「古代エジプト展」で日本神道のルーツを見た!
※記事内の写真は全て撮影可能エリアのものです
ハルカス美術館で開催中の「古代エジプト展」を鑑賞してきました。
彫刻、棺、宝飾品、パピルス、さらには人間やネコのミイラまで、約150点もの遺物が並ぶ大規模な展覧会です。
何より驚かされたのは、3000年以上前に、すでにこれほど高度な文明が築かれていたこと。
日本ではまだ縄文時代。住居といえば竪穴式住居だった頃に、エジプトでは巨大な石造神殿やピラミッドが築かれていました。
さらに宗教観や死生観の成熟ぶりを見ると、日本の仏教美術は“まだ若い文化”だと思い知らされました。
このエジプト文明が、シルクロードの長い旅の果てに日本に辿り着いたのだと、今更ながら実感したのです。
そして展示を見ているうちに、私はあることに気付きました。
~古代エジプトの宗教観は、日本の神道と驚くほど似ていると!!
河江ポイントに着目!
監修は 河江肖剰博士。
名古屋大学教授、最新の3D測量調査を行う気鋭のエジプト考古学者です。
今は不定期のスペシャル番組となった「世界ふしぎ発見!」やYouTubeチャンネル「河江肖剰の古代エジプト」などのメディアでエジプト文明について解説されています。
まだ53歳ですのでこれからの活躍も大いに期待できますね。
展示作品のところどころ、というより半分近くでしょうか、その河江先生のちょっとしたワンポイント解説がありました。

よく美術館や博物館で点数が多い場合、どこに注目すべきかわからない時がありませんか?
今回の展示ではこの印を指針として注目できたので、とても参考になりました。
私は日本史はある程度知ってはいても、世界史となるとまだまだ未熟なので、非常に助かりました。
ミイラの作り方レシピ

ミイラを作る手順をアニメーション動画で紹介していました。
エグイはずの内容がアニメで面白おかしく上映されていたので、とても理解しやすい仕上がりでした。
その手順を大まかに紹介すると以下の通りです。
①脳の除去
針状の道具を鼻から入れ、脳を掻き出す。
②内臓を摘出
腹部を切開し、肺、肝臓、胃、腸を取り出す。
③カノプス壺への保存
取り出した内臓は防腐処理後、それぞれ「カノプス壺」に収められる。
④洗浄と乾燥
遺体をナトロン(天然のソーダ)で覆い、約40〜70日間かけて完全乾燥。
⑤防腐処理
樹脂を塗る。
⑥包帯を巻く
護符を挟みながらリネンの包帯で巻く。
臓器は神聖な壺に
心臓だけは唯一身体に残されます。
それは、心臓は「知恵」「思考」「感情」「意志」を司る、人間の本質と考えられた重要な臓器だからです。
その他の取り出された臓器はそれぞれ4つの「カノプス壺」という壺に収められます。
「カノプス」という町で類似した壺が発見されたのでこの名がついたのですが、実は古代エジプト神話における「ホルス神」の4人の息子たちに由来しているのです。

・ジャッカル(ドゥアムテフ):胃
・ハヤブサ(ケベフセヌフ):腸
・人間(イムセティ):肝臓
・ヒヒ(ハピ): 肺
神の息子たち4人という事は日本の神社での「4柱」みたいですね。
日本でも似たような神様がいたような…
と思って調べてみると、このホルス神は例えるなら瓊瓊杵尊が該当するようです。
彼は天照大御神の孫で、神が住まう高天原から地上を統治するために降りてきた「王権・統治」の神なので、ホルス神には一番近いとされています。
古代エジプト人も終活
死後、ミイラになるためには大変な手間と労力がかかるため専門の職人を雇うしかなく、ある程度の財産のある人しかミイラになれません。
それと同時に立派な墓の建設も必要です。
生前から死後の準備をする、いわば「終活」をしていたようです。
それでは中間層以下の人々の遺体はどう処理されていたのでしょうか?
職人を雇えないため、なんとか独学でミイラ化の処理をしたり、そのまま土中に埋葬したり、ナイル川へ水葬したり、面白いのは裕福な人の墓にちゃっかり間借りしたとか。
これらの逸話から、今以上に埋葬には”こだわり”が強かったことがわかります。
一貫した願いは復活と再生

