[小説] リサコのために|053|十一、展開 (2)
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「体系と…?」
良介の目が左右にせわしなく動いていた。
動揺すると出るクセだ。リサコはそれをよく知っていた。
良介はリサコが昔のままの怯えた少女と思っているのかもしれない。
「私は大丈夫。ちゃんと説明を聞く時間はなかったんだけど、何でも受け止める覚悟ぐらいはできているよ」
リサコは良介を安心させるつもりで言った。
良介は思っていることはあるが言葉にできないでいる様子だった。
そうしているとドアのチャイムが鳴った。
良介は少しほっとした顔になり、玄関に向かった。
そして若い女の人を連れて部屋に入って来た。
「同僚の先崎だ」
そう言って良介が紹介すると、入って来た女の人はペコリと頭を下げた。
「リサコさんですね。話はせんぱいから聞いてます」
リサコも頭を下げてそれに答えた。
「先崎、来て早々悪いんだけど、俺のパソコンを使っていいから、ここで調べものしてくれないか」
「ここでですか?」
先崎さんは驚いてリサコの方をチラッと見た。
「そうだ。俺はこれから署に戻っていろいろ後始末をしなくちゃならないんだが、向こうに先手を打たれる前に抜き取っておきたい情報があるんだ」
「あっちでできないことですか?」
「そうだ。警察のIP以外からアクセスしたい」
先崎さんは良介を疑うような目つきでしばらく見ていた。
それから表情をゆるめると、ふぅと息を吐いた。
「ハッキングするんですね、脳科学研究センターを」
「さすが先崎。話が早いな。このIPを使ってくれ、できる?」
言いながら良介は先崎さんに小さなカードを渡した。
先崎さんはそれを見ると眉をしかめた。
「せんぱい…これどこで入手したんですか?」
「大丈夫だ。そのIPは信用できる。八木澤博士とムネーモシュネーに関するあらゆるデータを取っておいてくれ」
「わかりました。…あの、いちおう聞いていいですか? その情報を何に使うんですか?」
「ムネーモシュネーをぶっ潰すんだよ」
良介はそう言うとリサコの方を向いた。
「≪体系≫ は調査を止めさせたがっていた。理由はわからないけど、君の調査だけじゃなくて、完全に全て止めさせてたがっていたんだ。だから俺はやるよ」
リサコは意味がよくわからなかったが、良介の決意を感じ取って頷いた。
それを見ると良介は家を出て行った。
良介が出て行くと、先崎さんはしばらく黙ってリサコの方を見ていた。
少し気まずい時間が二人の間に流れた。
その間にリサコはざっと相手を観察した。
おっぱいが大きくて可愛らしい女の人だ。良介より少し年下くらいか。
見た目によらず、全く隙のない人だった。同僚と言っていたので彼女も警察官なのだろう。
「せんぱいも相変わらずですね…初対面の二人を置き去りにしていくなんて。リサコさんが一番困惑してると思いますが…」
先崎さんが呆れたように言った。
リサコはブンブンと首を振ってそれを否定した。独りぼっちにされる方がよっぽど無理だったので先崎さんが来てくれてリサコはほっとしていたのだ。
「あ、私は大丈夫です。むしろ一緒にいてくれて心強いです。お仕事してください…何か飲みます?」
リサコは慌てて立ち上がると冷蔵庫を開けてみた。
ビールが数本とソーセージが一袋だけ入っていた。
リサコは無言で冷蔵庫を閉めると、今度はキッチンの戸棚をあけて見た。
見覚えのあるコーヒーミルがあった。
じいちゃんのだ…。
胸に熱いものがこみ上げて来てリサコは戸棚を閉めた。
別の棚に紅茶を見つけて振り返ると、真後ろに先崎さんが立っていたので心臓が飛び出るほど驚いた。
全く気配を感じなかったのだ。
「あ! 先崎さん…。こ、紅茶飲みます?」
先崎さんはにっこり微笑んで「おねがいします」と言った。
お湯を沸かしていると、先崎さんが話しかけてきた。
