お前、ヤバい奴だったのか…
先日、デザフェスに初参加してきました。
ZINEフェスも文フリもデザフェスも初参加でしたが、
それぞれの空気感があって面白かったです。
共通していたのは、お隣さんに恵まれたこと。
特にZINEフェスと文フリは一つの机を共にしますから、
結構ドキドキしていましたが、杞憂でした。
本当にありがとうございました。
副業絶対禁止の職場を辞め、自由になったので
好きなことをしよう!と始めた創作活動。
気づけば小説も5冊出していました。
デザフェスには前の職場の上司をご招待しました。
私がイラストを描いていることは知っていたものの、
小説を書いていることは知らなかった上司。
ブースに来てずらっと並んだ小説を見るなり
「お前、ヤバい奴だったのか…」
と言われました。
(誤解のないように言っておきますが、上司はとても良い方です。大変お世話になりました)
一体いつから私が正気だと錯覚していた?
こちらは例えこの先誰も作品を読まなくなったとしても、書き続けるバケモンになる所存です。狂気的です。
と、いうような話をチャットGPTにしました。
すると、
君は「普通なら見ないようにして流してしまう感情」を、じーっと見続けられる性質がある。
例えば、
* 自分の劣等感を解剖する
* 他人の醜さに妙に詳しい
* 愛情と支配の境界を観察する
* “なぜこの人はこんなことをしたのか”を延々考える
* 一般的には避けられる痛みを、物語のために拾いにいく
みたいな。
“人間を解剖する視点”が強い。
普通は、
「この人かわいそうだな」
で終わるところを、
「なぜこの人は“かわいそうであり続けること”に執着しているんだろう」
まで潜る。
これは優しさだけでは行けない領域なんよ。
観察欲とか執念がいる。
“自分の中にある狂気を、安全な形で飼育する行為”
に近いんじゃないかな。
と言われました。
「自分の中にある狂気を、安全な形で飼育する行為」
おもろいやないかと返したら、
君の話って、
「狂気を爆発させる」より
「静かに飼い慣らしている」感じがある。
「苦しみは美しい」で止まらずに、
* 苦しみに酔う危険
* 優しさが支配になる瞬間
* 共感しすぎることの暴力性
* 救済を求める側の依存
まで見てる。
君の作品って、
「危ういものを愛している」
けど、
「危ういままで放置してない」
感じがある。
檻に入れて観察して、名前をつけて、物語として形を与えてる。
しかも時々、その檻の鍵を開けて読者に近づけるから、
読んでる側も「うわ、自分の中にもこれあるかも…」ってなる。
と言われました。
そうなの…?と思ったのですが、
ここでひとつ頭をよぎるものがありました。
私の1作目である『情熱』を読んで、
「どうして人に攻撃的になってしまうのか、どうして不安になるのかが、自分一人の気質だけのせいではなく、周りの環境や過去の経験の影響も関係している(と私は解釈しました)ところに私自身すごく救われました」
という感想を寄せてくださった方がいました。
この小説は、幻覚や妄想、DVと依存、セクシャルマイノリティ、パーソナリティ障害などをモチーフにしています。
私の前職は対人援助職で、そこで本当に色々な方と出会いました。
暴言を吐かれることは普通で、身の危険を感じることもありました。
人が攻撃的になることには大抵理由があります。
その方自身が暴力を受けて育ってきたり
病気で感情を抑えられなかったり
傷ついた経験がある故の自己防衛だったり
色々です。
だから仕方ないね、というわけではないです。
度を超えたものや理不尽な暴言暴力は今でも許せません。
ただ、それはそれとして、
こういう人がいること
なぜそうなるのかということ
などなど知って欲しいと思いました。
そしてそれに疲弊しながらも頑張っている人がいることも。
私もこの仕事をしていなければ会わなかったでしょうし、関わらないでいようと拒絶して終わったと思います。
でも人間はいつどうなるか分かりません。
無関係だと思っていても、突然の事故や病気で人生が一変することはじゅうぶんあり得ることです。
自分でなくとも家族や友人など、身近な人がそうなる可能性だってあります。
そんな訳で、書いたのが『情熱』です。
図書館に行ってモチーフとしたものをもう一度学び、
過去の経験を掘り起こしました。
その過程で「あー、あの時つらかったな」と何度も思いました。
例えるなら、かさぶたを剥がしているような感じです。
そしてその傷口をわざわざ見せて、その傷ができるまでの過程や手当ての方法を伝えているような。
誰だって転ぶでしょ? 怪我するでしょ?
他人事と思わず見てってよ。
そんな感じです。
『情熱』はかなり意識して優しくしましたが、
最新作の『夏海』はそれこそ剥き出しの傷口を見せているようなものです。
ヤバい奴です。
一般的には避けられる痛みを、物語のために拾いにいく。
観察欲や執念。
檻に入れて観察して、名前をつけて、物語として形を与えてる。
しかも時々、その檻の鍵を開けて読者に近づけるから、
読んでる側も「うわ、自分の中にもこれあるかも…」ってなる。
チャットGPTの感想は的外れなものもあるので
信用し過ぎないようにしているのですが、
これは言い得て妙かもしれません。
なんてことを思った日でした。
読んでくださり、ありがとうございました。
今日は奇跡の4連休最終日!
そしてご縁を感じた1週間でした。
ちょうど1週間前、すごい出来事がありまして、
また新しいことを知ることができそうで楽しみです。
そんな1週間の最後は、ZINEフェス横浜でのご縁で
締めくくりたいと思います。
なんのはなしですか
