酷暑だからこそ美術館めぐりを
毎日ハンパなく暑い中、いかがお過ごしですか?
高校野球も終わり、立秋も過ぎ、蝉の鳴き声の勢いも衰え始め、夏もそろそろ終わろうとしているはずなのに、まだまだ酷暑の終わりは見えません。
そんな中、大阪で開催中の美術展3ヵ所を2日間で巡ってきました。
いずれも館内は涼しいのですが、やはり移動するだけで暑い。
電車で行ったり、車で行ったりだったのですが、それでも現地では歩かなくてはなりません。
いずれの美術館も大変な混雑で、やはり思いつくことは皆同じ。
ここまで暑いととてもじゃないですが、屋外をウロウロするのは命に関わますから、酷暑だからこそ涼い館内での美術鑑賞は、もはや当たり前のことなのかもしれません。
とはいえ、移動だけで体力を消耗しながらも、それなりに得るものは大きく、それらを忘れないうちに一気に記録しておきます。
記事内の画像は全て撮影可能なもの、あるいは購入したポストカード、無料配布のチラシなどです。
正倉院 THE SHOW

まずは大阪歴史博物館の「正倉院 THE SHOW」へ行ってきました。
今年の秋こそ、奈良博での「正倉院展」へ行こうと思っていたので、こちらはノーマークだったのですが、つきふねさんに誘われて、本番の展覧会で観るべきポイントの予習になると思い直し、急遽行く事にしました。
(24日までなのですでに終了しています)
大阪歴史博物館に来たのは何年ぶりだろう??
久しぶりに来てみると、最寄り駅がそれまで徒歩5分の大阪メトロ・谷町線「谷町四丁目」だったのが、大阪万博のおかげで中央線が同じ駅のすぐ目の前まで伸びているのには驚きました。
大阪の交通網は知らない間に刻一刻と変化して、久しぶりの場所を訪ねると、大阪人でさえ「おのぼりさん」状態になるのが常なのです。

※以下、会場内の作品は全てレプリカです。
聖武天皇と光明皇后
正倉院の宝物は、奈良時代の品々を中心に、調度品、楽器、文書、仏具、染織品など、約9,000点におよぶ8世紀の東アジアや西域の文化を偲ぶ品々が収められています。
これらは聖武天皇ゆかりの品々で、光明皇后により奉献されたものなのです。
~正倉院がシルクロードの東の終着点~
こう言われる所以は、奈良時代当時の国際色豊かな文化の側面が垣間見え、深い東西交流があったことがわかる貴重な資料だからです。

どちらかと言うと聖武さんの方が女っぽくて、
光明さんの方が男っぽい。
「書は人なり」というので、おそらく聖武さんは隅々までよく気が付き、
光明さんは竹を割ったようなさっぱりタイプ??
触目崩催
直訳すると「目に触れると崩れてしまう」という意。
光明皇后が聖武天皇の遺品である宝物を大仏に献納する際に、宝物660点、全長14mにもなる目録「国家珍宝帳」に追記した言葉です。
私は天皇陛下の遺品を見つめている。
一つ一つの品物に触れるたびに、
陛下の温もりがまだ残っているような気がして、
でも、その温もりは二度と戻らなくて、
どうしようもない悲しみが湧き上がってくる。
どうかこれらの品々を捧げたご利益で、
陛下が大仏さまの世界に
無事にたどり着くことができますように。
品物だけではなく、この目録こそが当時を知る貴重な史料であり、今でも管理上の基本となっています。
そして追記された光明皇后の言葉は、胸に染みるものがあり、単に”天皇のお宝”という言うだけではない、私たち庶民と同じように妻が夫を送り出す際の込められた「祈り」が感じられ、全ての品がいっそう輝かしく思えるのです。

蘭奢待は複雑な香り
天下第一の名木と言われる「蘭奢待」もありました。
レプリカなので、直接は香らないのですが、その後ろに香りを嗅げるような小瓶があり、その香を初体験しました。

その香りは、甘味と酸味、そしてどこか喉にひっかかるような「いがらい」感じもあり、とても立体的で複雑なものでした。
今まで嗅いだことがない魔訶不思議なもの、というのがストレートな感想です。
これを香道的にいうところの五味を兼ね揃えた「五味兼備」というもので、素人の私には三味までがやっとわかったという程度でしたが、まさしく「芳醇」という表現が当てはまるような香りでした。
レプリカなのでかつて歴史上の権力者が切り取ったとされる箇所の付箋もないので、上図は私が大体の位置を示しました。
切り取った人といえば、
室町幕府8代将軍・足利義政とあの魔王・織田信長ですね。
足利義政は日野富子の夫であり、風流な文化人で知られ、悪く言えば遊び人なので、この芳醇な香りに純粋に魅せられた部分もあったはずです。
しかし、織田信長は手に入れた蘭奢待のカケラを惜しげもなく千利休など文化人らに分け与えた記録がある事から、やはり何の執着も見せなかったようで、風流からは程遠い人間だったことがわかります。
そもそも正倉院は天皇の勅許がなければ開ける事は出来ません。
このエピソードからも、信長はそれが出来るほどの権力者になった事を誇示したかったに過ぎないとわかります。
何といっても巨大スクリーンの3D映像は素晴らしかったです!
12分13秒ですが、お時間のあるときにどうぞご覧になってくださいね。
馴れ馴れしい大阪のおばちゃんたち
追記ですが、今回がつきふねさんの大阪初上陸らしいです。
鑑賞中に見ず知らずの年配の方々から話かけられて、少したじろいでいました(笑)
「そんなん当たり前やで~」
「特に大阪のおばちゃんはみんな知り合いやと思てるからな。
上手い返しができるようになりや。」
と、同じく大阪のおばちゃんである私はアドバイスをしておきました。
ゴッホ 展
家族がつないだ画家の夢

