クマ騒動で秋を満喫できない!“紅葉難民”の顛末記
ーいや、ほんまにええかげんにして!ー
思わずボヤキのひとつも言いたくなるのは、今も続くクマ騒動のこと。
なにせ人が襲われて死亡者も出ているのですから、シャレになりません。
実は半年以上も前から京都での紅葉ハイキングを企画していたのですが、それもとりあえず、いつ実現できるかわからない延期となりました。
専門家の中には、「今季のクマは冬眠しないかもしれない」と発言する人もいて、私たちは無期限の恐怖にさらされています。
60年以上も生きてきて、こんなことは初めて! いったいどうしてこんなことに?!
クマ騒動はなぜ起こった?

そもそもどうしてこうなったか?
連日ニュースで取り上げられていることをまとめると、次の理由があるようです。
1)山の実り”凶作”が悪循環のはじまり
当然ながらクマはお腹いっぱいにならないと冬眠しません。秋深くなっても行動が活発なのは、食べ足りていないから。
例年なら当たり前にあるブナやドングリの数が激減して不作であることは、冬眠前のクマにとって深刻です。どんな生物でも食料が確保できないと生き延びられません。自分たちの生活圏で確保できないからこそ、ついに人里にまで行動範囲が広がってしまいました。
秋冬の農作物は人にとっては生活の糧なのですが、クマには知ったことではありません。収穫済・放置されたものに関わらず、それらを狙うのは当たり前の本能でしょう。
2)人の食物の味を覚える
クマは非常に学習能力が高く、人間の食べ物や生ごみについた匂いや味を覚え、楽して「ごちそう」を得られる成功体験があると、人里への出現は繰り返されます。野生のクマであるからこそ、生きることに貪欲です。
3)都市開発による森林の減少
元はと言えば、その元凶は人間にあります。急速に進む都市開発や、スギなどの植林によりクマの生息地自体が縮小され、食料源の不足が加速しています。
4)個体数の増加で生活圏が足りない
ですから、生息地や食物は減少傾向なのに対して、クマが増えているため、この状態は自然の成り行きだと言えます。
当然ながら個体数が増えると、繁殖からあぶれた若い雄が人里にさらなる新天地を求めてしまうのも自然のことかもしれません。
そうなると、人間の生活圏を侵してクマの生息分布図は増えてしまいます。
5)共存は無理だからこそ、せめて境界を
最近のクマは人を怖がりません。かつてはクマの方が人に恐怖心を抱いていたのですが、今は逆に堂々と襲ってくる始末です。これもまた土地開発の影響で、クマと人との生活圏が近くなり、境界線が曖昧になったことが大きな原因です。
元々の原因は人間の方にあるのかもしれませんが、多くの死亡者も出ている中、「今」と「これから」のために思い切った対策が必須となっています。
クマよ、早く学習して!
クマは生活圏を奪われた上、本能のままに行動するだけで射殺されてしまい、人はそれを「駆除」といいます。
私はそこにどうも引っかかってしまうのですが、今のままでは、人にとってもクマにとっても生活しにくいのは確かです。
私としては、もうこのへんで「人間は怖い」ということを再度学んでほしいと切に願っています。
知る人ぞ知る大阪の名勝地へ

クマ出没は北海道や東北だけの話だと思っていたら、今年はとんでもない! 近畿圏の京都や和歌山にも出没するらしい。
それらは大阪からでも十分日帰り圏内なので、紅葉狩りをするにはちょうどいい名所が多く、予定していた人はさぞかし多かったでしょう。
しかし、その畿内でさえクマの危険にさらされています。
クマのいない大阪の名所を求めて
そこで、いまだ目撃情報のない大阪で紅葉の名勝地を探してみると、意外にも多いことがわかりました。その中で一度も訪れていないところを思い付きで行ってきました。
それは岸和田市の牛滝山の大威徳寺です。
牛滝山は和泉山脈にあり、標高858mの和泉葛城山の大阪府側(北)に位置する岸和田市と貝塚市にまたがる山です。

