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エンド・オブ・ライフ・ドゥーラ:いつか、書けなくなる日がやってくる。

End of Life Doula Training という3日間の濃厚なトレーニングを受講してきました。

前置きになりますが、私はヒロの街に引っ越してすぐから地元のホスピスでボランティア活動をしています。

やることは主にコンパニオンシップ。患者さんのお宅や施設を訪問して、お話できる状態の患者さんとはお話をする。簡単なランチを作ったりすることもあるし、ただ1時間患者さんの隣に座っているだけのような時もあります。

今回参加したのは、このホスピス主催のトレーニングでした。

初めて耳にされる方も多いと思うのですが、「エンド・オブ・ライフ・ドゥーラ」とは一言で言うと、「死にゆく人、またその家族のサポートをする役割を持つ人」のことです。

サポートするためには、死にゆく人には一体何が起こるのか(肉体的にも精神的にも)、が分からないとサポートできません。なので、この3日間はなかなかハードな内容の学びをしてきました。

ハワイという場所に暮らしていて、noteを含めたSNSでは「ハワイっぽい」話が期待されいているような気がしなくもないのですが、「死」は私が生涯かけて、それこそ死ぬまで学び続けるであろうテーマの一つだと思っているので、noteでも時には触れる内容になるかと思います。

書きたいことは色々あるのですが、今日はひとつだけ。

トレーニングの中で、自分にとっての大切な「物」「人」「行為」「自然」「死ぬまでにやりたいこと」をそれぞれ4つずつ小さな紙に書き出し、死を前にする状況(講師によってその状況が自分事として生々しく語られます)の中で一つずつそれを「捨てていく」というワークを行いました。実際に紙を破って捨てていきます。

そして最後は、全てを手放して、死んでゆきます。

究極の選択です。

「私、これだけは捨てられない!これだけはずっと持っていたいの!」
と思っても、最後の最後は容赦なくもぎ取られてしまいます。

何も持っては、ゆけません。

「書くこと」はかなり最後まで残りました。

自分にとっての大切なもの、絶対に捨てられないもの、捨てたくないもの、が明らかになったわけですが、このワークをやって強烈に感じたことが、

「私、いつか、書けなくなる日がくるんだ」


でした。

腹の底から実感として、それを理解することができました。

そうです。

私も、あなたも、確実に、100パーセント、

いつか書けなくなる時がやってきます。


書けるって、素晴らしい。


だから今日も、脳みそ相当疲れてるけど、こうやって書いてみました。

「死ぬこと」の話なんかしてごめんなさい。

でもまた書いてしまうと思います。

アロハ!🌺

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