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時代は流れて新たな歴史が始まる

「嵐が来るわ」

天の道長(柄本佑)に語りかけたまひろ(吉高由里子)のセリフがラストシーンでした。

一瞬「え?これで終わり?」と思ってしまうほどあっさりした締めくくりですが、実はとても深いのです。

武者である双寿丸(伊藤健太郎)に出会うのも「武士の世」の到来を象徴する大きな意味を持ち、こうして時代は移り変わっていくのだと実感できるものでもありました。

この続きは過去の大河「平清盛」をぜひ見てほしい!
源平合戦に突入してゆく流れがよくわかる。

そして忘れてはならないのが、初回が安倍晴明の夜空観測から「雨」を予想するシーンで始まった事を思うと、この「嵐」の前触れを予見するシーンでの終わり方は、見事にリンクしているのです。

「俺は一体何をやってきたのであろうか」

臨終間際の道長のこのセリフ、ほとんどの方はある意味共感できたのではないでしょうか?
私も最近、同じことを思ってしまいます。
年を取るごとに思う事ではありますが、これは「後悔」というより、自分の生きてきた「意味」が、ふとわからなくなる時があるのです。

道長のように国家の重責を担ったわけではないのに、人生を振り返ってみると何もして来なかったように思えてしまう。

長いようで短い人生に虚しさを感じてしまうのは誰にでもある事ではないでしょうか。

しかし、この後の歴史を知っている私たちは、道長が生涯懸けて守り通したものは、時代のうねりに吞み込まれて消え失せてしまうのですから、なんとも皮肉に思わずにはいられません。


倫子さまは思った以上に聡かった

先週のラストの倫子さま(黒木華)の爆弾発言から、頭の良いまひろの事なので、正直に打ち明ける展開になるとは思っていました。

しかし、全てではなかった!

二人の母性愛の激突

まひろは賢子の父親が誰か●●という事には断じて触れなかったのです。
これは親として娘を徹底的に守る姿勢を取った事になります。

対して倫子さまも最初は嫡妻としてのゆとり●●●で、
「殿のしょうになってほしい。」と言ってはいたものの、詳しい話を聞いて、夫の道長にとってはまひろの方がむしろ本命だと知り、まひろを慕う彰子には知られてはいけないと強く思い、
「この事は墓場まで持って行ってください。」とぴしゃしり言い放ちました。

まひろも倫子も、最終的に道長よりも「子」を守った事に他ならない。
まひろは賢子を、
倫子は彰子を。

このシーンはお互いが深い母性愛を示した名シーンだったとも言えます。

そしてこの件に関しては最後まで完全に隠し通したまひろの勝利だったとも言えます。
この真実だけは、そりゃ言えないわ💦

それでも懐が深い倫子さま

倫子さまは、悋気りんきがまるでなかったとは言えないでしょうが、再び臨終を迎えようとする道長に会ってほしいとまひろに頭を下げて、嫡妻としてするべきことを冷静に判断するあたりは、やはり心が広いと思いました。

すでに臨終していた道長の手が布団から出て、縁側の方へと向いていたのを見て、その手が誰を●●求めていたかまで察したはずです。
きっと倫子さまは、~殿に良いはなむけ~になったと思いつつも、複雑な思いが去来して、その様子だけは誰にも語らなかったことでしょう。

道長の最期の手のアップにはとても深い意味を感じました。


名キャラたちに思いを寄せて

振りかえれば、今作に登場したキャラクターはどなたも適役だったと改めて思います。
たくさんの名優による名演がありましたが、今、ザッと頭に過るキャストを挙げてみます。

美しすぎる一条天皇

塩野瑛久しおのあきひささんは、今回の大河で初めて知った俳優さんでした。
あまりにも儚げで高貴な美しさに、これ以上ぴったりな人はいないのではないか。
とにかく装束も似合い過ぎて、その姿は神々しく、道長など公卿らに翻弄されながらも、頼れずにはいられない自分の立場のジレンマがよく表れた演技でした。

