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Graham Coxon『Castle Park』


こんな傑作が、15年もの間眠っていたとは信じがたい。

未発表作品と聞くと、「完成に至らなかった理由」がどこかにあるのではないか、と疑ってしまったが、聴くとその穿った先入観はあっさりと覆される。
ここにあるのは、グレアム・コクソンというソングライターが最も充実していた時期の才能が、そのまま封じ込められたもう一枚のアルバムだった。

制作されたのは『A+E』と同時期らしい。
しかし、その表情は驚くほど対照的で、クラウトロックやディスコ・パンクのビートを取り込み、尖った実験精神を前面に押し出した『A+E』に対し、『Castle Park』は60年代モッドやパワーポップへの愛情が溢れ、アコギの柔らかな響きもたっぷり注がれた作品になっている。

ここには、『Happiness in Magazines』や『Love Travels at Illegal Speeds』で魅了してきた、メロディメーカーとしてのグレアムがいる。

どうしたって、強いシグネチャーを持ち、卓越したプレイから、Blurのギタリストとして語られることの多いが、改めて思うのは、その本質はギタリストであると同時に、素晴らしいメロディを書けるソングライターだということだ。

肩の力が抜けた軽やかなコード進行、口ずさみたくなるサビ、そして甘さだけでは終わらない少し翳りを帯びた旋律。
その絶妙なバランス感覚は、この作品でもふんだんに発揮されている。

しかも、それはアルバムが進むにつれて少しずつ表情を変えていく。

前半は陽光の下で鳴るようなポップソングが並ぶ一方、終盤に向かうにつれ、グレアム特有の陰影が静かに濃くなっていく。

その流れの果てに置かれたラストナンバー「All the Rage」は、「おそらくこれまで書いた中で最も抑鬱的な曲」と語るほどの重みを持つ一曲だ。
シンプルなアコースティック・ギターを中心に据えながら、存在への不安や焦燥を淡々と歌うその姿は、華やかなポップネスの裏側に常に潜んでいた孤独を浮かび上がらせる。
この一曲があることで、『Castle Park』は単なる「失われたポップアルバム」ではなく、人生の光と影をひと続きのものとして描いた作品へと昇華されている。

つい考えてしまう。
もしこの作品が2012年当時、『A+E』と対になる”もう一枚のアルバム”として発表されていたなら、グレアム・コクソンのソロキャリアは、もう少し違った角度から語られていたのではないだろうか。
実験精神あふれるギタリストという評価だけでなく、英国屈指のポップソングライターとしての側面も、より広く共有されていたかもしれない。

もちろん歴史は変わらない。しかし、15年という時間を経た今だからこそ、このアルバムは単なる発掘音源以上の意味を持つ。

『Castle Park』は、過去の忘れ物ではない。

グレアム・コクソンという音楽家が持っていた、尽きることのないメロディの才能を改めて証明する一枚であり、ポップな切れ味と、シンガーソングライターとしての繊細な哀愁を愛してきたリスナーにとっては、まさにタイムカプセルのような作品なんだ。

15年遅れで届けられたこのアルバムは、失われた時間を取り戻すどころか、「今だからこそ出会えてよかった」と思わせる不思議な生命力を宿している。

#grahamcoxon #castlepark #グレアムコクソン

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