドア・ルーズベルトから感謝状が送られている。「驚嘆の念を以て通読し」「自分の息子たちに数章読み聞かせている」「国家に奉仕する青年の精神を鼓舞する」実戦記である、と。

 Amazonの著者紹介には「戦記文学の先駆けとして大ベストセラーとなり、英国、米国、ドイツ、フランス、ロシア、中国など十五カ国に翻訳紹介される」とある。何百も版を重ね、とblogには書いてある。とてつもないベストセラーだったのだ。

 だが、戦後はGHQの焚書に合い、復刊したのは1978年のようだ。Wikiには、下記のように復刊履歴がある。

  • 『肉弾 旅順実戦記』国書刊行会、1978年。復刻版。

    • 『肉弾 現代文』国書刊行会、2010年。

  • 『肉弾』明元社、2004年。

  • 『肉弾 旅順実戦記』中公文庫、2016年。解説:長山靖生

 戦前のものも丁未出版社刊とあったり、英文新誌社出版部から出版とあったり。そして何百と版を重ねたにもかかわらず、印税として著者が報われることはなかったようだ。版権が買取だったのだろうと推測されている。

 戦記そのものがドラマであり、出版の紆余曲折も、ドラマといえばドラマだろう。

 骨肉を賭したドラマ。

 だけどね、多分、著者として印税で報われたいとか、著者はどーでもよかったんじゃないか?いや少なくともどーでもよい、という姿勢を貫いたんじゃないか?それより、戦争のリアルを知ってもらいたい、我々が誇りをもって戦ったこと、死んでいった戦友たちにも、大きな名誉があったこと、どんな死に方だとしても。ひとりひとりの生き様、死に様を国民国家の一員として日本人皆が覚えている…だからこそ、戦場の死は報われる…。そんな気持ちだったんじゃないかな?
 そして戦後は地域に貢献して生きる、を貫いたのでは、と。

 どうだろう?戦後生まれの私には推測することしか、できないのだが…。

 漢文読み下し調の文体というのだそうで、本書にはルビが丁寧に振ってある。わかりにくい言葉には注が随時つけられているので、その点は読みやすい。ただ、慣れるには、時間がかかった。ご興味のある方はぜひ。


本書との出会い

 知る人ぞ知る、いや、私の記事の読者なら、よく知っているであろう文芸評論家の浜崎洋介氏が『敗戦とトラウマ』という座談会集を編集した。それは戦争にまつわる日本文学を8篇選び、数人で読んで座談会をし、収録したというもの。そのうちの一つが『肉弾』だったのだ。8篇の作品は以下の通り。

  • 断絶編 城山三郎『大義の末』/三島由紀夫『英霊の聲』

  • 激戦編 櫻井忠温『肉弾』/丸山豊『月白の道』

  • 沖縄編 大城立裕『カクテル・パーティー』/目取真俊『平和通りと名付けられた街を歩いて』

  • 特攻編 吉田満『戦艦大和ノ最期』/島尾敏雄『出発は遂に訪れず』

 今後もいくつかピックアップして読むと思う。

 なぜ8篇の中で本書を選んだかといえば、一番戦後から見て異質そうだから。私たちが失ってしまった何かを、教えてくれそうな気がしたから。

本書を読んで

遠足気分で…

 遠足か、修学旅行なんですよ。最初は。船に乗るまでが大変!徴兵されても、船に乗れない兵隊さんは「もう、バンザイされて送り出されて、今更故郷に帰れません」「連れて行ってください!」と。でも定員があり船に乗せられない。中には「こんな役に立たない体なら、切腹してお詫びしよう!」なんて思い詰める人も!?もう、それだけ国のために役に立ちたくてしょうがない。そして、やっと船に乗っても、やっぱり興奮冷めやらない。

肉弾 p55

日清戦争から連続している

 日清戦争って、1894年(明治27)ー1895年(明治28)。つまり日露戦争のちょうど10年前。あの時も旅順で戦った。日清戦争で戦って旅順で斃れた戦友の墓に生き残った兵士が帰国時に語りかける。「オレは日本に帰るけど、お前は連れて帰れない。ここで葬るほかないけど、よかったなぁ。ここも日本だ。ここも日本になったんだよ」というエピソードがある。すごい哀しい「よかったなぁ」だ。一緒に故郷に帰りたかったのに…。そしてせっかく勝ったのに。結局、旅順は、遼東半島は、三国干渉で日本のものにはならなかった。だから…2025年の今も、彼の地で私たちの先人が眠っているということなのかもしれない。そんなこと、思いもしなかったよ…。どんな思いで眠っているんだろう?

せっかく南山まで来たのに出番がないっ!

