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帰る場所を持たない私が、15年通い続けている宿で思うこと──「お元気でしたか」と「お変わりないご様子ですね」のあいだ



帰省する田舎を持たない私にとって、
同じ季節に同じホテルへ通い続けることは、
小さな帰省のような時間だ。

特別な体験を求めているわけではない。
ただ、何度も足を運ぶうちに、
そこに積もっていった記憶と、
誰かと交わすささやかな言葉が、
私を少しずつ整えてくれる。




毎年、同じ季節に同じホテルを
訪れるようになって、もう15年以上が経つ。



初めてその宿の名前を聞いたのは、父からだった。
両親が泊まり、
「ここはいいから、一度行っておいで」
と勧めてくれた。
父は出張先にこの宿を選ぶほど気に入っていて、
私が行くたびに、どこかでそのことを思い出す。
結局一緒に泊まる機会はなかったけれど、
同じ景色を見て、同じ空気を吸うたびに、
まだどこかで繋がっているような気がする。



義両親もこのホテルを訪れていて、
「本当にいいところだから」と背中を押してくれた。
一度だけ一緒に泊まったことがある。
部屋の窓から海を眺めていた義父母の姿が、
今もはっきりと浮かぶ。



気づけば毎年のように数日滞在するのが習慣になった。
最初は少し余裕のある日程で過ごしていた。
数年経つうちにそれがちょっと短くなり
「明日帰ります」と伝えたとき、
「早いですね、もう少し長かったでしょう」
と声をかけていただいた。
滞在の日数を数えていたわけでもないのに、
そんなふうに覚えていてくださったことが嬉しかった。



特別なもてなしがあるわけではない。
それでも、
「お元気でしたか?」と声をかけ、
「お変わりないご様子ですね」と返ってくる。
言葉にされなくても、
「また戻ってこられましたね」
と迎えられているような、そんな気がする。



台風の年もあったし、
戻り梅雨で毎日雷雨だった年もあった。
あまりに晴れが続き、肌が焼けすぎたこともある。
そのときの心の状態も、
家族の事情も、その年ごとに違っていた。
義兄が亡くなり、義父が亡くなり、父が亡くなり、
何度も季節が巡るなかで、
ここだけは変わらずに私を迎えてくれる場所だった。



名前をつけるなら
「お客様とスタッフ」という関係なのだろう。
でも、そう呼ぶには少し足りなくて、
「親戚」とも「友人」とも違う。
どの言葉もしっくりこない。
けれど、名前がないからこそ、
この距離感の心地よさが守られている気がする。



帰省する田舎がない私にとって、
この数日間は小さな帰省のようなものだ。
誰かがずっと覚えていてくれて、
変わらない場所がそこにある。
それだけで、また一年がんばろうと思える。



来年もまた、
同じ季節に同じ景色を見て
「お元気でしたか?」と問いかけたいと心から思う。




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光森ちづこ | 表千家教授・仏語翻訳家 最後まで読んでいただきありがとうございます。 よかったらまた遊びに来てくださいね。 スキやフォローしていただけたらとても嬉しいです。 頂いたサポートで良い記事を書いていきたいと思っています。 どうぞよろしくお願いします。