「リサコさん。このまま私もあなたを一人にして仕事をするのはやりずらいので、もう一人呼んでもいいですか?」
リサコが了承すると、先崎さんは誰かに電話を掛けた。
その人も彼らの同僚で、これから来るそうだ。
その人が来るまで先崎さんは良介に頼まれた仕事は始めずに、紅茶を飲みながらたわいもない会話をしてリサコに寄り添ってくれていた。
彼女は何も言わないが、リサコの境遇を知っているのだろう。
そうこうしているうちに、玄関のチャイムが鳴った。
先崎さんが呼んだ人は、三上さんという女の人だった。こちらも全く隙のない人だった。
警察官とはみんなこうなのだろうか…。良介は隙だらけに見えるけど…。
三上さんもとても優しい人だった。彼女も事情に詳しそうだった。
「ひどい目にあいましたね。早く気が付けなくて本当にごめんなさい…」
そう言って三上さんは涙ぐんだ。
リサコが自分にはあまり記憶がないのだと告げると、三上さんはもっと悲しそうな顔になった。
この人も信頼できる人なのだとリサコは悟った。
三上さんが来ると、先崎さんはテーブルの上に置かれた良介のパソコンを開いて作業に取り掛かった。
パソコンの画面を見つめる彼女の眼差しが鋭いものとなり、リサコは少し怖いと思った。
「さて、私たちは何してましょうかね、リサコさん」
三上さんが言いながら勝手に良介の冷蔵庫を開けた。
「わ、ビールとソーセージしか入ってない…相変わらずね…いつか死ぬわよあいつ…」
三上さんが遠慮のない感じで言った。
この人は、良介とずいぶん距離が近いのだなとリサコは思った。
三上さんは冷蔵庫からビールを取り出すとぷしゅッと開けて飲み始めた。
「三上先輩! 何飲んでるんですか!? 勤務中じゃないんですか?」
「今日はもう早退してきた。リサコさんも飲む?」
リサコは驚いてブンブンと首を振った。
三上さんはソファーに腰を下ろすとリサコにも座るように促し、そして、たわいものない会話を始めた。
この人たちはさっきからリサコが上の空で話しができる程度のことしか言っていなかった。
傷を負った者を相手に時間をつぶさないといけない場合のプロの会話なのだ。
ここで普通の人だったら、良介のこととか、病院でのこととか、昔のこととか話題を探して話してしまうところだろう。
だけれども、この人たちはそれを一切しなかった。
たぶん、リサコから知っていることを聞き出そうと思ったら、この人たちはそれもできるのだろう。
だけれども、それをしないのは良介がそれを望んでいないからなのだ。
良介が本当に信頼できる仲間を得ていることにリサコは胸打たれた。
彼が孤独ではないのだと知ってリサコの心は喜びで溢れた。
それと同時に、自分が良介のそんな人生を狂わせる存在になりつつあるのだと自覚した。
彼を守らなくてはいけないはずなのに、反対に邪魔している…。
リサコは急に自分が情けなく思えて来て、寒気がしてきた。
脳の中がキュッと冷たくなるような感触がした。
「私のせいなんです。良介が困ったことになっているの。私のせいで。二人ともごめんなさい…」
リサコはガタガタ震える腕を自ら押さえつけて言った。
≪体系≫ の言うところの精神世界の奥の奥で、ずいぶんと長い月日を過ごし、それなりに強くなったと思っていたのに、こんなに自分があっけなく負の心に揺さぶられてしまうことに、リサコは恐怖を感じていた。
父さんが死んだと聞いても何とも思わなかったのに…。
「リサコさん。それは違いますよ。あなたのせいではないです」
三上さんがはっきりした口調で言った。
それでもリサコの自己嫌悪は止まらなかった。
「でも私がこんなことになっていなかったら…」
「あなたのように危害を加えられた人の中には、自分に非があるからこうなったと思い込んで…いいえ、思い込まされてしまうことがあるんです。私がここで断言しましょう。リサコさんは何一つ悪くないです。悪いのはあなたを傷つけた人たちです。そこにもしも元村刑事が入るのであれば、あいつも悪い。何しろあいつはいつも説明が足りない。そう思いませんリサコさん?」