一般的に知られる主要な葛城山とは「大和葛城山」のことで、奈良県と大阪府の境にあり、その北には金剛山が位置しています。つまり、牛滝山は和泉葛城山の「一部」であり、大和葛城山とは別なのです。
大阪人でありながらそんなことも知らなかったので、駐車場からすぐのところにあった案内板を見て驚きました。

延々と続くハイキングコース…いや、登山コースと言うべきものが記されていました。これを制覇するには、かなりの「本気」が要ります。
この日は心構えができていなかったので、上図の左下のみにとどめました。
古くから紅葉の名勝
牛滝山 大威徳寺
自宅から高速を使って40分ほどで到着する距離なので、気軽に紅葉を楽しめそう。
実は牛滝山はかなり古くから紅葉の名所として知られていて、この山を山号とする大威徳寺周辺では、秋にはさまざまな色彩に彩られるそうです。
江戸時代には秋里籬島:文、竹原春朝斎:絵のコンビで、寛政8年(1796))出版の「和泉名所図会」には、「牛滝丹楓見」というタイトルで紹介されているほどです。

それだけではありません。安政6年(1859)には2代目広重による「諸国名所百景」には、和泉国を代表して牛滝山「泉州牛滝丹楓」が採り上げられました。
今年の大河「べらぼう」でも登場の、くっきー!演じる北斎をはじめ、初代の歌川広重の各名所絵が人気だったのは、まだ庶民が簡単に旅行できない時代だったからこそ。描かれた絵を眺めることでバーチャル旅行を楽しんでいたのでしょうね。
朝一番の開門時間を狙って

到着したのは8時過ぎ。開門時間を狙ってやって来たのは、人混みを避けるためです。まだ時期尚早かと危惧していましたが、予想以上に紅葉は進んでいて、彩り豊かな山門を見ただけで心が躍ります。
緑、赤、黄のコントラストが美しい。
見たところモミジが多いので、これからまだまだ赤が増えていくはずです。

京都や奈良は観光客が多すぎて、紅葉より人を見に行ったようになってしまいますが、誰にも邪魔されずに秋の景色を堪能するには、人気観光地を避けるのが賢明です。
本堂が開いていないのはガッカリ
残念なのは、本堂さえ開いていなかったこと。

「大威徳寺」という名の通り、ご本尊は「大威徳明王」のはずなのですがガッカリです。
調べてみると、ご本尊の大威徳明王は牛に乗り、6つの顔と6本の手足を持つ姿をされているそうです。基本的には9時から拝観できるそうなのですが、事前連絡をした方が確実とのこと。
この日は日曜日だったので、閉まっているなんて微塵も想定していなかっただけに大きくアテが外れました。もちろん御朱印もいただけませんでした。
というか、それ以前にお寺の人を一人も見かけなかったので、聞くにも聞けない状態でした。定休日はなく無料のため出入りは完全自由なのですが、本堂をお参りするには注意が必要です。
23日に開催されるという「もみじまつり」には、きっと各お堂も開放されているのかもしれません。ただし混雑はしているでしょうが…
修験道はじまりの地
紅葉の名勝として知られる牛滝山にある山岳寺院・大威徳寺。
元は真言・天台を兼ねた宗派でしたが、現在は天台宗です。
修験道の開祖である役行者の開創と伝わり、これらを含む「葛城」の峰々こそが、初めての修行の場なのだそうです。
そのせいか古来より葛城修験の一霊場として崇敬され続けてきました。
確かに寺院の奥を吊り橋あたりまで進んでみましたが、険しい崖や斜面が続き、手すりなしではかなり危険です。時々、大きく「危険」という看板で注意喚起していました。

せっかくの景色を見るゆとりがない💦
大威徳寺の様子を1分11秒の動画に収めました。
良かったらご覧ください。↓↓↓
それにしても、クマ騒動はいつまで続くのでしょう……。
せめて例年通り冬眠してほしいものです。
このままでは、まだ出没していない地域も安心できないばかりか、紅葉だけでなく、春の”桜難民”にもなりかねません。
一日も早く人間の英知を駆使した画期的な方法を考えてくれないものでしょうか。
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