見出し画像

これっきりですか?|アマノ文筆クラブ作品

その男は狂に取り憑かれていた。
震える手にあるのは、丸く小さな木の器。
中には、蛇のようによじれる半透明の細い紐が、粘り気のある汁に浸かって横たわっている。
男はそれを一心不乱に、底なしの墓穴へと流し込み続けていた。

「はい、じゃんじゃん」

頭に響く感情の失せた女の呪詛が響き続けている。
肉体が拒んでも、無慈悲に呪いは器へ注がれる。男は冷や汗が全身から噴き出し、視界は歪んでいた。もう限界だ。ここで終わらねば命が無い。

男は最後の力を振り絞り、震える手で素早く器に蓋を叩きつけるように被せた!

カツン、と乾いた音が静寂に響く。

終わった。もう女の声は聞こえない。地獄からの生還だ。
男に安堵の涙が流れた。
血走った目でゆっくりと振り返る……。

だが女はまだそこにいた。一歩も動かない。ただ冷徹な眼光で男を 見下ろし、不気味に微笑んだ。

「……お客様、まだ三十杯ですが、これっきりですか」

女はゆっくりと器を差し出した。

(了)

こちらに参加させていただきました。

いいなと思ったら応援しよう!