「お、思います…」
「私も同感です。せんぱいは説明が足りません、いつも!」
三上さんの言葉に先崎さんもパソコンから顔を上げて賛同した。
三上さんはうんうんと頷いた。
「本当よね、サナちゃん。あ、サナちゃんて先崎のことね。つまり、何が言いたいかと言うと、リサコさん、大丈夫ですよ。元村刑事に迷惑かけてるとか、思う必要はありません。あいつ本気ですから。自分から前のめりで首をつっこんでいったんですよ。これまで、死んだように心のない男かと思っていましたけど、リサコさんと再会してから、水を得た魚のように生き生きしてるんですから」
「誰が死んだ魚だって?」
突然後ろで声がしたので、全員が驚いて振り返った。
良介が立っていた。
「死んだ魚なんて私言ってないし」
三上さんが言った。
「三上先輩、何を勝手に俺のビール飲んでるですか?」
三上さんはフンと鼻を鳴らして、残りのビールを一気に飲み干した。
「弁当買ってきました。食べて行きますよね」
良介はドサッとコンビニ弁当の入った袋をテーブルの上に乗せた。
こうしてリサコは、長い眠りから目覚めて初めての食事を奇妙なメンバーですることになった。
食事の間、三人の刑事は事件の話しはしないようにしているようだった。
少しくらいなら話しても大丈夫なのに…とリサコは思ったが、こちらから話題をふることもできなかった。
食事がすむと、女性二人は帰って行った。
先崎さんは良介に頼まれた仕事を終わらせていなかったが、続きは良介がやることになった様子だった。
二人きりになると、良介はリサコのために用意してくれた部屋へ案内してくれた。
それは六畳ほどの洋室で、ベッドと小さな机、それからクローゼットがある部屋だった。
「いままで物置にしてた部屋なんだけど、ここでいいかな?」
何となく、ここは昔、誰か他の人が使っていたような気がした。ただの勘だが。
「あ、家具は全部、新しく買っておいたものだから」
聞いてもいないのに良介が付け足した。やっぱり、たぶん恋人の部屋だったんだ。リサコの本能がそう言っていた。
三上さん…ではなさそうだな…。
そんなことを考えて自分の中に嫉妬心が芽生えるのか探ってみたが、それは湧いてこなかった。
リサコは「ありがとう」と言って部屋に入ると、クローゼットを開けて見た。
そしてそこにあるものが目に入ると、ギョッとして息を止めた。
そこには、見覚えのある木彫りの小さな鷹が置いてあったのだ。
リサコの様子に気が付いて良介もクローゼットを覗き込んで来た。
リサコは良介の方を振り向いた。
彼の表情を見る限り、これが何だかは知らない様子だった。
「これは何?」
リサコは良介に聞いた。
「知らない。こんなの一昨日ここを掃除したときはなかったけど…」
リサコは木彫りを手に取った。
間違いない…。これは深層心理の世界でAIの良介が持っていたものだ。
なぜここに? ってゆうか、…なぜここに??
リサコは混乱してきた。
あれは深層心理の中でのできごとで現実では決してないのでは?
この鷹は結局、何だったのだっけ? リサコは混沌とした記憶からそれを呼び覚ました。
確かこれは浄化プログラムだったか? 狂ってしまった河原…R-3を再起動だか正常化だかしたやつ。
それから画面を出すとなんちゃらタイムを表示するんだっけか…。
リサコは無意識にAIたちと暮らしていたころにやっていた画面を表示させる思考を行った。
すると、当たり前のように鷹の木彫りの上に画面が表示され、そこに徐々にカウントアップされる数字が表示された。
数字は「8859854747」「8859854748」「8859854749」と増えていた。
リサコはひぃっと小さな叫び声をあげて鷹の木彫りを放り投げた。
カランと音がして木彫りは床に落ちた。
(つづく)
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