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映画『八つ墓村』雑考 その12

 いかんいかん。

『八つ墓村』の病の話を前振りしたのに、大切なことを書かずに済ませちゃうところだった。そう、白塗りのつづきだ。山崎努の演じる多治見要蔵がなぜ虐殺を始めて間もなく白塗りと化していくのかってことについては、前半に記したとおり、神霊化だったんじゃないかと。

 ここでいう神霊化ってのは、悪鬼化といってもいい。つまり、怨霊の塊と化した、怨霊に憑依された、そんな感じのものだ。人間が生から死へと至る際、その間つまり境界に、別なものに変じる。

 手塚治虫の『バンパイヤ』でトンペイがオオカミに変身する際、その途中の「なにものか」がある。この得体の知れない変化を遂げていくには時間が掛かる。その「時」をあらわすのが「白」であるとおもっていい。

 それで、いまいちど、1977年の野村版『八つ墓村』を観てみよう。

 顔が白く塗られるのは、32人殺しに暴走していく多治見要蔵(山崎努)だけじゃない。萩原健一が訪れる多治見家でふたり並んで出迎える小竹(市原悦子)と小梅(山口仁奈子)はわずかながら白みが差していて、やがて小梅が洞窟の地底湖で遺骸となって発見されたときには真っ白に変化している。

 そう、この双子の姉妹は、多治見家と心中したようなものだが、家督の襲名を見届けないかぎり死んでも死にきれないという強烈なおもいから、半死半生、なかば神霊化したまま生きながらえてきた。そういう、じつに複雑な境遇にあったため、白くなりかけつつも白くなってはいないという状態にあった。

 また、冒頭で落ち武者として登場する8人の尼子一族だが、かれらは祭りの日、毒を飲まされて斬殺に追い込まれる際、どんどんと白くなっていき、やがて白き首となって晒される。むろん、最後の多治見家の大炎上を見下ろしているときには正に大怨霊となって純白に塗り籠められている。

 そして、なんといっても、森美也子(小川真由美)だ。

 あくまでも人間として死んでいった多治見春江(山本陽子)は、白くなることはない。それは、井川丑松(加藤嘉)も、工藤校長(下條正巳)も、そうだ。ところが、久野恒三郎医師(藤岡琢也)は白化する。濃茶の尼(任田順好)についてはやや微妙だが「祟りじゃ~」という日本映画史上の名キャッチのヌシとしては白蝋化していてほしいところだが、まあこれは擱いて。

 そう、小川真由美。彼女は白化するどころか、金色の瞳となり、血の涙を流す。もはや、文楽か歌舞伎の世界で、怨霊の実体化のような凄まじいカタチとなって現れる。恩讐の権化といってもいいし、400年という時の憎悪と絶望を捏ねくり回して実体化させるとこんなふうになるんだっていう、凄まじさになってる。

 でも、死んでないんだよね。小川真由美こと森美也子は、尼子一族の血を引いて、本人が望むと望まざるとにかかわらず、とにかく、多治見家を滅ぼさずにはおらりょうか!っていう悪念の塊になってるわけだ。でも、生きてて実体がなければ、人殺しはできない。だから、死ねない。ばけものになっても、生きていなくちゃいけない。つまり、怨霊の憑依した人のかたちをしたなにものかになっていなくちゃいけない。それが「白」なんだね。

 この森美也子を操っているっていうか憑依しているのが夏八木勲。そう、尼子義孝だね。この義孝が八つ墓村へ落ちてきたことがすべての始まりで、400年もの間、怨念が凝りに凝って霊化して、森美也子に憑依するわけだね。もちろん、そこには他の落ち武者(田中邦衛や稲葉義男)も憑いてる。こうした凄まじい怨念が、事件をひきおこしているわけだね。

 つまり『八つ墓村』において、顔色が「白」になっているのは、生から死へ、人から霊へ、転じてゆく過渡期の象徴とおもっていい。そのとき、そこにあるものは、人間でもなく遺骸でもなく、その中途の存在なのだと。これは、野村芳太郎や森谷司郎が助監督として立ち働いた、橋本忍ががっぷり四つに組んで書き合った、黒澤明の持論だったのかもしれない。だから『生きる』『どですかでん』『影武者』『乱』『八甲田山』『聖職の碑』そしてこの『八つ墓村』などで「白」のメーキャップが意味を持ってくる。

 てなことを、書いておかなくちゃいけなかったんだよね。

 これはもはや、黒澤明や橋本忍から野村芳太郎、そして森谷司郎へと受け継がれた顔の「白」の系譜といっていいんじゃないかって気がするんだけど、こうした「白」の世界と、そののちの日本映画の「白いメーキャップ」とは、ぼくはなんだか違ってみえちゃうんだ。本質の「白」とこけおどしの「白」とでもいえばいいんだろうか。まあ、贔屓の引き倒しなんだけどね。

 そこで、最初の話題に戻らないといけない。そう、都井睦雄についてだ。睦雄が凶行を犯した根本的な要因は、病だ。たぶん、そうだろう。肺結核で4年、苦しんだと遺書にあるし、そのせいかどうかともかく結婚も恋愛も拒絶された。遺書を読むかぎり、少なくともふたりの女性と恋仲にあったような感じだけど、このあたりのことはよくわからない。ただ、いずれにせよ、この肺結核あるいは肋膜炎が、彼の運命に影を落としたことだけは想像に難くない。この病が「津山の30人殺し」にいたり、そしてその事件が「八つ墓村の32人殺し」に繋がった。そう、おもっていい。

 で、次回こそ、映画『八つ墓村』を成り立たせた病の話になるはずだ。

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