 出航するまで、出航してからは大陸に着くまで、大陸の塩大澳えんだいおうという湾に入ってからは、実際に上陸するまで、上陸してからは、戦闘地である南山に着くまで、ずっとジリジリしっぱなしだ。はやる気持ちの遠足…からは、少し現実が見えてきたけど、でも「早く戦いたい〜」「お国のお役に立ちたい〜」という気持ちを抑えきれない。んで、やっと南山に到着したら、「戦闘は終わったから待機せよ」と。周りは野戦病院のテントだらけ。担架で運ばれてくる負傷兵だらけ、でも。アドレナリンがでっぱなしの男子たち。

Googleマップ 塩大澳と南山

そうして、だんだんと実際の先頭へ

 でも戦闘は南山だけじゃない。いくつもある。結局著者は、第一次旅順総攻撃で負傷する。もう亡くなったと思われるほどの大怪我だ。

 これ以降のエピソードについては、ぜひ、本書を読んでほしい。

 この戦闘での日本軍の犠牲者は、露軍の10倍の1万5000人。著者を助けた日本兵はあまり日をおかずに流れ弾で亡くなっている。侵攻するにも撤退するにも負傷した仲間、亡くなった仲間を跨いで、時には踏みつけていかねばならない。それは地獄だよね。だけどね、著者は、もちろんありのままを書いているけれども、決して地獄としては描いていない。なぜ、どうして、そう書けるのか。それがね、多分、私が知りたいことの一つでもあるんだ…。
 読んで、なお、なぜかは、わからない。
 けど一つは、人間的なの、それでも。水を汲み、飲ませ、手当てをする。そういうこともしてるの。自分もしてもらってるの。そして、突撃!の号令をかける人も、かけられた人も、亡くなってしまう。けど、そこに暗さがない。そういうことをすべて「当たり前」として行う。当たり前じゃなのかもしれないけど、当たり前として行なっているように見えてしまう。その姿勢。きっと「明治の人は強いなぁ」で済ませてはいけないような気もする。もどかしい。

おわりに

 『敗戦とトラウマ』には、誇りの持てる戦争には、下記のものが必要だと書いてあったように思う。

  • 明確な目標

    • ロシアの満州、朝鮮半島への南下を防ぐ。

  • 国からの潤沢なバックアップ

    • 当時はロシアほどではなかったかもしれないが、少なくとも移動の船中で「遠足気分」になれる程には、帝国陸軍には潤沢さがあった。

  • 国民からの心情的支援

    • 日清戦争で勝ったのに三国干渉によって、特にロシアによって遼東半島を手放さざるを得なかったことを国民は、みな理不尽だと思っていた。ロシアの南下をみなが脅威に思っていた。

 本書『肉弾』を貫く明るさは、この3つが揃っているところからきているのではないか、と。
 近代人の迷いとか、逡巡しゅんじゅんとか、疑いのようなものはないんだよね。記述に。
 羨ましい、とは素直に思えないけど、でも、それを、愚かしい、とも思えない。むしろ清々しい感じがする。
 でも…彼の地で眠っている先人たちのことを思うと、痛ましい気持ちがする。ぜひ、魂だけでも靖國で安らかにお眠りください、と思わずにはいられない。

 語彙力〜💦

 みなさんは、どう思いますか?


 
引用内、引用外に関わらず、太字、並字の区別は、本稿作者がつけました。
文中数字については、引用内、引用外に関わらず、漢数字、ローマ数字は、その時々で読みやすいと判断した方を本稿作者の判断で使用しています。
また、文言の間違い、表現のわかりやすさなど、随時訂正しています。ご了承ください

おまけ:さらに見識を広げたり知識を深めたい方のために

ちょっと検索して気持ちに引っかかったものを載せてみます。
私もまだ読んでいない本もありますが、もしお役に立つようであればご参考までに。

肉弾:記事報告者が読んだバージョン

肉弾:国書刊行会 復刻版 1978年:Kindle用に電子書籍化

『肉弾 旅順実戦記』国書刊行会、1978年。復刻版。乃木希典や大山巌が題字を書いている!!Kindleのみ。

肉弾:現代文

『肉弾 現代文』国書刊行会、2010年。

肉弾:文庫版

『肉弾 旅順実戦記』中公文庫、2016年。解説:長山靖生。現在はkindle版しかない模様。

桜井忠温の著作


明治戦争文学集:初出は昭和4年発刊

 この全集の中に、『肉弾』も収められている。活字も当時のままなのかも。

Wiki:肉弾

はてなブログ:肉弾

松山坊ちゃん会

アジア歴史資料センター

 アジア歴史資料センターはインターネット上の資料館(デジタルアーカイブ)とのこと。ここに日露戦争の資料がある!

ロシア軍犠牲者1500人に対して日本軍犠牲者1万5000人

 本書の著者 桜井忠温参加した第一次旅順総攻撃では日本軍犠牲者1万5000に対し、露軍犠牲者1500人。攻撃は中止となった。結局海軍戦へともつれ込む。

敗戦とトラウマ

 男の子たちだけで戦争を語っていいのかな?


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