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子育てを事業として考えた、4年間の記録

子どもが生まれて、そこから第二の人生が始まった。
4年経って、そんな気がしている。

「子育ては、自分が想像していたものとは全く違うレベルの高さだった」

私は今、2人の子どもを育てながら、ひとり社長として会社を経営している。アラフォーで脱サラし、「家族との時間を最優先にする」という旗を立てて起業した。子育てを始めて約4年。会社を立ち上げて約3年。その間に感じたこと、失敗したこと、学んだことを毎日noteに書き続けてきた。

この文章は、その4年間の記録のまとめの一部だ。

タイトルで「子育てを事業として考えた」と言っているが、最初からそう考えていたわけではない。ただ、子育てを事業として考えない限り、過去に培ってきた人生経験が役に立たないように感じた。

帯状疱疹になった日

右半身のお腹と背中にアザができ、ピリピリするという過去ない体験。これは背中の写真。

起業して半年が経つ頃、私は体調を崩し続けていた。

ある日、朝起きると体がピリピリしているのを感じた。これはいつもとは只事(ただごと)ではないと思い、病院に行かない人間だったが、すぐに病院に駆けつけた。診断結果は、帯状疱疹。帯状疱疹は発症から72時間以内に薬を飲まないと、後遺症が残ると後で知った。1番大きい違和感は帯状疱疹だったが、立て続けに蕁麻疹が出たし、耳の付け根は裂けるし、足の裏が急にカサカサになったし、健康診断で膵臓に影があると言われ、MRIを受けたりもした(結果は異常なしだった)。

体が正直にストレスを直に受け、悲鳴を上げていた。

最初の半年間ぐらい売上はほぼゼロだった。そのストレスは恐怖でしかない。子どもはまだ1歳になったばかりで、園にも入っていない。妻は仕事に復帰し、平日の育児は共働き夫婦にはレベルが高すぎる。

子育てと起業の両立は、自分にとってあまりにも過酷すぎた。

このままではやばい。何かを変えないといけないと考え始め、早起きが5時、4時となって、「誰も読まないnote」を書きはじめた。書くことで、足掻こうとした。

あのとき、もし「子育てを事業のように考える」という視点を持っていたら、もう少し楽だったかもしれない。しかし逆に言えば、あの追い詰められた時期があったからこそ、この視点に辿り着けた。痛みは、思考を深くする。

そのとき毎日感じていたのは、「子育ても事業も中途半端になっている」という焦りだった。

仕事では、戦略を考える余裕がない。子育てでは、保育園の送迎をして、朝のご飯を準備して(作るというレベルのものではない)、お風呂に入れて、寝かしつけて——その繰り返しで精一杯だった。

1歳頃に夜泣きが続いた頃、ある思いが浮かんだ。

「もし子育てを、事業と同じように考えたらどうなるか」

会社員時代のあの感覚を思い出す。事業を立ち上げるとき、最初にやるのはコンセプトを決めることだった。「何のために、誰のために、どんな価値を提供するのか」。この軸がないと、毎日の細かい判断がブレる。情報があふれている時代に、コンセプトは「自分フィルター」として機能する。それがないと、目の前の選択肢すべてに引っ張られてしまう。

コンセプトを決める、という発想

「この子をどんな大人に育てたいか」を決めることは、子育てのコンセプトを決めることと同じだ。

これが定まると、習い事の選択も、絵本の選び方も、子どもとの旅行先の決め方も、一本の軸が通る気がする。迷ったときに「これはコンセプトに沿っているか?」という問いに戻れる。外から押し寄せる「これが正しい子育て」という情報の洪水に飲み込まれない、最大の武器になる。

私が決めたコンセプトは「世界で生きることが可能になる人間に育てたい」だ。そこから逆算して、語学の獲得を最優先事項と位置づけた。どれだけAIが発達しても、人と人の対話は続く。世界で最も多く使われている共通言語を使えるようにサポートしたい——それがまずは第一歩の方針だ。

