約250の音楽教室がJASRACを訴えた――最高裁が「生徒の演奏はセーフ」と言った理由
ピアノ教室のレッスンを思い浮かべてください。先生が「じゃあ、先週の課題曲を弾いてみようか」と言い、生徒がぎこちなくポップスの名曲を弾き始める。どこの教室でも毎日繰り返されている、ごく普通の光景です。
ではこのとき、生徒が弾いたその曲の「著作権使用料」を、教室は払わなければならないのでしょうか?
この問いをめぐって、ヤマハ音楽振興会や河合楽器製作所をはじめとする約250の音楽教室の運営者が、著作権の管理団体であるJASRAC(一般社団法人日本音楽著作権協会)を相手に裁判を起こしました。決着をつけたのが、2022年(令和4年)10月24日の最高裁判決です。
最高裁の結論をひとことで言うと――「レッスンで生徒が弾く演奏について、教室は使用料を払う立場にない」。
今回は、この「音楽教室事件」を、法律用語をできるだけかみ砕きながら紹介します。
そもそも、なぜ「教室」が払う話になるの?
著作権法には「演奏権」という権利があります。ざっくり言えば、「みんな(公衆)に聞かせる目的で曲を演奏することは、作った人だけができる」というルールです。コンサートで曲を演奏するとき、主催者が使用料を払うのはこのためです。
「でも、レッスンで実際に弾いているのは先生や生徒であって、教室という会社じゃないよね?」と思いますよね。ここに、この裁判最大の論点がありました。
実は判例には、実際に歌ったり弾いたりしている本人ではなく、その場を仕切って利益を得ている事業者を「演奏の主体」とみなす考え方があります。カラオケスナックで歌っているのはお客さんなのに、使用料を払うのは店、とされたのが有名な先例で、「カラオケ法理」と呼ばれてきました。
JASRAC側は、この考え方でいけば「レッスン中の演奏の主体は音楽教室そのもの。だから教室が使用料を払うべきだ」と主張したわけです。
これに対して音楽教室側は、レッスンでの演奏はカラオケ店の営業とは性質がまったく違うとして、約250の運営者がそろって原告となり、「私たちにはJASRACへ使用料を支払う義務がないことを確認してほしい」という訴訟を起こしました。請求される前に、自分たちの側から裁判所に白黒をつけてもらいに行く――「請求権の不存在確認」という、少し珍しいかたちの裁判です。
裁判所の答えは、審級ごとに変わった
この裁判、実は3つの裁判所で結論が揺れ動きました。

1回戦・東京地裁(2020年):先生の演奏も生徒の演奏も、まとめて「教室が演奏の主体」。教室側の全面敗訴。
2回戦・知財高裁(2021年):ここで初めて、先生の演奏と生徒の演奏を分けて判断。先生の演奏は「教室が主体」だけれど、生徒の演奏は「弾いている生徒本人が主体」。教室側の一部逆転勝訴。
3回戦・最高裁(2022年):JASRAC側が「生徒の演奏」の部分だけを不服として上告。最高裁はこれを退け、知財高裁の判断が確定しました。
ここで大事なのは、最高裁が審理したのは「生徒の演奏」だけだということ。先生の演奏については、「教室が主体で使用料の対象になる」という知財高裁の判断が、そのまま確定しています。
最高裁の決め手は「何のための演奏か」
最高裁は、演奏の主体を判断するときは「演奏の目的及び態様、演奏への関与の内容及び程度等の諸般の事情」を考慮する、という物差しを示しました。そして、レッスンで生徒が弾く演奏を、こんなふうに分析しています。
まず、目的。生徒がレッスンで課題曲を弾くのは、うまくなるためです。判決の言葉では、生徒の演奏は技術の習得・向上を目的として行われるのであって、「課題曲を演奏するのは、そのための手段にすぎない」。コンサートのように誰かに聞かせて楽しませることが目的ではない、ということです。
