本も本望、本屋も本懐。2人は意外にもソウルメイトだった
「日本橋通油町は、蔦屋さんを快くお迎え申し上げる所存にございます」
蔦重(横浜流星)とてい(橋本愛)の祝儀の席に、突然現れた鶴屋(風間俊介)の口から意外な言葉が出ました。
おまけに日本橋の新店舗用のりっぱな暖簾まで差し出しながら。
いやもう感無量で、これほど胸がすくシーンはない!
ある意味、最終回かとも思えるほどの達成感を感じた神回でした。
実はこの蔦重と鶴屋、記録によると一緒に旅行にまで行っていたという史実を以前に読んだことがあって、大河ではどのタイミングで良い関係に化けるのかと密かに期待はしていました。
それがなんと、最も絶好のタイミングで効果的な変化を遂げましたね。
京都にルーツ持つ名門・鶴屋の三代目、やっぱり芯からのバカじゃなかった!
駿河屋(高杯克実)も素直に過去の非礼を詫び、隅々まで丸く収まり、蔦重の宣言通り、吉原に育ててもらった拾い子の一等でけぇ恩返しになりました!
拍手喝采!!!
フタを開ければソウルメイトだった!

さて、蔦重とてい。
前回からの流れを見ると、心で繋がるソウルメイトである事を、視聴者にわかるように展開していました。
人を見る慧眼と分析力はさすが!
いっしょに本屋をやりましょう!
とか、
俺と一緒になるってのはどうですか?
とか。
もう笑ってしまうほど、切り替えが早いこの男の頭の中は、どうなっているかと思いました(笑)
一見するととんでもない発案のようですが、ていへの事前リサーチで訪ねた寺で彼女の本心を知ったからこそ、蔦重は彼女の性格や人柄、本に対する情熱まで理解し、その上での判断だったのです。
ただのチャランポランの思い付きの発案ではなく、人を見抜いて様々な分析をした末に出た言葉だったことは間違いない。
蔦重は不思議なことに人を見抜く力があり、相手が一番欲しいものも瞬時に理解し、そのための筋道までちゃんと描けるのは、希少な才能ではないでしょうか?
だからこそ、後世に名を残すほどの版元になれたのではないか?
陶朱公のような理想の人物
2人だけの拭き掃除のシーンも、とても意味のあるものでした。
浅間山噴火で灰だらけになった通油町を蔦重が、持ち前のアイデアと機転であっという間にキレイにさせたのを見たていは、みんなを無理なく巻き込む統率力に深く感銘を受けました。
中国春秋時代の「越」の忠臣・陶朱公が、移り住んだ町を富み栄えさせる才覚があったという例を挙げながら、蔦重にもその才があると認め、店を譲り渡すことを決意。
出家すると言うていに、
蔦重は「やはり陶朱公の女房になりませんか?」
という再プロポーズは、またバッチリのタイミングではありませんか。
奇跡の相性
前夫で大失敗しているていだけに、男に対しては慎重になっていますが、たとえ仮の「偽装結婚」だとしても、この二人は絶対に相性抜群ですよ。
お互いに欲しくても持つことのできない才覚を持っていることに気付き、認め合うことができたのは、やはり「縁」というものの何物でもありません。
寺でのていのせりふが蘇ります。
本は捨ててしまえばそれまでですが、子供たちの教材になれば必ず役立ち、そうなれば「本も本望、本屋も本懐」という言葉。
本に対する愛情の深さだけでなく、そのゴロ合わせとリズム感はまるで蔦重と同じだったのですから。
これには蔦重も「なんだ、いっしょじゃねえか」と呟きながら。涙を浮かべて感動していましたね。
もしかすると昨年の「光る君へ」での紫式部と藤原道長の関係以上の、万に一つ出会えるかどうかの「奇跡の相性」であることを直感的に感じたのでしょう。
さらには、かつて平賀源内(安田顕)から「書を以て世を耕し、国を豊かにする」という意味の「耕書堂」という名の大義にも大きく通じると感じたはずです。
私が推す、今後のなりゆき

以下ネタバレになりますが史実なので、その範疇で書かせていただきます。
佐野政言に注目!
