私が聖飢魔IIにハマるまで【後編】
※こちらの記事は私が聖飢魔IIにハマるまで【前編】の続きです。
前回までのあらすじ
物事ついた頃からデーモン閣下を知っていた焦げちく。しかし閣下のことをお笑い芸人だと勘違いしていたり、ヘヴィメタルに目覚めても聖飢魔IIのことは長らくスルーしていたーーーー。
壊れた日常
【前編】でも触れたとおり私は高校生の頃からHR/HMが大好きないわゆる“メタラー”で、観たいライブがあれば規模の大小を問わず行き、インディーズバンドの音源を買うために遠方のディスクユニオンのメタル館まで足を伸ばし、成人してからはバーでメタラー友達を作って夜通し語り合うことなどなどが日々の楽しみとなっていた。
そんな私の日常に暗い影が落ち始めたのは2020年、世界中で猛威を奮った新型コロナウイルス肺炎がいよいよ日本でも本格的に流行した頃だった。
不要不急の外出は控え、飲食店は営業時間の短縮もしくは休業、人が集まるイベントはことごとく中止…と、まさに私の楽しみに繋がるものはコロナ禍にことごとく奪われてしまった。その上で世界的パンデミックゆえネット上にも精神的な逃げ場のない、先行きも見えないという絶望から、元来とにかくポジティブな気質の私でさえ完全に精神を病んだ(当時の心境はあまりにも酷すぎてここには書けない)。
悪魔に希望の光を見出す
暗いニュースや疑心暗鬼で心の荒んだ人々を見たくなかった私はSNSにも触れる機会もすっかり減っていた。自分でできる唯一精一杯の自衛のために。
ある日、久しぶりに某SNSにログインすると数年前から交流している某ハードロックバンドのファン仲間…歳下なので以下、“ヤングちゃん”と呼ぶことにする…が聖飢魔IIに関する投稿をしていた。なんでも、ヤングちゃんの父親は聖飢魔II信者で過去にはヤングちゃんも一緒にミサを参拝したことがあるとのことだった。
「せいきまツー?デーモン閣下のバンドか。」
当時の私は現実が辛すぎて意図的に缶酎ハイで常に感覚を麻痺させていたので正確な経緯や時系列は忘れてしまったが、とりあえずはヤングちゃんを投稿がきっかけに
・聖飢魔IIが1999年に解散し5年ごとに再集結していること
・個性豊かなメンバーによるトークも楽しいバンドであること
・聖飢魔IIの読みが“せいきまツー”ではなく“せいきまつ”なこと
を知ったのだった。
そして私にとって長年の大事な情報源であり聖飢魔IIとは伝説の0点事件で因縁のあったBURRN!誌(今思えばこれも私が聖飢魔IIを知らない一因だった)が聖飢魔IIと和解し巻頭特集を組んでくれたことなどもあり、私はますます聖飢魔IIに興味を持つことになるのだった。
再集結の延長、そして参拝へ
話は若干前後して、聖飢魔IIは本来1年間で終わるはずの再集結期間を延長し35+(つまり36)周年の全国ツアー「ヴィデオ&変異生黒ミサツアー 悪チン集団接種」を行うと決定した。
「そうだ、聖飢魔IIを観に行こう。」
そう思い立った私は日々Apple Musicで聖飢魔IIの曲を聴き漁り、YouTubeでミサ(ライブ)の映像を視聴し、当日に向けて予習を重ね…というか、なにこれ超絶おもしろい!そして何よりかっこいい!と、いつの間にやら私は聖飢魔IIにどハマりしてしまった。
そして迎えた魔暦23(2021)年11月6日、私の初めての参拝場所は東京ガーデンシアター(昼の部)だ。
事前に告知されていたミサ形式が“前撮り映像によるヴィデオ黒ミサ+アコースティック演奏の生ミサ”ということで、YouTubeで観たような本来のミサの形とは違うことに一抹の不安を覚えつつも、それでも様々な工夫を凝らしてミサを実現させてくれた聖飢魔IIへの感謝の気持ちと、会場に集まったファン/信者さんたちの姿を見ているうちにそんな不安も消し飛んでいった。
いよいよ開演。そこに生身の構成員たちはまだいない、しかしこれだけの立派なコンサートホールでライブ感のある聖飢魔IIの楽曲を聴くこと、構成員たちの演奏する姿を見ることは初見の私にとって充分に価値のあることに思えた。特にかれこれ16年ぶりに(ヴィデオのみとはいえ)聖飢魔IIのステージに復帰したことでも話題になったエース清水長官のかっこよかったこと。
後半はアコースティック生ミサ。ついに正真正銘、生身の構成員たちを拝むことができた。当日の私の席はお世辞にもステージに近いとは言えず、ステージセット自体もYouTubeで観た過去のミサよりずっと簡素だった。それでも聖飢魔IIの楽曲の数々はアコースティッに形式になってもとても素晴らしく、本当にいい曲というのは演奏スタイルが変わっても名曲なんだと思った。
聖飢魔IIはたしかにそこにいた。
青い鳥の教訓とタイミング
パンデミック下での聖飢魔IIへの気づきは、私にとって童話「青い鳥」の教訓そのものだった。それまでの私の興味の対象といえば海外のメジャーなHR/HMバンドだったり、あるいは極端にアンダーグラウンド志向なバンドだったりした(もちろんそれも間違っているわけではないが)。それらがすべてシャットアウトされてしまった時、私は今までずっと昔から近くに存在していた聖飢魔IIの魅力に気づいた。本当の幸せは遠くではなく身近なところにある、と。
逆に言えばコロナ禍という人生のどん底ではなかったら私はここまで聖飢魔IIにのめり込むこともなかっただろう。私の人生、聖飢魔IIのキャリア、そして諸々の要因が重なった時、線と線が交わった。人生において物事には出会うべきタイミングというものがある。
結果、私は聖飢魔IIのミサに行くため、聖飢魔IIをもっと知るために生き延びてみようと思いそのまま今日に至る。他の生存手段があったかどうかはわからない。
