大奥(PTA) 第二十四話 【第五章 目安箱】
【第五章 目安箱】
<おりんさん>
常磐井様は安子様にお答えになられます。
「ああ、あの方ね。うちの上の健太郎とあの方の息子さんが、去年同じ組でしてね。おりんさんと言って、火消しのと組の若頭の妹さんなのですよ」
「おりんさんと仰るのですね」
と安子様が相槌を打たれると、
「賑やかな方よね。居るだけでその場がぱっと明るくなる様な。でもまあ、賑やか過ぎて、『歩く瓦版』なんてあだ名も有ったりしますけれど」
常磐井様はそう仰って微笑まれました。
「お噂好きな方では有るけれど、決して悪い御方では御座いませんよ」
そんなお話をされながら、安子様と小さい花子様と常磐井様は、御吟味方のお集まりのある御広座敷(多目的室)に辿り着かれました。
「はあ、此度は約束の刻限に間に合いましたわねえ」
と常磐井様が仰いますと、安子様が、
「ほんに。初顔見世の時は、お伝の方様が大変なおかんむりで」
そう言ってお二人で笑い合っていらっしゃると、
「あら、あんたも御吟味方なのかい? さっきは済まなかったねえ」
安子様と常磐井様が声のする方に目を向けられますと、さきほどお見掛けしたおりんさんが、安子様の方をご覧になり、懐にある柘榴を包んだ懐紙を指差して、それこそ割れた柘榴のような、快活な笑みを浮かべられたので御座います。
<大奥(PTA)取締方(本部役員)>
九ツ半(午後1時)の鐘が鳴り、御吟味方の会合が始まる刻限となりました。
「方々、御静粛に」
御広座敷(多目的室)の前方には、進行役をお勤めになるお伝の方様を始め、御吟味方の御三役がいらっしゃいます。
本日のお伝の方様のお召し物は、さすがに初顔見世の時分ほど気合がお入りではないものの、夏らしい粋で高価な絹の絽のお着物に襟は白綸子、頭は丸髷を結い上げて高価な鼈甲の櫛と簪を髪にあしらっていらっしゃいます。
入り口近くの下座の、安子様と常磐井様の隣に座っていらっしゃったおりんさんが、囁き声でこんな事を仰います。
「流石はお伝の方様、大店の御内儀(奥様)の格好には品ってもんが有るねえ」
それをお聞きになって安子様は、
「お静かになさらないと、聞こえてしまいますわよ」
と、おりんさんを小声でご制止なさいました。
その時、その御声にお気付きになられたお伝の方様が、
「んおほん、そこ、私語はお慎み下さるように。
そうそう、そちらは御右筆(書記)の牧野様でしたね。此度の御会合の御留め書き(議事録)を宜しくお願い致しますね」
安子様は急な名指しのお声がけに畏まって、慌てて紙と細筆をお出しになり、御留め書き(議事録)の御準備を始められました。
「さて、御吟味方(選出委員会)、第二回の会合を始めさせて頂きます。こちらに御座いますのは」
お伝の方様が、ご自身のお足元に鎮座する、歴史経りたる趣の一つの古い木箱を御手でお示しになられますと、本日も洒脱な色柄のお着物に身をお包みなられた御吟味方、取締御後見(副会長)の大典侍様とお富様が、まるで阿行吽行の像の如き仰々しさで、お箱を両側からお守りになっていらっしゃいました。
その古めかしくも趣のある桐箱は、八つの角は丈夫な鋼の金具で補強され、中央の留め金の部分には、葵の御紋を鋳造した堅牢な錠前が、何人の解錠も許さぬ風情で下がっております。そしてそのお箱の正面には、経年で滲んだ筆で、大きく三つの文字が書かれて居りました。
「こちらに御座いますお箱は、大奥(PTA)に代々伝わって参りました、由緒正しき目安箱に御座います」
「目安箱……?」
それをご覧になった御一同は、その物々しさに圧倒され、御広座敷(多目的室)中が騒めきに満たされたのでございます。
「畏れ多くもこの目安箱は、来年の大奥(PTA)取締方(本部役員)を決める為に要となる御道具に御座います」
一同は耳を欹ててお伝の方様のお言葉に耳を傾けられました。
お伝の方様は、恭しく一枚の掛け軸を取り出だされますと、そこには大奥(PTA)取締方(本部役員)のお役と人数が記されておりました。
