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【ゆっくり解説】ヤマトタケル ― 強すぎて父に恐れられた古事記最大の英雄

この記事はYouTube動画『【ゆっくり解説】ヤマトタケル ― 強すぎて父に恐れられた古事記最大の英雄』の台本です。
動画版はこちら→ https://youtu.be/0iFCrdiUn2I


台本

めたん「日本神話で最も有名な英雄って誰だと思う?」

ずんだもん「スサノオとか……あとは誰だろ。パッと出てこない。」

めたん「スサノオは神様だよね。じゃあ『人間側の英雄』となると?」

ずんだもん「あー、そう言われると急に出てこない。」

めたん「ヤマトタケル。古事記(こじき)の中巻に登場する、第十二代景行天皇(けいこうてんのう)の皇子(みこ)。西は九州の熊襲(くまそ)を討ち、東は関東の蝦夷(えみし)を平らげた、古事記最大の英雄って呼ばれる人物なの。でもね、この人の物語はただの武勇伝じゃない。父親に恐れられて都を追われ、戦い続けることしか許されなかった皇子の話。」

ずんだもん「英雄なのに、父親に恐れられてたのだ?」

めたん「そう。しかもその原因が、なかなか強烈でね。ヤマトタケルの元の名前は小碓命(おうすのみこと)。兄に大碓命(おおうすのみこと)という皇子がいた。ある時、景行天皇がこの兄に不満を持ったの。食事の席に出てこないって。」

ずんだもん「サボり?」

めたん「天皇は弟の小碓命に『兄をちゃんと言い聞かせて連れてきなさい』と命じた。ところが五日経っても兄が現れないから、天皇が『どうした?』と聞くと、小碓命はこう答えた。『もう、ねぎました』って。」

ずんだもん「ねぎ……ってことは、ちゃんと諭したってことなのだ?」

めたん「古事記では、小碓命は兄の手足をもぎ取って、むしろに包んで投げ捨てていた。『ねぐ』という言葉を『丁寧に教え諭す』ではなく『握りつぶす』と取り違えたのか、あるいは最初からそのつもりだったのか。」

ずんだもん「……ちょ、ちょっと待つのだ。『言い聞かせろ』って言っただけなのに殺してしまったのだ!?」

めたん「景行天皇はこの息子の尋常じゃない力と気性に恐怖を覚えた。それで『西の国に熊襲建(くまそたける)という従わない者が二人いる、討ってこい』と命じるの。まだ少年だった小碓命を、兵もつけずに遠い九州の戦場へ送り出した。」

ずんだもん「それはもう、戦わせたいんじゃなくて追い出したいのだ。」

めたん「小碓命は出発前に伊勢にいる叔母の倭比売命(やまとひめのみこと)を訪ねた。倭比売命は伊勢神宮に仕える斎宮(さいくう)で、この叔母が物語を通じてヤマトタケルを支え続ける存在になる。小碓命は叔母から女性の衣装を借りて、髪を少女のように結い、女装して熊襲建兄弟の新築祝いの宴に紛れ込んだ。」

ずんだもん「女装して敵の宴会に潜入!? 度胸がすさまじい!」

めたん「熊襲建の兄弟は、紛れ込んだ少女に気づかず自分たちの間に座らせた。宴がたけなわになったところで、小碓命は懐に隠していた剣を抜いて兄の熊襲建の胸を刺し貫いた。弟の熊襲建は驚いて逃げたけれど、追いついて刃を突き立てた。」

ずんだもん「たった一人で、敵の首領二人を……。」

めたん「死に際に弟の熊襲建が言うの。『西の国にはわれら二人より強い者はいなかった。でも大和の国には、われらを超える男がいた』って。そして自分の名の『タケル』を譲って『ヤマトタケル』の号を贈った。」

ずんだもん「倒された側が名前を贈るのだ。敵に認められて初めて得た名前ってことか。」

めたん「父ではなく、倒した敵から贈られた名前。ここにヤマトタケルの孤独さが出てると思う。都に凱旋したヤマトタケルだけど、父は彼を労わなかった。すぐに『今度は東の十二の国を平定してこい』と命じる。」

ずんだもん「西から帰ったばかりで、もう次なのだ?」

めたん「ヤマトタケルは再び叔母の倭比売命のもとを訪ねて、こう漏らしてる。『天皇はわたくしに死ねとお思いなのでしょうか。西方の戦いから帰ってまだ間もないのに、兵もくれずにまた東へ遣わそうとする』って。」