もちろん、これが唯一の正解だとは思っていない。「健康で、自分で考えて行動できる人間に育てたい」でもいいし。「人の痛みがわかる人間に育てたい」でもいい。大切なのは、コンセプトそのものより「夫婦でその共通認識を持っていること」なんじゃないかと思う。

同じ絵を見ていれば、どの方向に進むかで揉め事が減る。揉めても、原点に戻れる。子育てにおけるあらゆる意思決定は、最終的にコンセプトに照らし合わせれば判断できる。

「子育ての情報は多く、どれも正解であるかもしれないし、正解ではないかもしれない」――ネットで検索すれば、無数の育児情報が出てくる。同じ悩みに対して、正反対のアドバイスが並んでいることも珍しくない。専門家、先輩パパママ、ベストセラー本——全員が違うことを言う。

だからこそ、子育ての経験を積んで、外の情報に流される前に「自分たちの軸」を先に作ることが重要だとわかってきた。

子どもの名前を決めるという、最初の大仕事

コンセプトを決める前に、もうひとつ重要な意思決定がある。
子どもの名づけだ。

氏名とは、その子が一生涯使い続けるブランド。私自身、自分の名前の漢字一字に引っ張られてきた人生を歩んできたと感じている。いい意味で、その一字を意識して育った。だから名付けという作業には、真剣に向き合った。

私が実践した名付けのプロセスはこうだ。名前辞典を5冊読み込み、500を超える名前に触れる。その中から「音の響き」で候補を50個程度に絞る。漢字の意味・見た目・響きを組み合わせながらノートに書き出し、声に出して呼んでみる。出産予定日の1週間前までに2つの候補に絞っておき、生まれた子の顔を見て直感で選ぶ。

「健康で元気な、幸せな人生を送ってほしい」——その純粋な願いを、名前という形で最初の贈り物にする。これが子育てのスタートラインだと思う。

画数や姓名判断も参考にしたが、最終的に大切にしたのは「声に出して呼んだとき、その名前がその子に合っているか」という感覚だった。生まれてきた子の顔を見たとき、「この名前だ」という確信できる名前にした。その瞬間は、今でも鮮明に覚えている。当時は、コロナ禍で出産に立ち会うことは叶わず、LINEのビデオ通話で、顔を見て決めたけど、緊張したし、涙が出るほど嬉しかった。

名前を決めることは、子育てのコンセプトを言語化する最初の機会でもある。「どんな人間に育ってほしいか」という想いが、一字一字に込められる。事業のネーミングと同じようにも感じる。名前が決まれば、その子をどう育てたいかが、自然と言葉になっていく。

歯磨き問題から学んだこと

育児本を読むと、理論はわかる。ただ実践は、理論通りにいかない。

「言ってもやらない問題」は、子育ての日常だ。歯磨き、着替え、ご飯——子どもがやるべきことをやらないとき、大人はどうすればいいか。

私が試したことは、ことごとく失敗した。

YouTubeで歯磨きの正しい方法を一緒に見せた。逆効果だった。他のYouTubeも見たいとなってキリがなくなった。歯磨き絵本を活用した。一時的な効果に留まった。子ども用の歯磨き粉を変えた。すぐに慣れた。アンパンマンの歯ブラシを導入した。同様だった。

4パターン連続で失敗した私は、立ち止まって考えた。
「なぜ今まで試したものが続かなかったのか」。

答えは、「私が与えたいものを与えようとしていたから」だったと結論づけた。

最終的に効果があったのは、「しまじろうのぬいぐるみを活用したごっこ歯磨き」だった。当時、子どもが最も熱中していたキャラクターを使った歯磨きグッズを導入した途端、歯磨きが劇的にスムーズになった。

ここから学んだ原則はシンプルだった。「その時、子どもが最も熱中しているものと連動させる」。そのために必要なのは、観察だった

子どもの興味は常に変化する。「ずっと効果がある魔法の方法」は存在しない。今の子どもが何に夢中になっているかを観察し、それと習慣化したいことを結びつける——この繰り返しが、子育てにおける行動変容の基本原則だと思っている。

