嫉妬という名の恥部
私にとっての「嫉妬」とは、誰にも知られたくない恥部だった。
0歳児の時に両親が離婚し、片親で育った私は、生まれながらに欠けていた。世の中の大抵の人が持つお父さんとお母さん。
お父さんの部分が欠けていた私がその欠けに気付いたのは、ずーっと後だった。正確には薄々気付いていたのに認めなかった。認める行為が屈辱的に感じたからだ。
お父さんがいない。いる方がいいに決まっている。でもそれを認めるには屈辱感に耐えなければいけない。他の人は持っているのに自分は持っていない屈辱感。それは自分が劣っていることを意味していた。あの頃の私には。
だから平気を装った。怖くても平気、怖くなんかない。悲しくても平気、悲しくなんかない。苦しくても平気、苦しくなんかない。
そうやって周りを騙しながら、自分も騙していった。幼少の頃、他人に向かって「いいなぁ」と言ったことがない。「いいなぁ」と言う感情が湧いても決して認めない。認めるほど強くはなかった。だから私は平気の鎧を纏い、ガッシャンガッシャンと音を立てながら歩いていた。
誰にも負けない。可哀想なんて言わせない。私は可哀想じゃない。
可哀想は屈辱だった。口に出して言われなくても思われるのも嫌だった。他人がどう思ってるかなんてわからないのにね。他人が思ってたんじゃない、自分がそう思い込んでいた。他人はそこまで私に興味がないというのも大人になってわかった。
とにかく幼少の頃は、平気の鎧を纏うことで自分を守っていた。他に守り方が分からなかった。
鎧が肌に擦れて痛くても、あははと笑って過ごした。その傷を誰にも悟られないように、誰のことも羨ましくない私は平気だ。
父の日。お父さんの似顔絵を描きましょう。
私は平気。大好きなおじいちゃんの絵を描くから。
1人で留守番の時、雷が落ちて外は真っ暗。
私は、平気。こうやって布団にくるまるから。
高校受験の時。大学に行く人は進学校に行く。
私は平気。卒業したら働く。だから商業高校をあえて選んだから。
高校で修学旅行から帰った時。沢山のお母さん達が、車で自分の子を迎えに来た。
私は平気。友達のお母さんに自ら頼んで家まで送ってもらったから。
本当は他者に嫉妬していた。描けるお父さんがいる人に、1人で留守番しなくても家にお母さんがいる人に、お金の心配をせず進学校に行く人に、車で迎えに来てくれるお母さんがいる人に。羨望を通り越して、それらの人々に対する憎々しい気持ちがあったのだ。でも、それは認められない。だから必死で隠した。私は嫉妬などしていない。
鎧が取れたのは結婚してからだ。気は利かないが、優しい夫と可愛らしい息子に恵まれた。これであの頃羨ましかった普通の家庭が手に入った。もう私は可哀想じゃないという安心感は、人をただ素直に羨むことに繋がった。「いいなぁ」と言える爽快感。
もう鎧を着なくて良い。鎧が肌に触れて血を流すこともない。羨ましければ「いいなぁ」と思って声に出しても良いのだ。
「いいなぁ」という羨望の気持ちが嫉妬に発展することはなくなった。改めて自由になった気がした。
レオンさんが書かれていたのを見ていっちょ書いたろうと挑戦してみた。嫉妬というより羨望に近いが、羨望よりもドロドロした気持ちであったので、嫉妬として書いたがどうだろう(言い訳)
期限が31日までだけど、 #フィードバック希望 と書けばプロの方のご意見も聞けるので、挑戦されてはいかがだろう。