ずんだもん「……自分でもわかってたのだ。父親が自分を遠ざけていることに。」

めたん「倭比売命はヤマトタケルに二つのものを授けた。一つは草薙剣(くさなぎのつるぎ)。スサノオがヤマタノオロチを退治したとき、その尾から出てきた神剣で、三種の神器(さんしゅのじんぎ)の一つ。もう一つは、中に火打石が入った袋。『危険なときに開きなさい』と言って渡した。」

ずんだもん「三種の神器を託すって、叔母さんも命がけの覚悟なのだ。」

めたん「この草薙剣が、東征のヤマトタケルを何度も救うことになる。まず相武(さがむ)の国。土地の国造(くにのみやつこ)がヤマトタケルを騙して『この野原に荒ぶる神がいる』と嘘をつき、野原に誘い込んで火を放った。」

ずんだもん「騙し討ちなのだ!」

めたん「炎に囲まれたヤマトタケルは叔母の袋を開けて火打石を見つけ、草薙剣で周囲の草を薙ぎ払って向かい火をつけた。炎を炎で制して脱出し、国造たちを斬り捨てた。古事記ではこの地を『やきつ』と記していて、なお日本書紀ではこの場面を駿河としているから、現在の焼津の地名はそちらの伝承に基づくの。」

ずんだもん「剣と火打石がなかったら確実に死んでたのだ。叔母さんの贈り物が命綱になってる。」

めたん「さらに東へ進んで走水(はしりみず)の海を船で渡ろうとしたとき、海峡の神が波を起こして船を進めなくした。このとき后の弟橘比売命(おとたちばなひめのみこと)が言うの。『わたくしが御子に代わって海に入ります。あなたは任務を果たして、天皇のもとに帰るべきです』って。」

ずんだもん「自分が犠牲になるってことなのだ?」

めたん「弟橘比売命は菅の敷物、皮の敷物、絹の敷物を何重にも波の上に敷いて、その上に降りた。海に身を沈める直前に、歌を詠んでるの。相武の国の野で炎に囲まれたとき、あなたは火の中で私を気遣ってくれましたね、という内容の歌。自分が死ぬ瞬間に、夫に守られた記憶を詠んだ。」

ずんだもん「……最後に思い出したのが、自分を心配してくれたことなのだ。」

めたん「弟橘比売命が沈むと、荒波はぴたりと凪いで船は進めるようになった。」

めたん「七日後に、弟橘比売命の櫛だけが海辺に流れ着いた。人々はその櫛を拾って御陵(みささぎ)を築いたの。」

ずんだもん「櫛だけが戻ってきたのだ……体はもう、海の底に。」

めたん「のちにヤマトタケルが東国を平定し終えて、足柄(あしがら)の坂に立ったとき、東の方を振り返って三度嘆いた。『あづまはや』って。『ああ、わが妻よ』という意味。これが関東地方を『あづま』と呼ぶ由来になったとされてる。」

ずんだもん「妻を失った嘆きが、そのまま地名になって残ったのだ。」

めたん「東国を平らげたヤマトタケルは、尾張に帰って婚約していた美夜受比売(みやずひめ)と結ばれた。ここまでなら英雄譚としてきれいに閉じる。でも物語はここから暗転するの。」

ずんだもん「え、まだあるの?」

めたん「ヤマトタケルは次に伊吹山(いぶきやま)の神を討つことにした。近江(おうみ)と美濃(みの)の境にある山。ところがこのとき、あの草薙剣を美夜受比売のもとに置いていった。」

ずんだもん「えっ……あの、何度も命を救ってくれた剣を、なんで置いていくのだ!?」

めたん「古事記には『この山の神は素手でも討ち取れる』という趣旨の言葉が記されてる。東国のすべてを平らげた自信が、判断を狂わせたんだろうね。」

ずんだもん「でも相武の国で炎に囲まれたときも、走水の海で進めなくなったときも、その剣や叔母の贈り物がなければ死んでたはずなのだ。」

めたん「山に登ると白い猪が現れた。ヤマトタケルはそれを神の使いだろうと思って『帰りに殺してやる』と言い放ち、通り過ぎた。でも実はそれが伊吹山の神そのものだった。怒った神は大粒の雹を降らせて、ヤマトタケルを打ちのめした。」