事業の言葉で言えば、顧客(子ども)のインサイトをリアルタイムで把握し、それに基づいてサービス設計(育て方)を更新し続けること。「正解のある答え」より「観察から導く答え」の方が、子育てではるかに有効だ。

そう、観察にはとても時間がかかるのだ。

この原則は、知育にもそのまま当てはまる。

上の子が2〜3歳の頃、公園に行くたびに葉っぱや花に夢中になるようになった。「これ何?」「なんでこの色なの?」と聞いてくる。そこで植物図鑑アプリを導入した。スマートフォンで葉っぱを撮影すると、植物名とその解説が瞬時に出てくる。これが大ヒットだった。園への行き帰りが「今日はどんな植物を発見できるか」という知育タイムに変わり、語彙が急増した。

「親が与えたいものではなく、子どもが今興味を持っているものに乗ること」——これが知育の本質だと思っている。子ども自身が興味を持ったことをサポートすると、驚くほど吸収が早い。押しつけた習い事が続かないのと、ちょうど逆の現象だ。

「点の子育て」から「線の子育て」へ

子育てに対する関わり方には、大きく2つのパターンがある。私は「点の子育て」と「線の子育て」と呼んでいる。

点の子育てとは、週末や空き時間にだけ参加するスタイル。平日は仕事で不在、休日だけ子どもと遊ぶ。子どもが今何に困っているのか、何に興味を持っているのか、今週のコンディションはどうか——それがわからないまま関わろうとしても、的外れになる。当然、「何かしてあげようとしても役立たずになってしまう」状態に陥る。

私は会社員時代、まさにこの「点の子育て」しかできていなかった。もちろん平日も関わろうとして、努力はする。ただ本格的には週末だけ参加して、「子育てに関わっている」と思い込んでいた。「仕事があるから仕方ない」と、言い訳にしていた。

起業して自分でスケジュールを組めるようになってから、初めて線の子育てができるようになった。

線の子育てができると、何が変わるか。

まず、子どもの「定点観測」ができる。昨日より今日、先週より今週——毎日関わっているからこそ、小さな変化に気づける。「絵本より図鑑に興味があるな」「お友達の名前をよく出すようになったな」——こういう微細な変化が積み重なって、その子の個性と成長が見えてくる。

次に、「先が予測できる」ようになる。園から帰ってきたときに機嫌が悪い理由、夜泣きのパターン、ご飯の食べ方の変化——これらが読めるようになると、対応の精度が格段に上がる

そして何より、子育てが面白くなる。やればやるほどできることが増えるし、ユーザー(子ども)の反応がダイレクトに返ってくる。まるで育成ゲームをやり込む感覚に似ている。

事業で言えば、「仕事の末端だけやっていた」状態から、「事業責任者として全体を見渡しながら判断できる」状態への移行だ。関わり方の量が、理解の深さを決める。

朝4時に起きる理由

2人の子どもを育てながらひとり社長として会社を経営し、毎日noteを書く——これを可能にしているのが、「朝4時起き」の習慣だ。

子どもが生まれる前は朝6時に起きていた。子育てが始まって5時になり、今は4時になった。3時になることもある。削っているのは睡眠時間だ。

朝4時台に起きると、家族はまだ眠っている。社会全体も目を覚ましていない。音がなく、思考が深くなる。この2〜3時間が、私にとって唯一の「本当に自分のための時間」だ。

コーヒーを淹れて、今日書きたいことをnoteに書き、読書し、事業の計画を立てる。下の子がミルクを求めて泣いても、その対応をしながら、戻ってきて続きをやる。この時間なしには、私のひとり社長としての日常は成立しない。子育て期に「自分の時間がない」と感じている人がいるとしたら、それは時間帯の問題かもしれない。夜に探すのをやめて、朝に全振りしてみてほしい。

子育て中のパパに伝えたいのは、「夜の自由時間」を期待しないことだ。子どもの寝かしつけをしながら一緒に寝てしまうことが多く、夜に自分の時間を確保しようとすると翌朝がつらくなる。ならば最初から「朝に全振りする」という設計にした方が、ストレスが少ない。