古代エジプト人の埋葬のこだわりを含め、終活に熱心なのは、死後の復活を願っていたからです。
故人は必ず再生すると信じていたのです。
だとしたら、前項で生命の源であるとした心臓だけを体内に残したのも腑に落ちます。
復活するには女性も男性に⁈
面白いのは、”再生して復活できるのは男性のみ”だと考えられていたことです。
冥界の神・オシリスが男神だったため、女性のままでの復活は不可能だとされていました。
現代人から見ればどっちも不可能だ!と鋭くツッコミたいところですね。
そういう理由から、女性の遺体は、本来は男性の象徴である「赤い肌」に施され、司祭は男性代名詞で語りかけ、無理やり男に変身させる魔法をかけたそうです。
現代人の感覚ではかなり強引に思えますが、当時の人々は大真面目。
無理やり女性は一定期間は男性として葬られました。
日本にもありますよね。
仏教では四十九日までは、様々な裁判を受け天国か地獄かの行先が決まるとされ、それまでは魂がさまよっているとされています。
神道では、ニギハヤヒノミコトの十種神宝の伝承に死者を蘇生させる行法が語り継がれています。
科学や医学も解明されていない古代です。
再生や復活に人々は切実な願いを込め、決して「死んだら終わり」と諦めてはいなかったのです。

亜麻布やパピルス紙を漆喰で固めたミイラの収納容器

彼女が生前着ていた服がデザインされている
森羅万象に神々が宿る

エジプト人は世界中のどの民族よりも信仰心が篤いと自負していました。
神々は天空や太陽、大地やナイル川に始まり、哺乳類や爬虫類、鳥類、さらに昆虫類に至るまでその数およそ1,500柱にも及びます。
日本の「八百万の神」というものですね。
王は神
歴代の王たちはそれぞれ自然界の神と結びつけられ、崇められてきました。
王朝成立時にはハヤブサの神・ホルスが「神」として崇められ、ピラミッド時代での王は太陽神・ラー、中王朝時代以降は最高神・アメン・ラーとして崇められてきました。
生身の人間であるはずなのに、神となったのです。
天皇も現人神だった
これは、日本も同じ。
現に天皇は昭和初期に「人間宣言」されるまで神格化されていました。
天皇と神話は、話としてはよくできているのかもしれません。
しかし、現代の私たちにはあくまでも”作り話”であり、天皇もまた人間としてしか見る事ができません。
さすがに天皇を神とする当時の人々の感覚を理解できづらいのは、当時の日本人は今より「古事記」や「日本書紀」がもっと身近にあり、神話をそのまま天皇家のルーツとすることに抵抗がなかったのかもしれません。
日本の神道とエジプトの宗教観
エジプトの宗教観を見てみると、驚くほど日本の神道と似ています。
どちらも自然崇拝や多神教がベースにあり、森羅万象に神を見出すなどの点は、共通の精神性を持っています。
他にも、天照大御神とラーはともに太陽の神で最高神であり、死者を神化したり、神の機嫌を取るように崇めたり、自然の恵みに感謝する儀式が重要視されていたりします。
これらは遠く離れた地で偶然に生まれた話とは考えにくく、日本神話はここから参考にしてが生まれたのかもしれません。
私のただの妄想ですが、意外なところで古代でのエジプトと日本の共通点を見つけたように感じました。
古代エジプト展を見ているはずなのに、どこか日本の神話や神道を重ねて見てしまう…。
遥か遠い文明のはずが、不思議な“近さ”を感じる展覧会でした。

「サルの像」
サルは知恵の神トートの化身とされ、
再生と生命のサイクルの象徴。
青はナイル川の水を表す神聖な色。
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