大奥(PTA) 第十五話 【第三章 鷹狩り】
【第三章 鷹狩り】
<不機嫌>
「それだけでは御座いません。お女中の初島様にお暇を出されたと伺っておりましたが、お義母様は初島様が銭を盗んだ事が原因だと。それが実は……」
安子様はここまで一気にお話しされてから、ご夫君の御表情があからさまに不機嫌に曇って居ることを見て取られました。これではきちんと話し通せるだろうか? しかしこの問題、私の手元で放って置いたからと言って、如何なる解決の道が有ろうか。安子様はそうお思いになり、ここまで切り出してしまったのだからと、腹を括ってお話しを続けられます。
「お義母様が仰っていた銭の入った燧袋が、お義母様が思っていた場所で無い所から、銭が入ったまま出てきたので御座います。私は」
「お前は?」
ご夫君は盃をぐいと呑み干すと、怖い表情でこう仰りました。
安子様はお続けになります。
「私は、おそらく初島様が盗んだと言うのは、お義母様の勘違いでは無いかと……」
それを聞いて、ご夫君は強い口調で申されます。
「そなたは、お袋様が呆けて居るとでも言いたいのか? それくらいの勘違いは、年寄りには誰にでも有る事。それを大袈裟に騒ぎ立てるとは」
ご夫君は面倒なのか、事を荒立てたくないのか、眉間に皺を寄せ、空の盃をカタカタと卓の上で鳴らされました。
「勿論、取り越し苦労に越した事は御座いません。ただ、一度お匙(医者)に診せるだけでも……」
安子様は、殆ど祈る様なお気持ちで仰られました。
「いや、お袋様は昔から、しっかり者に見えて案外、抜けて居る所も有る。お匙(医者)などに行って病人扱いする程の事でも無かろう」
ご夫君は、もうこの話を続けるのがお嫌そうなご様子でいらっしゃいます。
「そうは仰りましても、お義母様のあのご様子では……」
話し続けて居る安子様のお言葉を遮って、ご夫君はこう仰りました。
「もう良い、この話は止めじゃ、酒が不味くなったわ。儂は疲れておるのだ。もう寝る」
安子様とご夫君はしばし沈黙しておられました。
<文(ふみ)>
その時、太郎君が、お小さいながらも御両親の間に漂うただならぬ空気に風穴を開けたかったのか、寺子屋から持ち帰った背負子(ランドセル)から一枚の紙を取り出され、こう仰りました。
「お母様、寺子屋で上級生の方が、この文を」
安子様は太郎君がお渡しになった文をお手に取られると、そこにはこう書かれておりました。
―――大奥(PTA)大鷹狩御準備 御手伝ひの儀
拝啓新緑の候、皆様御健勝にお過ごしの事と御喜び候。
来る六月廿六日 日曜吉日に盛大に挙行さるる寺子屋大鷹狩(大運動会)に備え、本大奥取締方(PTA本部役員)一同、平素よりご準備奉り候へども、流石に規模盛大なる御行事成れば、人手甚足らぬ事に候。
つきましては大鷹狩之前日、来る六月廿五日 土曜、大奥(PTA)各御係(専門委員)『御吟味方(選出委員)、お鈴係(ベルマーク委員)、瓦版の局(広報委員)、御組取締(クラス委員)、御縁日の局(文化・バザー委員)』より各二名の御手伝い人足を募る所存に候。
御目見得以上(PTA運営委員)以下を問わず、おすゑの者も之御参加可也。―――
御鷹狩(運動会)……。安子様は今月廿六日に御鷹狩(運動会)が寺子屋で行われる事は御存知でしたが、この文にある前日御手伝いの日取りは、もう明後日に迫って居るではございませぬか。
前に御吟味方 初顔見世の際、ちらと話に出てきた大奥取締方(本部役員)から稀に下知されるとか言う御手伝いとはこの様な事で御座いましたか。無論、太郎も張り切って参加を楽しみにして居る御鷹狩(運動会)では御座います故、親としては二つ返事で御手伝い申し上げたいのは山々に御座りますけれども、如何せんお子二人がお小さい上預け先も見当たらず、その辺り如何致しましょう、と頭をお抱えになる安子様で御座いました。
その御文の続きはこうで御座いました。
―――御心得
一、御時間五ツ半(午前9時)、寺子屋御鷹場(グラウンド)集合、御厳守之事。
一、御一日作業之為、御昼食御持参之事。
一、御陣(テント)張、小石拾其ノ他作業之有、服装之作業シ易事心得ル可シ。
六月吉日 大奥(PTA) 取締方(本部役員)―――
安子様は、読み終わられると一つ気になった事がお有りになり、太郎君に尋ねられました。
「この御文を渡してくだすったお子の御名は何と申されましたか?」
太郎君はお答えになります。
「二つ上の小谷君」
小谷様、確か御吟味方取締(委員長)のお伝の方様は、名字を小谷と申されましたような……。この御文はお伝の方様の御子息を通じて太郎に渡された物に御座りましょう。文には御目見得以上(PTA運営委員)以下を問わず二名の御手伝いを募る、と有るけれども、もうひと方はどなたがいらっしゃるのでしょうか。
安子様の胸にはこのように、うっすらと不安の影がよぎったので御座います。