ずんだもん「神を見逃したんじゃなくて、神を軽んじたのだ……。」

めたん「草薙剣があれば、あるいは違った結果になったかもしれない。でもあの剣は、もう手元にない。ヤマトタケルは意識が朦朧としたまま、なんとか山を下りる。」

ずんだもん「あの剣さえ持っていれば……。」

めたん「なんとか山を下りたけれど、三重に着いたとき『足が三重に折れ曲がるほど疲れた』と言った。これが三重の地名の由来。そこからさらに能煩野(のぼの)、今の三重県亀山市のあたりまでたどり着いたとき、もう歩く力もほとんど残っていなかった。それでも故郷の大和を想って歌を詠んだの。」

ずんだもん「どんな歌なのだ。」

めたん「『倭は 国のまほろば たたなづく 青垣 山隠れる 倭しうるはし』。大和は、幾重にも青い山々に囲まれた、美しい国だ、という歌。帰りたかった場所を、最期に詠んだの。」

ずんだもん「一度も安らげないまま、戦い続けて……帰れなかったのだ。」

めたん「ヤマトタケルは能煩野で力尽きて亡くなる。后や御子たちが駆けつけて御陵を築いたんだけど……ヤマトタケルの魂は、大きな白い鳥になって御陵から飛び立っていった。」

ずんだもん「白い、鳥に……。」

めたん「鳥は河内の志幾(しき)にとどまったから、そこにも御陵を造った。でも白い鳥はまた空高く飛び上がって、そのまま去っていった。どこにもとどまらなかった。」

ずんだもん「生きているときも、死んだ後も、ずっとどこかへ向かい続けてるのだ……。」

めたん「ヤマトタケルは天皇にはならなかった。けれどその息子が第十四代仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)になっている。そして草薙剣は美夜受比売から熱田神宮(あつたじんぐう)に移されて、今もそこに祀られてる。あの剣だけは、ずっとそこにとどまり続けてるの。」

ずんだもん「持ち主は帰れなかったのに、剣だけがこの国に残ったのだ。」

めたん「古事記の中で、ヤマトタケルは最も長く語られる英雄。神ではなく、人として戦い、人として倒れた皇子の物語。今回はここまで。」

ずんだもん「日本神話、もっと知りたくなったのだ。」

めたん「今回の話が面白かったら、高評価やチャンネル登録してもらえると嬉しい。それじゃあまたね。」

ずんだもん「ばいばいなのだ!」


用語解説リスト

・ヤマトタケル(倭建命:やまとたけるのみこと)── 古事記では「倭建命」、日本書紀では「日本武尊」と表記
・古事記(こじき)── 712年成立の日本最古の歴史書
・景行天皇(けいこうてんのう)── 第十二代天皇。ヤマトタケルの父
・小碓命(おうすのみこと)── ヤマトタケルの幼名
・大碓命(おおうすのみこと)── 小碓命の兄
・熊襲(くまそ)── 古代九州南部の勢力
・熊襲建(くまそたける)── 熊襲の首領兄弟
・蝦夷(えみし)── 古代の東国の人々
・倭比売命(やまとひめのみこと)── ヤマトタケルの叔母。伊勢神宮に仕える斎宮
・斎宮(さいくう)── 伊勢神宮に仕える未婚の皇女
・草薙剣(くさなぎのつるぎ)── 三種の神器の一つ。スサノオがヤマタノオロチの尾から得た剣
・三種の神器(さんしゅのじんぎ)── 天皇に伝わる三つの宝物
・相武(さがむ)── 現在の神奈川県付近
・国造(くにのみやつこ)── 朝廷から任命された地方の有力豪族
・走水の海(はしりみずのうみ)── 現在の浦賀水道付近
・弟橘比売命(おとたちばなひめのみこと)── ヤマトタケルの后
・御陵(みささぎ)── 天皇・皇族の墓
・足柄(あしがら)── 現在の箱根付近の峠
・美夜受比売(みやずひめ)── ヤマトタケルの妻。尾張の国造の娘
・伊吹山(いぶきやま)── 滋賀県と岐阜県の境にある山
・能煩野(のぼの)── 三重県亀山市付近。ヤマトタケル終焉の地
・志幾(しき)── 河内国の地名。白鳥がとどまった場所
・仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)── 第十四代天皇。ヤマトタケルの息子
・熱田神宮(あつたじんぐう)── 愛知県名古屋市の神社。草薙剣を祀る