来年度 大奥(PTA)取締方(本部役員) 御募集
上様(会長) 御一名
大奥総取締(筆頭副会長) 御一名
大奥取締(副会長) 御一名
勘定奉行(会計) 御両名
御右筆(書記) 御両名
勘定吟味役(会計監査) 御両名
以上。
お伝の方様は、この掛け軸を、お富様に命じて御広座敷(多目的室)の前方中央の床の間の砂壁に堂々と張り出させなさると、
「この九名のお役目、来年弥生(三月)末までに、如何なる手立てを使っても、この寺子屋の御父母方の中から選ばなくては成りませぬ。これが、御吟味方(選出委員会)の大事に御座います」
九名ものお役……。
御入学の儀の折の御組毎のお役決めですら、自ら名乗り出てて頂ける者はほぼおらず、ましてや大奥(PTA)全体を取り仕切る、まことに重きお役目を九名までも、必ず定められた期日までに選ばねばならぬとは。
安子様は、御留め書き(議事録)の筆を走らせ乍も、先を案じて気が遠くなり、こめかみの辺りに痛みが走ったので御座います。
「御右筆(書記)どの、こちらへ出ていらっしゃれるかしら?」
お伝の方様は、末席で留め書き(メモ)をなさっていた御右筆(書記)の安子様を、前方の床の間の前までお呼び出しになると、一枚の文を安子様に手渡し、こう仰られました。
「御右筆どの、この紙を皆様の前で御読み上げ下さるよう」
突然の御呼び出しに訳が分からぬまま、安子様は手渡された文に目を落とされました。
安子様は、皆の前で御緊張の為、少し震えるお声でその窺書(アンケート)の前文をお読み上げになられました。
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来年度 大奥(PTA)取締方(本部役員) 御募集 御窺書(アンケート)
長月(九月)吉日 大奥(PTA)御吟味方(選出委員会)
拝啓。秋涼之候、皆様御健勝の事、御喜び申し上げ候。
此度、来年度大奥(PTA)取締方(本部役員)御募集に付、下記九名之御役、御募集仕り候。
上様(会長) 御一名
大奥総取締(筆頭副会長) 御一名
大奥取締(副会長) 御一名
勘定奉行(会計) 御両名
御右筆(書記) 御両名
勘定吟味役(会計監査) 御両名
皆様奮ひて御誘ひ合せ之上、御立候補之事、御願ひ申し上げ候。
一、
我_____之御役に立候補致し候。
__年__組 御芳名_____
―――――――――
成る程、この様にして、出来る限り自ら御手を上げられたお方にお役を勤めて頂く、それが一番佳き事に相違あるまい、しかし九名までの御有志、この窺書(アンケート)にて募るのみで、全てが埋まるとは到底考え難いのでは有るまいか、安子様がそのようにお考えを及ばせていらっしゃると、
「さ、御右筆(書記)どの、続きをお読みなされ。」
と、お伝の方様は安子様に促されました。
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但し、若し御立候補無き御役目有らば、皆々其御役に相応しき御仁を以下にて必ず一名御推挙の事、是大奥(PTA)之定にて、以下之欄に推挙さるる御方の組、御芳名、必ず御記入有る様、御願い仕り候。
一、
我、此度は立候補甚だ難しき事情之有、以下の御方、御推挙奉り候。
__年__組 御芳名_____様
御推挙之理由(御任意御記入可)
( )
__年__組 御芳名_____(御記名之事)
以上。
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嗚呼、これでは、またしても御無理な事情を押して、望まぬ者が御役に就けられてしまう事態が起こるのでは有るまいか。ご自分以外の者の名を書き、御推挙するこの御制度、寺子屋の親御達の間に要らぬ禍根を残す物に相違無かろう。
安子様は嘆息と共に御自分の身重の御腹部をお触りになられると、お腹の御子が、何か訴えたき儀でもお有りになるかの如く、ぐるりと一つお廻りになったので御座います。

