やっぱり”禅寺”が好きだと確信した展覧会
※記事内の画像は全て「撮影OK」のものです
残念ながらすでに終了していますが、大阪市立美術館で開催の「妙心寺 禅の継承」を鑑賞してきました。
つきふねさんと二人で行きましたが、お互いに鑑賞中は無駄話はいっさいなく、つかず離れず…というより、それぞれのペースで回るスタイル。
自然と作品に没頭できる、とても心地よい時間でした。
狩野派の実力に圧倒される
この展覧会でまず言えるのは、
ー狩野派はすごいー
ということです。
特に妙心寺塔頭・天球院の襖絵は、まさに圧巻の一言でした。
狩野山楽・山雪の筆による「竹林猛虎図襖」がコの字型に配置された展示は、まるで虎がいる竹林を歩いているように錯覚するほど現実味を帯び、狩野派の圧倒的な実力を肌で感じることができました。
もちろん撮影は禁止されていましたが、その見事な光景は今も鮮明に記憶に焼き付いています。
オヤジの普賢菩薩
一方で、達磨図や羅漢図の人物画はユーモラスに富み、見る者の気持ちを和ませてくれます。
驚いたのは普賢菩薩像が、どうみても中年男性にしか見えない。
そう”オヤジ”なのです。
あらためて見直してみると、白象にまたがっているので、やはり普賢菩薩なのですが。小太りの身体で、髪は結っておらずバサバサな状態。
じっと見ているうちに、なんともコミカルさを感じてしまい、思わずニンマリせずにはいられません。
作品目録によると、14世紀、中国元時代のもので、「伝馬鱗 筆」とあるのですが、作者名を検索してもヒットせず、詳細はわかりませんでした。
こんなオッサン普賢菩薩に興味を持ったのは私だけかもしれませんが、しばらく見入ってしまいました。
撮影OKなのは文化財の“公開戦略”の変化?
最近の美術館では、一部作品を撮影可能にする傾向があります。SNSでの拡散を意識した取り組みなのでしょう。
来訪者による情報発信が認知度を高め、ひいては文化財保護の推進に寄与するという考え方へ、大きく舵を切ったのかもしれません。

重要文化財
右図の豹は虎のメスだと考えられていたらしく、
これらのペアが多い。
寺院を訪れても、ほとんどが撮影禁止。
その中でもたまに撮影自由なところもあったりと、対応は両極端です。
許可であれ、禁止であれ、いずれも文化財保全への考え方の大きな違いによるもので、寺院の考え方ひとつのようです。

(南北朝時代)
後醍醐天皇の念事仏、らしいのですが、妙感寺をサイト確認すると、ご本尊が「千手観音座像」なのに、これとはまったく違う。
ChatGPTでかなりツッコんだ質問をしたのですが、矛盾した答えが返ってきました。
現地では「秘仏」なのに撮影OKなのも大きな疑問です。
お前立みたいなものでしょうか?
身代わりに出展されたのかもしれません。
妙心寺という存在
私はまだ妙心寺を訪れたことがありません。
なかなかの広い敷地のようで、狩野探幽による雲龍図など見どころも多く、ぜひ一度この目で見てみたいと思いました。
京都・花園にある妙心寺は、臨済宗妙心寺派の大本山であり、全国に約3,400もの寺院を持ちます。
約10万坪₍東京ドーム約7個分₎という広大な境内には46もの塔頭が点在し、まさに日本最大の禅寺であり、「禅寺のテーマパーク」と言っても過言ではないでしょう。
これは気合を入れて訪れる値打ちはありそうです。
禅寺の個性的な特徴