朝型に切り替えると、もうひとつ良いことがある。子どもと同じリズムで生活できるようになることだ。子どもは自然と夜早く寝て朝早く起きるサイクルを持っている。親がそのリズムに合わせると、家族全体の生活の質が上がる。

家族旅行の賞味期限

「家族旅行には賞味期限がある」——これは私がよく意識する言葉。

子どもが0〜6歳の時期は、親が連れていける体験型旅行の黄金期だと考えている。どこに連れていっても「すごい!」と言ってくれる。初めて見る海の広さに目を見開く。新幹線の速さに興奮する。旅館の浴衣を着てはしゃぐ。
一緒になって、初体験をたくさんできる。

7〜12歳にもなると、自我がより生まれ、より子どもに主体性が出てくるだろう。「自分で選びたい」という気持ちがより強くなり、友達との時間を優先する。自分の体験から13歳以降は、家族旅行より友達との時間を大切にしたい年齢になっていくはずだ。

つまり、「親と一緒に無邪気に旅行できる時間」は、思ったより短い。

今、子どもが小さいこの瞬間に、一緒に遠くへ行くこと、新しいものを見せること、体験を共有すること——これは将来お金をいくら積んでも買い戻せない時間だ。

「旅行の計画は、もうちょっと落ち着いてから」と先延ばしにするつもりはない。子育て期に確保できる家族旅行の回数は、思ったより少ない。

子育てを「事業」として考えると、こういう時間の設計も変わる。「いつかやる」ではなく、「今しかできないこと」を優先するための判断基準が、コンセプトと連動してくるからだ。事業には、必ず旬がある。プロダクトライフサイクルのように、必ずサイクルがある。

深夜対応が続いた1週間

記録として残しておきたいことがある。

下の子の風邪で深夜対応が連続で続いた週があった。夜中に何回も起こされ、ミルクと体温測定と抱っこを繰り返す。朝4時に起きる習慣が崩れた。自らスケジュールを立てられるようになったものの、それでも、子育てを優先すると、クライアントにも迷惑がかかる。

「仕事はやりたいことが全然できていないけど、家族のケアはしっかりできているからよしとしよう」

そう自分に言い聞かせた1週間だった。

こういうリアルな記録を残しておくことが大事だと思っている。子育ての記録は「良いシーン」だけでなく、しんどかったこと、うまくいかなかったこと、笑えない出来事——これらも含めて残したい。子どもが大きくなったとき、「そのとき親がどれだけ一生懸命だったか」を伝えるのは、完璧な写真よりも泥臭いリアルな記録だ。

人間の記憶力はそれほど信頼できない。子どもができてから、自分の物忘れの激しさを実感するようになった。1秒後に忘れる。スマホのロックを解除した瞬間に、何をメモしようとしていたか消える——これが日常茶飯事になる。

だから私は毎日noteに書いている。子育ての記録として、将来の自分へ向けた手紙として。そして、いつか子どもたちが読んでくれる日を想定して。「親が自分のことを真剣に考え、毎日向き合っていた」という記録は、子どもへの最高のプレゼントになると信じている。

「いいパパ」の矢印の向き

子育てに主体的に向き合ってきて、ある日突然気づいた。

「自分は子育てをしているんじゃない。パートナーとの絆を深めているんだ

第一子が生まれたとき、私は「何でも妻が知っている」と勘違いしていた。沐浴の仕方、スキンケアの選び方、寝かしつけの方法——これらを妻に聞けばわかると思っていた。しかし妻も同じく「はじめて」のことだらけだった。育児のスタートは一緒なのだ。