前回だったか、その前だったか忘れましたが、佐野政言(矢本悠馬)とその父政豊(吉見一豊)の会話に、地味ではありましたがゾクッとするものを感じました。
認知症となった父が、「ところで、佐野の桜はいつ咲くのだ」と言うと、「もう咲いておりますよ」と政言が応えるシーンです。
これから政言が引き起こす重大事件を思うと、この親子の会話はあまりにも切なく、そして美しい。
この政言こそ、田沼意知(宮沢氷魚)を殺害する人物なのです。
政言は田沼政治に不満があって、純粋に悪を成敗する世直しのつもりだったのか、単に一旗揚げたかったのかはわかりません。
結果的に彼が切腹を命じられたのは、幕府側の裁定は「私憤」と捉えたからです。
だいたい父の田沼意次(渡辺謙)の描写も、それまでの賄賂老中だけではなく新説を取り入れた人間味ある人物として描かれています。
しかし、田沼の跡継ぎを斬る事で、政言は世間からは英雄視されたのを見ると、それだけ田沼政治に反感を持つ風潮が強かったことを物語っています。
田沼も将軍家など身分の高い人々には精神誠意尽くすのですが、低い身分の庶民に対しての配慮に欠ける部分があったのでは?
今回の浅間山噴火騒動や今後の米騒動など、もっと下々のものに寄り添った政治ができていればなぁと思わずにはいられません。
この佐野政言が起こした事件をきっかけに田沼意次の運命も傾いていきます。
とはいえ、田沼政治は米経済から貨幣経済へとシフトさせようとした開明的なもので、もしこの時に息子の意知が斬られず、そのまま引き継いで田沼政治が続いていたとすれば、日本の外交はもっと早く始まり、国は富み、討幕運動もなく幕府が中心となった、全く違った維新が起こっていたのかも?
この佐野家の嫡男は大げさに言えば、その後の日本の方向性を変えてしまった可能性もあるのではないか。
「抜け荷」の証拠集めの中に芽生えた愛情
一方、斬られる方の意知は、松前藩の抜け荷を暴くために罠に嵌めようと、誰袖花魁(福原遥)と画策するうち、最初こそその気はなかったものの、すっかり愛情が芽生えたご様子。
それにしても、えなりかずきさんの暴君ぶりはお見事です!女郎のわかなみ(玉田志織)が意知を誘惑したら、2階から飛び降りてまで激昂する姿に唖然としたり、かと思えばすっぴん姿に胸キュンしたり、とどめは意知が誰袖に贈った扇に書かれた詩です。
西行は 花の下にて 死なむとか 雲助袖の 下にて死にたし
「西行は桜の下で死にたいと言ったが、私は誰袖の下で死にたい」
この歌は平安~鎌倉時代にかけての僧、歌人である西行の歌のパクりです。
願はくは 花の下にて 春死なむ その如月の 望月の頃
「出来ることなら、桜舞い落ちる木の下で、二月十五日の満月の頃に生涯を終えたい」
学識高い誰袖花魁ですので、このオシャレなパクり引用に胸がポッと熱くなります。
二人の気持ちがグッと近づく名シーンとなりましたが、これもまたこの先の展開を思うと苦しくなるばかりです。
あんなにも切望していた意知による誰袖の身請けは叶わなかったのですから。
これにも黒幕が?
この事件の流れも脚本家・森下さんの腕の見せ所でしょう!
政言はもしかしたら、誰かにそそのかされて起こしてしまったのかもしれません。
もしそうだとすれば、それは誰なのか??
政言の心理の変化や些細な行動など、事件が起こるまでの展開は少しも見逃せません。
今までと同じ黒幕なのか?
それとも違う人物が糸を引いたのか?
本当に政言だけの私情によるものなのか?
それぞれの言動に着目です。
さて、一等地・日本橋の書店の主となった蔦重。
次回からはいよいよ日本橋編です。
そして水面下でくすぶっているものがたくさんあり過ぎて、いつ誰がそこに点火するのか、森下さんの創作に期待しましょう。
とんでもないヒューマンドラマになりそうな予感があります。
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