過去には何度か禅寺を訪ねるたびに、胸がキュッと締めつけられるような感覚を覚えてきました。
今回はその魅力を自分なりに整理してみたいと思います。
日本に伝わった 3 つの禅宗は主に臨済宗・曹洞宗・黄檗宗です。
妙心寺はこのうちの臨済宗に属します。
それら禅宗の寺院にはいくつかの共通点があり、そこには”究極美”とも言える世界が広がっています。
建築様式₍禅宗様₎
中国の宋時代の建築様式を取り入れており、機能的で力強い造りが特徴です。
・花頭窓: 禅寺を象徴する意匠で上部が曲線の窓。
・石床と基壇: 床は石畳を敷くことが多い。基壇も自然石を用いる。
・詰組: 柱の上や間に細かい組み物を配置し、装飾性が高い。
・唐戸): 桟を細かく組んだ扉。
枯山水などのシンプルな庭園
・枯山水:白砂で波を、石で山や滝を表現。
・自己と向き合う場:華やかさを削ぎ落としてシンプルさを追求。
七堂伽藍
建物は修行生活を重視した機能的な配置。
①三門₍山門₎: 空・無相・無作の「三解脱」を象徴する巨大な門。
②仏殿: ご本尊の釈迦如来を祀る。
③法堂: 住職の説法場所。天井には”法₍教え₎を降らせる”という意味の「龍」が描かれていることが多い。
④僧堂: 修行僧が座禅、食事、睡眠などの全生活の拠点。
⑤庫院₍庫裏・大庫院):台所や寺務所。
⑥浴司:浴室
⑦東司 : トイレ

文化や習慣の独自性
・禅面: 各寺院の家風や特徴を一言で表した言葉。
例えば、
「南禅寺の武家面」
「大徳寺の茶面」
「建仁寺の学問面」
「妙心寺の算盤面」
・精進料理: 肉や魚を使わず、創意工夫された修行の一環としての食。

2020年8月31日撮影

キレイに刈り込まれた満開のつつじ。
伽藍の屋根が個性的。
2024年4月28日撮影
私が推す「禅寺」の魅力

一言でいうと、禅寺とは心を整える場所。
他の寺院と大きく違うのは、慈悲や救済を与えてもらうのではなく自らを見つめ直して、悟る寺院だということです。
そのために、「静寂」「余白」「修行」が存在し、訪れる者に自分と向き合う「内省の時間」を与えてくれるのです。
自らで答えを得る余地
禅寺を訪ねると、いっさいの無駄を削ぎ落とした空間に、むしろモダンさすら感じます。
たとえ豪華な花壇を設えていても、シンプルな形にきっちりと剪定されていたり、枯山水の白砂は眩しいほどに美しく、想像力を刺激し、余計な思考である“邪念”を静かに消してくれます。
その空間に身を置くと、小さなことにこだわっている自分が、どこか馬鹿らしく思えてきます。
そう。何もない空間こそが自分に気付くきっかけを与えてくれるのです。
生活そのものが修行
寝る、座る、食べる、歩く、掃除する。
日常のすべての行動が修行であり、生活そのものが修行に直結しています。
本来の修業とは特別なものではなく、日々の生活の中にこそある。
それに気づかせてくれるのが禅寺なのだと思います。
同時に生きていることを実感できる場所でもあるのです。
無いものを嘆くな、あるものを活かせ
これはパナソニック創業者・松下幸之助氏の言葉です。
人はつい「ないものねだり」をしてしまいます。
しかし、それでは欲は尽きることがありません。
今あるものに目を向け、感謝し、そこからどう工夫するか。
その姿勢こそが大切なのだと気付かされます。
例えば、歴史上の有名武将たちも禅宗に大きく影響を受けています。
上杉謙信や武田信玄、今川義元や徳川家康、源頼朝…などなど。
彼らは禅宗の教育を受け、単なる戦勝祈願だけに留まらず、私利私欲を捨て、大局の判断につながる冷静さを保つ精神を養っていました。
形式ばかりに捉われるのではなく、いったん視点を変え、限られた中で答えを見い出す。
それが禅寺の教えなのかもしれません。
新たな自分を見つけるための場所…
それが禅寺なのです。

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