その役柄があまりにもハマり過ぎていたので、私は別の演技も見たくてテレビ朝日の「無能の鷹」も毎週録画して全話見てしまったほどです。
こちらでは残念ながら高貴な美しさはなく、どちらかというと情けない役柄だったのですが、この違いを演じ分けているのが見て取れました。

劇団EXILEのメンバーであり、米倉涼子・上戸彩・武井咲・剛力彩芽などを派出したオスカープロモーション所属で芸能界デビューしたのが、なんと2012年、2012年EXILEのAKIRA主演のフジテレビの『GTO』との事ですが、確か私も観ていたのですが、まったく記憶にもございません💦
ざっと検索してもわからなかったので、ほんのチョイ役だったようです。

今年の大河では、堂々と存在感を示す当たり役だったのは間違いありません。

道長一途の藤原行成

道長とともに一条天皇を支えた、
藤原公任(町田啓太)・藤原斉信(金田哲)・藤原行成(渡辺大知)・源俊賢(本田大輔)の「四納言」も忘れてはいけないキャラクターでした。

もちろん自分本位の欲があるからこそですが、若い時代からずっと協力し合って朝廷を牽引してきた仲間的な存在で、個性の違いそあれ上手く調和していたように思います。
結局、みんな藤原道長(柄本佑)が好きというか、道長と言う人間に賭けたという感じでしょうか。

そんな中でも特別に献身的な働きをした行成は、普段の発言力は弱いのに、肝心要のところで、自身の知識のあらん限りを駆使しての力強い提言は、たとえ天皇でさえも言い返せないほど一部の隙も見せませんでした。

これまた知らなかったのですが、彼は、元・ロックバンド(黒猫チェルシー)のボーカルだったのですね!
あの消極的な行成の姿からは想像もできない。

目立たない存在でありながら、歴史の影の功労者とも言える発言の数々は、ドラマの上でも小さくても大きく、無くてはならない存在でした。

それにしても同じ日に逝ってしまうとは!
これは行成の慕う心が強かったのか。
道長が道連れにしたのか。
あの世への旅立ちまで揃ってしまうのは、よほどの腐れ縁なのでしょう。

一族の闇・兼家と道兼

藤原摂関家の闇を一手に引き受けたのが、何といっても道長の父、ドン・兼家(段田安則)と兄の道兼(玉置玲央)でした。
その役作りはゾクゾクするほどの「悪」がありました。

しかし、兄の道兼は最後には疫病患者の世話をするなど、世のために「仏」のように働き、見ている私たちも気持ちが救われる思いがしました。

しかし、あれほど忌み嫌っていた父・兼家のやり方を道長がもっとも引き継ぐことになるのは、皮肉なものです。
双方のやり方を見る事で、このように藤原摂関家のやり方が確立されてゆくのだという答えを見た思いがしました。

正義感溢れるロバート実資

藤原実資のキャストがロバート秋山(秋山竜次)だと知った時、ドラマ内の息抜き的にお笑いを投入するだけの存在かと単純に思っていました。
実資と言えば90歳まで長生きしたこれらの顛末の生き証人的な公卿であり、貴重な史記となる「小右記」を遺した人物です。

果たしてそんな重要人物をロバート秋山に演じさせて、どのように仕上げていくのだろうかと不思議にさえ思っていたぐらいです。
しかし、笑いを取り入れながらも、元キャラ本来の正義感を表現していたのは、やはり本人の演技力によるものなのか、それとも脚本の力なのか。

たった一人でも、正しいと思う事は言ってのける一貫したブレない姿勢は、時には胸が救われるシーンとなりました。
いやいや~秋山さん、失礼ながらここまでデキる男だとは思っていませんでした。

ただ、実資の「小右記」や紫式部の「紫式部日記」には双方が出会った時の会話が記されていたのですが、そのあたりはアイデアとして具現化されませんでした。
お互いを好意的に捉えていたようなので、ホッコリするシーンになったはずなのですが、とても残念です。

藤原宣孝の無限の包容力

まひろの夫となった宣孝(佐々木蔵之介)の懐の深さは感動ものでした。
「自分が思っている自分だけが、自分ではないぞ」
「ありのままのお前を丸ごと引き受ける。」
もうシビれるほどの口説き文句の乱れうちに、さすがもまひろもついに落ちてしまったという感じ。

