表現者への道2「感情の貯金」
会社で推薦を受けて、グループ会社のアカデミーに参加していた。
300名近くが参加する中で、新規事業や社会課題、経営課題について考えるプログラム。
わたしは社会課題で発表したが――結果は予選敗退だった。
名前が呼ばれた瞬間
予選を勝ち上がった方の名前が発表されるたびに、一緒に切磋琢磨してきた仲間の名前を見つけるたびに、なぜか自分のことのように喜んだ。
自然と手が上がり、家で思わず雄叫びを上げていた。
不思議だった。
こんなに他人のために喜べる感情が、まだ自分に残っていたなんて。
自分は、自分のことしか考えない人間だと思っていたから。
画面を見ていた人は、わたしの名前が呼ばれたと思ったかもしれないほど、心から喜んだ。
でも――
わたしの名前は呼ばれなかった。
悔しさ?それとも――
泣くこともなかった。
ただ、思考が停止した。
異常にハイになった。
顔は笑っていたけれど、体は硬直していた。
首、胸、腹筋、胃――
体の前面がすべて固まっていた。
これが「悔しい」という感情なのか?
それとも、何か別のものなのか?
半年間の道のり
ここまでの道のりは半年。
発表資料やセリフができるまでに、何度も諦めそうになった。
でも、後悔はない。やり切った。
中間プレゼンではファイナリストに選ばれた。
中間との違いは、自分をメインに出したかどうか。
選ばれたのは、自分ではなく「他人を応援したくなるような人」。
その違いが決定的だった。
わたしには、それが備わっていなかった。
涙が出ない理由
それなのに、涙は出ない。
悔しいのか?
最高に素敵な仲間を応援したい――
その気持ちの方が勝っているのか?
でも、体は硬直したまま。
予選を突破すると、もう見ている世界は変わる。
仲間にはもう入れないかもしれない。
たかがひとつのコミュニティ、されど――
ステージが変わると、周りの景色も全部変わる。
中間プレゼンで一瞬味わった「景色の違い」。
決勝に進む人たちは、きっともっと大きく世界が変わる。
感情の貯金
わたしはこの時の感情を貯金にしようと思う。
感情の経験――
どの部分が硬直して、声や顔がどう動いたのか。
この感覚を忘れないように。
今は何もする気が起きない。
ドラマを観ても、酒を飲んでも、気持ちが入ってこない。
これで仕事に集中できる――
そんな安心感と、泣きたいのに泣けない不思議な感覚。もしかしたら、明日の決勝を見たら号泣するかもしれない。
でも今は、ただ体の前面が硬直しているだけ。
他人を応援するということ
それにしても――
自分の好きなことに取り組みながら、他人のために何かしている姿が、こんなにキラキラして見えるなんて。
でも、わたしは新規事業に興味がない。
それでも、応援したいと思う。
わたしは自分しか応援しない人間だと思っていた。
でも、こんなに他人のために無償で応援できる自分がいたなんて。
これもまた、新しい発見だった。
明日は、全力で応援する
自分の名前が呼ばれることはもうない。
でも、仲間が最高のステージに立つ瞬間を、
この目で見届け全力で応援したい。
そして――
この感情を、きっと次につなげていく。