台本こぼれ話

① 古事記と日本書紀、二つのヤマトタケル

動画では古事記に準拠してヤマトタケルの物語を語った。だが日本書紀を開くと、同じ人物がまるで違う姿で現れる。

古事記のヤマトタケルは、父の景行天皇に恐れられて遠征に送り出される悲劇の皇子である。「天皇はわたくしに死ねとお思いなのでしょうか」と嘆く場面は、父との確執を象徴するセリフとして動画でも取り上げた。

一方、日本書紀のヤマトタケル(日本武尊と表記される)は父との関係が比較的良好で、東征も自ら志願する。嘆きの場面は存在せず、皇子は勇猛果敢に敵を平らげていく。

同じ人物の伝承がなぜこれほど異なるのか。古事記と日本書紀は成立が8年しか違わない(712年と720年)にもかかわらず、編纂の目的が異なる。古事記が天皇家の物語を伝えることに主眼を置くのに対し、日本書紀は国家の正史として対外的に機能する歴史書である。

正史に「父に疎まれた皇子」の物語を載せるのは都合が悪い、という判断が働いた可能性は十分にある。どちらが「本当のヤマトタケル」かは分からないが、二つの書物の間に挟まれた差異そのものが、古代の記録者たちがこの英雄をどう語りたかったかを映し出している。


② 「言挙げ」の禁忌

伊吹山での破滅の原因を、動画では「草薙剣を手放した慢心」として語った。だが古事記の原文には、もう一つ別の視点が埋め込まれている。「言挙げ」である。

古事記の注釈部分に「言挙(ことあげ)によりて惑わさえつるなり」という一文がある。ヤマトタケルが白い猪を見て「これは神の使者だ、帰りに殺してやる」と声に出して宣言したことが、破滅を招いたと明示されている。

古代日本では、自分の意志を声に出して宣言する行為を「言挙げ」と呼び、強い力を持つと考えられていた。宣言の内容が正しければ言葉は力を発揮するが、内容が間違っていたとき、言葉の力は宣言した本人に跳ね返る。

ヤマトタケルの言挙げは二重に間違っていた。白い猪を「神の使者」と呼んだが、実際は神そのもの。そして「帰りに殺す」と宣言したが、殺せるどころか打ちのめされた。誤った言挙げが神の怒りを買い、言葉の力が自分自身を蝕んだ、というのが古事記の構造である。

剣を置いてきた物理的な判断ミスと、言葉で神を軽んじた霊的な過ちが重なったとき、それまで無敵だった英雄は一気に崩れた。古事記が描くヤマトタケルの最期は、武力の話だけではなく、「言葉の力」に対する古代人の信仰をも内包している。


③ 草薙剣のその後

動画の最後で「草薙剣は熱田神宮に今も祀られている」と触れた。だがこの剣がたどった道のりは、ヤマトタケルの手を離れた後も波乱に満ちている。

美夜受比売は、ヤマトタケルの死後も草薙剣を守り続けた。やがて熱田の地に社を建てて剣を移し祀ったとされ、これが熱田神宮の起源と伝えられる。

668年、天智天皇の時代に事件が起きた。日本書紀によると、僧の道行が草薙剣を盗み出し、新羅へ持ち逃げしようとした。しかし途中で暴風雨に遭い、逃げ切れず失敗に終わっている。熱田神宮にはこの事件で道行が通ったとされる「清雪門」が残っており、以来ずっと閉じられたままだという。

その後、剣は一時宮中に保管されたが、686年に天武天皇が病に倒れた際、占いで「草薙剣の祟り」と出たため、尾張の熱田社に送り返された。

さらに時代が下ると、源平合戦の壇ノ浦(1185年)で安徳天皇とともに海に沈んだのは草薙剣の「形代」、つまり分身にあたるもので、本体は熱田神宮にあったとされる。太平洋戦争末期には空襲を避けるため、木曽の山中への疎開が検討されたこともある。

天皇陛下ですら実物を目にしたことがないとされるこの剣は、盗難・祟り・戦乱・空襲を経て、今も名古屋の熱田神宮に鎮まっている。ヤマトタケルの魂が白い鳥となってどこにもとどまらなかったのに対し、剣だけは1300年以上、同じ場所にとどまり続けている。


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