「私にもわからない。自分でYouTube見るなり、勉強して」

この言葉でハッと気づいた。自分の「当事者意識」が圧倒的に欠如していたこと。そして、子育てとは、事業であることを忘れていた。

子どもはそれほど複雑ではない。お腹が減った、眠い、遊びたい、甘えたい——基本的にはこれだけだ。しかし妻は、産後の体の回復、育児の疲労、自分のキャリアへの想い、彼氏彼女から夫妻、そして家族といった夫婦関係の変化、社会からの孤立感——これらすべてを同時に抱えながら目の前のケアが必要な育児を休みなく毎日過ごしている。

だから「いいパパ」であるための矢印は、子どもよりも妻に向けるべきなのだと途中で気づいた。

妻のコンディションを把握すること。妻が何を必要としているかを先読みすること。妻が1人の時間を必要としているときにそれを作ること。妻が話したいときに、ちゃんと聞くこと。子育ては、子育てが本質ではなく、妻のケアをどれだけ夫ができるかというチーム戦なのだ。ここには達成という概念はなく、日々、精進するしかない。

これができていれば、子どもへの愛情は自然とパートナーを通じて届く。「子育てとは子どものお世話ではなく、妻への気遣いや思いやりがメインだ」——これが、4年間で子育てをしてきた最も大切な答えのひとつだ。もちろん、今も奮闘中だし、まったく完璧にできていない。

子どもが生まれる前の夫婦関係は「序章」にすぎない。本当の意味での夫婦関係は、子育てが始まってから構築されると私は考える。

子育てを通じて、お互いの「本性」が出る。今までの生き方が全てブワーッと出る。疲れているとき、余裕がないとき、眠れていないとき——人は普段隠れている弱い部分が出てくる。思っていたより相手に甘える自分。思っていたより頼られることが苦しい相手。思っていたより育ちや価値観が違うふたり——これらすべてと、子育てを通じて向き合うことになる。

これを「価値観の違い」と捉えるか、「本当の絆を作るチャンス」と捉えるか。

私は後者だと思っている。仕事でもそうだったし、人生において誰でも何度も修羅場があり、乗り越える壁が複数ある。関係を構築することを諦めかけそうなタイミングもある。しかしその都度、「一番大切にしなくてはいけないのはパートナーだ」という原点の気持ちに戻るようにしている。「夫婦の絆は子育てを通じて、より深まった」という感覚がある。石の上にも3年だ。

子育てが、仕事を変えた

「子育てをすると仕事の時間が減るから生産性が下がる」と、ずっと思っていた。

逆だった。

子育てを始めてから、仕事の生産性は上がった。
理由は明確で、「時間が有限であることを毎日体感するから」だ。

会社員時代は、残業すれば仕事はなんとかなった。時間で解決できる問題は多かった。しかし子育てが始まると、お迎えがあるので「今日は17時には終わらせなければいけない」という絶対的な期限が毎日発生する。

期限があると、人は創意工夫をする。「この会議は本当に必要か」「このタスクは今日やる必要があるか」「これは誰かに任せられないか」こういう問いが自然と生まれる。結果として、仕事の質が上がった。

私は現在、月の労働時間を120時間程度を上限として目標設計している。起業のきっかけを忘れず、「仕事を際限なく広げない」という前提を先に設けることで、「その枠の中でどう成果を出すか」を自然と考えるようになる。これは子育てが教えてくれた、最も実用的な仕事術だ。

「子育てというもうひとつの事業を運営することで、人生の使い方についての解像度が上がる」——何に時間を使いたいのか、何が本当に大切なのか。これが次第に明確になっていく。大切なものが見えると、大切でないものを手放しやすくなる。会社員時代には感じられなかった「選択の自由」を、子育てを通じて手に入れた感覚がある。

父の背中から学んだこと

私の父は、40年以上ひとつの会社で働き続けた人だ。昭和・平成の働き方をそのまま体現してきた世代。私の幼少期の記憶の中に、平日の父は無色透明の存在だった。

父と仕事観や人生観について深く語り合ったことは、ない。そういう語り合う親子ではなかった。でも、父の「生き方そのもの」は、ずっと私の中にあった。

子育てを始めてから、その記憶がよみがえることが増えた。

子どもを園にお迎えに行くとき、「父はこういう場面を、ほとんど見ていなかったんだな」と思う。一緒にお風呂に入りながら笑っているとき、「こういう時間を父と過ごした記憶が少ないな」と気づく。