ましてや道長との不義で身ごもった子供もさわやかに認知までする包容力は、むしろあり得ないほどの男前ぶりでした。

これでは、道長を強く求めながらも落ちてしまいますよ。
何を置いても道長を一番に愛していながらも、小さい時から見守り続けてくた宣孝を家族として大切に思う気持ちが一気に大きくなりました。
一時期は前述の実資との縁談を勧めていたぐらいでしたが、一気に親戚のおじさんから配偶者として見方が変わってゆく様子には、同じ女として共感できるものがありました。

そう。宣孝は女として一番欲しいものを表現できるストレートな男性でした。
一人の女性として平凡な幸せを願うのなら、もうちょっと長生きしてほしかったと願いつつも、そうなれば女房勤めも実現しなかったし、「源氏物語」が誕生することもなかったのかもしれません。

人の人生ほどわからないものはありません。

直秀や周明ぢょうみん、架空人物の効果

ところで、周明はいったいまひろに何を言いたかったのでしょう?
それが明かされないまま終わってしまい、ちょっと気持ちが落ちかない。
視聴者の想像に任せるというところなのでしょうが、それとわかる描写が欲しかったです。
それとも私が見逃したのでしょうか💦

最後にまひろが再び旅に出る事から、彼はまひろを唐へ連れて、晩年を共に過ごしたかったのでしょうか。


そして、忘れてはならないのが、散楽の直秀です。
彼がいたからこそ、彼らの死を目撃して二人で葬ったからこそ、「ソウルメイト」となり、まひろと道長は結ばれたのですから。
直秀の存在は架空とはいえ、重大な存在であり、その後のストーリー展開におけるキーパーソンとなりました。

大げさに言うと、彼の存在なくしては最終回でさえも色褪せてしまうほど、二人にとっては無くてはならない存在でした。

死んだ時は大変なショックでしたが、だからこそ直秀の存在の重要さがクローズアップされたのをみると、さすが大石さんです。


結局、道長と紫式部の関係ってどうなの?

さて、史実に置いての紫式部と道長は愛人関係にあったかどうか?
遺された史書から確定するのは難しく、歴史家たちの間にも賛否両論があり、どれも決定打に欠けるのはなんとも歯がゆい限りです。

そのあたりは今回の大河では、「まひろVS倫子」の際どい対話シーンを作ることで、意図的に明記されないままだったのかもしれないと思えます。

道長にはわかる範囲で4人のしょうがいて、彼女らの共通点は、
・血縁が近い
・未亡人
・中年女性
・娘かその皇子に仕えた官女
などが挙げられますが、紫式部もこれらに当てはまるので、限りなくその可能性は高い。

しかし、あらゆる文献から紫式部の性格を判断すると、かなり消極的な性質だったことがわかり、一気に可能性の確率は下がってしまいます。

際どい歌のやり取りは残されてはいますが、それもまた大人の洒落っ気に富んだものだと解釈もできてしまい、男女の関係があったかまでは確定できないのです。

歴史には現代人が知るよしもない部分が多く、そこは創作するしかありません。
ましてや紫式部の人生もそのほとんどがベールに包まれていて、わからない部分が多すぎます。
今回の大河の脚本家・大石さんは、そこを逆手に取って想像力を大きく膨らませた大作を作り上げました。

そしてその彼女の空白の部分は、千年以上も読み継がれた世界的に有名な長編小説・「源氏物語」のエピソードを、大胆に繋ぎ合わせた事は、とても効果があったと思います。
これだけの大作は、自身の人生経験なくしては書けないと踏んだのでしょう。

~事実は小説より奇なり~

事実にこそ想像を超えた展開が潜んでいる事を、如実に物語っているのです。
観る者すべての人が、源氏物語の登場人物と重ね合わせたのなら、その狙いは大当たりだったのではないでしょうか?

少なくとも私は、二人は男女関係にあったと思いたいです。



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