ゴッホはあまりにも有名な巨匠であり、展覧会も世界のあちこちで何度も開催されているので、ご覧になった方も多いことでしょう。
1987年に「ひまわり」が約53億円、1990年には「医師ガシェの肖像」が約124億5750万円で落札され、その法外な金額は世界的なニュースになりました。

ゴッホの才能を信じた家族たち
1890年、左胸を銃で撃ち自殺をするまでの36年の生涯で、絵はほぼ売れず、ましてやこのような高額になるなど、本人もまったく予想できませんでした。
なぜゴッホの絵は名画として現代に残っているのか?
それは彼を取り囲む家族の存在があったからなのです。
ゴッホを世界的な画家として世に知らしめたのは、「家族の愛」あればこそでした。
今回の展示は彼の有名作品というより、ゴッホのファミリーコレクションに重点を置いた日本初の展覧会です。

ゴッホの実弟・テオ(テオドルス)は信じられないほど献身的に支え続けました。
ほぼ収入のない兄を、その才能だけを信じてひたすら生活の面倒を見続けたのです。
妻や子ができてもそれは変わらなかった、
いくら兄弟でも自分たちの生活があるのに、そこまではできないはずなのですが、テオはそれでも兄を見捨てません。
兄の自殺という衝撃過ぎる事実に打ちのめされたのか、彼もまた後を追うように翌年に病没してまうのです。
その後のテオの妻・ヨー(ヨハンナ)による貢献は凄まじいものでした。
・ゴッホ書簡集の出版
義兄ヴィンセント・ファン・ゴッホと夫テオとの手紙を整理してまとめて出版。
・ゴッホ回顧展の開催に協力
作品の評価と知名度を高める活動。
・ゴッホ作品の維持
ゴッホ作品の遺産を継承し後世に遺す活動。
ヨーのこれらの活動により、それまでまったく評価されなかったゴッホの芸術的価値が広く認識され、世界的な巨匠としての地位が確立されました。
女は強い。
夫の死にもめげず、不屈の精神で立ち上がるとはまさにこの事。
夫のためにすべき事=兄のフィンセントを有名にする事
そこに一転集中して邁進するなんて凄すぎます!
彼女がいなかったら、ゴッホは世に知られることもなく、今も無名のままだったことでしょう。
心に残った作品たち
中でもゴッホのデッサン付きの手紙は見応えがありました。

案内リーフレットより
ゴッホの絵は風景にしろ、人物や静物にしろ全ては彼にしか見る事ができない心象感覚で捉えられたものです。
誰もが見れる光景ではないところが大きな魅力で、彼にしか出せない個性で溢れています。

左の「花咲くアーモンドの木の枝」はテオとヨーの間に生まれた甥・ウィレムの誕生を祝って贈ったもの。
どう見ても日本画風で、かなり感化されているのがよくわかります。

案内リーフレットより
その他、ゴッホが影響を受けたとされる絵もありました。
とくに歌川広重や3代目豊国の浮世絵。
そして私が密かに好きなロートレックの作品も1点あり、思いがけない登場に嬉しくなりました。
館内の大型3面スクリーンで動画が上映されていました。(4分12秒)
いやしかし、どこもかしこも万博のように、複数面を使った大型立体動画が当たり前になりました。

ゴッホを堪能したあと、続いて写真右にあるハルカスまで向かい、もう一軒美術館をハシゴしました。
深掘隆介展~水面のゆらぎの中へ

ゴッホが独自の心象絵画なら、ハルカス美術館で開催されている「深掘隆介」は、その真逆で、とことん見たままのリアルにこだわりぬいた作品で有名です。

まるで生きた金魚を閉じ込めてしまったようなリアルさがあります。
透明樹脂にアクリル絵の具で何層にも重ね描きすることで、立体感を演出しているのです。
もう、どの角度からみても本物です。
現実と幻想の融合

透明樹脂とはエポキシらしく、私も過去に使っていたことがありますが、常温硬化型だと固まるまで最低24時間はかかり、気温や気候によってはその倍の時間を要する事もありました。
接着は強力で仕上がると透明で美しいのですが、このような大作の場合、おそらく1週間~数か月という時間を経て、また重ね描きをしてという、気の遠くなるような手間が想像されます。

リアルをとことん追求しながらも、設定シーンはあくまでも幻想的かつ抽象的です。
和室に金魚をぶちまけたらこんな感じかなぁ?

きっと空間に浮くように金魚の群れが泳ぐとしたら、こんな風なのでしょう。
多岐におよぶ作品群
作者の深掘隆介さんは1973年生まれの今年52才。
まだまだクリエイターとしては発展途上であり、今後の伸びしろは計り知れないものがあります。

写真は撮れなかったのですが、段ボールなどの紙材を使った立体アート作品も斬新で見応えのあるものでした。
「金魚絵師」として名高いのですが、今回の展覧会では、様々なパターンの作品にチャレンジされているのがよくわかり、それらの経験を生かした今後の創作に注目したい芸術家です。
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