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『短歌往来』2026年4月号

誰が敵か見えねば夕べ花束は受け取らざりき背中を見せず 大口玲子 前の歌から、職場か何か、自分の属する集団から出て行かざるを得なくなった場面と読む。花束をくれようとするのは自分を追い出そうとした人かもしれないが、分からない。苦しい人間関係。

ひれ伏してしんそこ願ひたりしことありしかわれに問ふ桜あり 大口玲子 詞書にマタイ伝の一節。聖書の女はひれ伏して助けを乞う。そこまで何かを強く願ったことはあるか。桜の声を借りた自問自答だ。おそらく答えは否。まだ何かをする余地があるということだろう。

門前の老白梅は満開にわが百歳の誕生日今日 藤岡武雄 連作タイトルは「如月十四日」。2月14日で百歳なのですね!おめでとうございます。「老」白梅と呼びながらも梅の満開を言祝ぐ。自身も百歳で評論を発表するなど活躍中だ。先達の姿に勇気をもらえる。

自爆テロといふ散りかたがこの世にはあつて複製品(クローン)の染井吉野が 柳澤美晴 自爆と言ってもそれを促す側がある。その立場からは、示唆通りに決行をする人々はどのように見えるのだろうか。取り替え可能な存在に見えているのかも、と下句が仄めかす。

花びらも莟も茹でてテーブルに置けば花食ふ人のさびしさ 苅谷君代 連作の前の歌からこの花はナノハナだと分かる。文字通り花を食べるのだが、「花食ふ人」という形容が花のみを食べて生きているような印象を与える。一首の孤独感もこの語から発している。

氷旗ずっと掲げている店のてんぷら揚げる音、春の音 屋良健一郎 年中「氷」が食べたくなるほど暑いが、春の訪れとともに、空気感の違いが肌に感じられる。青空と「氷」の旗が目に浮かぶ。天ぷらを揚げる音が聞こえる。そしておいしそうな匂い。感覚に訴える歌。

「十五年ですね」と言われてささくれるわれ地続きに生活はあり 三原由起子 十三年や十四年と十五年を区別する理由は無い。しかし人は年月に区切りをつけたがる。ある区切りのように言われ、主体の心はささくれる。生活には区切りなど無く、毎日続いているのだ。

2026.4.21.~23. Twitterより編集再掲

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