父を責めているわけではない。あの時代の働き盛りの男性が、家族のために懸命に仕事をすることは当然のことだった。それがひとつの正解だった時代だった。

ただ私は、現代に合わせて同じような仕事一筋の選択をしたくないと思った。家族とは、家庭とはチーム戦だ。父の背中を見て育ったからこそ、「家族の時間を最優先にする」という旗を自分で立てることができた。父から受け取ったのは「反面教師」ではなく、「別の道を選ぶための根拠」だったのかもしれない。

語り合わなくても、親の生き方は子どもに伝わる。そのことを、自分が親になって初めて実感している。だからこそ、私は毎日noteに書く。子どもが大人になったとき、「お父さんはこういうことを考えながら生きていた」と伝えるために。

4年間で出た現時点の答え

子育てを始めて4年が経った。子育てに主体的に関わって見えてきたことを、一言でまとめるとこうなる。子育てに必要なことは、3つだけだ。

ひとつは、コンセプトとビジョンを持つこと。ふたつめは、子どもをよく観察し、困っていれば手助けをすること。そして最後は、人生で最も深いパートナーとなる夫婦の絆を育てるチャンスとして捉えること

この3つが揃えば、子育ては「大変なこと」から「最高のエンターテインメント」に変わる。

私はかつて育成ゲームが好きだった。会社員時代は、マネジメントの仕事も好きだった。人を育てることも好きだった。子育ては、「育てることが好き」という自分の特性に、完璧にフィットしていた。

意外だったのは、「自分がこれほど子育てを楽しめるとは思っていなかった」ことだ。子どもが生まれる前の私は、「子どもがいなくても人生は楽しいでしょ」と思っていた。ところが実際に始めてみると、これほど面白い「事業」はないと感じている。

なぜ面白いか。

やればやるほど、できることが増えるからだ。そして、子ども(ユーザー)の反応がダイレクトに返ってくるからだ。沐浴を上手にできるようになった瞬間の達成感、子どもが喜んだときの反応、一緒に笑った瞬間——これは仕事の「顧客が喜んでくれた瞬間」に似ている。

もちろんこれは子どもの成長だけでなく、家庭として、家族としての成長も間違いなくしていると感じる。

起業後最初の半年、売上ゼロで帯状疱疹になりながら子育てをしていた私が、今こうして「子育ては人生で最も豊かな時間」と感じている。これが正直な感想だ。

完璧な親になろうとしなくていい。毎日失敗して、毎日学んで、毎日やり直せばいい。大切なのは、子どもと一緒に成長する意志を持ち続けることだ。

とは言っても、子育てとは、最終的に手放していくプロセス。子どもは、いつか親の元を離れる。独立し、自分の人生を生きていく。だからこそ、今この瞬間が大切なのだ。手を離すまでの時間に、どれだけ一緒に過ごしたか。どれだけ話したか。どれだけ笑ったか。どれだけ真剣に向き合ったか——それが、子育ての本当の成果だと思っている。

子育ては、楽しい。

「子育て10年」という言葉を、私はよく意識する。0歳から10歳まで——この10年間が、子育てにおける最も密度の高い時間だと私は考えている。この時期に何を体験したか、どんな環境で育ったか、親とどんな関係を築いたか——これが、その子の人格の基礎を作る。10年は長いようで、実は短い。私自身、上の子が生まれてから気づけばすでに数年が経っている。「あっという間だった」という感想は、子育てを終えた先輩たちが必ず言う言葉だ。

「まだ小さいから先のことはいつか考えよう」ではなく、「今この瞬間が子育ての最前線だ」という意識を持ち続けること。10年後、「あの時間は人生で最も豊かだった」と振り返れるような子育てを、今日から始めよう。

最後に、これを読んでくれたあなたに問いたい。

あなたは子育てを楽しんでいますか?

真田伊知(Ichi Sanada)


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