次に、教室の関わり方。先生は曲を選び、弾き方を指導しますが、それは生徒の上達を助けているだけ。判決は、生徒は「飽くまで任意かつ自主的に演奏するのであって、演奏することを強制されるものではない」と言います。弾くかどうかは、あくまで生徒次第なのです。先生が横で伴奏をつけたり、練習用のCDを流したりしても、それらは「生徒の演奏を補助するものにとどまる」と位置づけられました。主役はどこまでも、弾いている生徒本人だということです。
そしてお金の流れ。教室は生徒から受講料を受け取っていますが、判決いわく「受講料は、演奏技術等の教授を受けることの対価であり、課題曲を演奏すること自体の対価ということはできない」。生徒が払っているのは「教えてもらうこと」への料金であって、「曲を弾くこと」への料金ではない、という整理です。
これらを総合して、最高裁は「生徒の演奏について、教室は著作物の利用主体とはいえない」と結論づけました。カラオケ店がお客さんの歌で商売をしているのとは、演奏の目的もお金の意味も違う、というわけです。

「音楽教室の全面勝訴」ではないことに注意
ニュースの見出しだけ見ると「音楽教室がJASRACに勝った」と読めますが、正確には引き分けに近い決着です。
繰り返しになりますが、先生の演奏(模範演奏や伴奏)は「教室が主体で、演奏権が及ぶ」という教室側敗訴の判断が確定しています。最高裁はこの部分について何も判断していません。「最高裁がレッスンの演奏をぜんぶセーフにした」という理解は誤りなので、気をつけてください。
また、この判決が決めていないこともたくさんあります。レッスン料が今後どうなるか、JASRACの徴収のやり方がどう変わるか――そうしたことは判決には一切書かれていません。判決が答えたのは、あくまで「生徒の演奏の主体は誰か」という法律問題だけです。
音楽教室以外の「習い事」にも関係する話
この判決が示した物差し――演奏の目的や態様、事業者の関与の内容・程度をトータルで見る――は、音楽教室に限らず、受講生が何かを「実演」する習い事ビジネス全般にヒントを与えてくれます。
たとえばボーカル教室やダンススクール、カルチャーセンターの講座など。「その行為は誰がしているのか」「何のためにしているのか」「事業者はどこまで関わっているのか」という切り分けが、権利処理を考えるうえでの出発点になります。
ただし注意したいのは、同じ教室でも場面が変われば結論も変わり得ること。たとえば発表会のように、お客さんに聞かせることを目的とした演奏は、「上達のための手段」であるレッスン中の演奏とは前提が違います。この判決を「教室で起きることは全部フリー」と読むのは、拡大解釈です。
まとめ
レッスンで生徒が弾く演奏について、音楽教室は使用料を払う立場にない――これが最高裁の結論
決め手は「生徒の演奏は上達のための手段」「受講料は教えてもらうことへの対価」という分析
先生の演奏は「教室が主体・演奏権の対象」のまま確定。最高裁はそこを判断していない
音楽教室に限らず、生徒・受講生が何かを「実演」する習い事ビジネス全般にとって重要な先例
生徒がのびのび課題曲を弾けるのは、「その演奏は誰のものか」を裁判所が丁寧に切り分けてくれたおかげ、と言えるかもしれません。
出典:最高裁第一小法廷・2022年(令和4年)10月24日判決(音楽教室における著作物使用に関わる請求権不存在確認請求事件) 判決文PDF・裁判所ウェブサイト
※本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、法的アドバイスを提供するものではありません。個別の事案については、弁護士にご相談ください。
▼この判決のより詳しい解説(条文・事件番号・三審の判決文の引用付き)はこちら
音楽教室のレッスンで生徒が弾く曲に著作権使用料はかかるのか――JASRAC音楽教室事件・最高裁令和4年10月24日判決(chosakukenhou.jp)
