大奥(PTA) 第二十五話 【第五章 目安箱】
【第五章 目安箱】
<窺書(アンケート)>
「只今、御右筆(書記)どのに御読み上げ頂いた窺書(アンケート)を、御父母方全員にお配りし、これ成る由緒正しき目安箱に御投函頂く、とまあこう言う次第に御座います」
お伝の方様はお続けになられます。
「まあ、しかれども九名ものお役、例年簡単には御手が挙がるものでは無いものと伺っております。特に、我々三役と御右筆(書記)、勘定方(会計)のお役付きの面々は、最低でもそれぞれお一方、ご自分の伝手でお役をお決めになられますよう、お心にお留め置きくださりませ」
お伝の方様はこのように、お役付きの方々にお割当て(ノルマ)を言い渡されますと、安子様と常盤井様の方へ目線をお送りになられました。
お役付きの者は最低でもお一方は、各々の伝手で大奥(PTA)取締方(本部役員)を決めねばならぬとは……。この地に越してきて間もない安子様にはそのようなお心当たりなどお持ちの筈もなく、左様なお割当て(ノルマ)を一方的に課せられましても、と不安でお気が遠くなるような心地で御座いました。
「では、本日我々三役はこの後、大奥(PTA)御目見得以上惣触れ(運営委員会)のお集まりが御座いまして、上様(会長) 及び 大奥総取締(筆頭副会長) などの方々に謁見する運びとなっておりまする」
御三役方は別の御会合に出向かれるそうな。それでは、本日の我々の御会合はここ迄で、我々は帰宅する事が叶うのでしょうか、と安子様は思いになられました。安子様は本日、お小さい花子様をお連れであり、八月の身重で、残暑厳しき折、御体調もあまり優れぬ為、そうであって頂きたいと内心お思いになるのも、至極無理無き事に御座います。
「して、皆様に置かれましては、この後、御座之間(PTA会室)にて、謄写版(ガリ版)をお使いになり、この御窺書(アンケート)を寺子屋の御家族数、約五百枚お刷りになり、組毎にお分けした後、お師様方控之間(職員室)にお届け下さる様、宜しくお願い申し上げまする」
御吟味方取締(委員長)のお伝の方様がそう仰ると、
「尚、この目安箱に集まりし窺書(アンケート)、大奥(PTA)の最高機密にて、その中身、ゆめゆめ御口外無き様」
この様に御一同に釘を刺されました。
「それでは我々三役は、御目見得以上(PTA運営委員会)の御会合に出かける事と致しましょう。次の御吟味方(選出委員会) 御会合の刻限と場所は、追って皆様にお伝え申し上げる事と致します。いざ、大典侍どの、お富さん、参りましょうぞ」
お伝の方様が次の御会合に向かおうとなさるのに合わせて、取締御後見(副会長)の大典侍様とお富様が、お持ちの筥迫の房やら、簪の飾りなどをじゃらりじゃらりとお鳴らしになりながら、後へ続いて行かれます。
「ああ、それと、御右筆(書記)どの」
お伝の方様が出掛けに安子様をお呼び止めになられましたので、安子様は畏まって、
「はい」
とお答え申し上げました。
「謄写版(ガリ版)にお使いになる蝋原紙、大変貴重で高価な物ゆえ、くれぐれも御書き損じ等、御座いませぬ様に。それでは」
そう言い残されますと、御三役は御広座敷(多目的室)を後になさったので御座います。
<謄写版(ガリ版)>
御三役を除く御吟味方の面々は、御座之間(PTA会室)での御作業のため、御広座敷(多目的室)から御移動されました。
途中何人か、止むを得ない御用が有るとの事で抜けられる方々がおりまして、御座之間(PTA会室)に着いた時には、安子様、常磐井様、おりんさんを含む十数人となっておりました。そして、大人方の後ろには花子様と、どなたかのお子の、花子様と同じくらいの年頃の小さなおなごも居り、御母上方を追ってちょこちょこと可愛らしく付いて行かれます。
「嗚呼、御三役の御目が届かないと思って、用事か何だか知らないけど、皆バタバタ帰っちまうなんて、こっちだってやってられないよ」
おりんさんがその様に文句を言い始めますと、
「まあまあ、本当に御用が有るのかも知れませんし、どなたかがやらねば終わらぬ事。愚痴を言って居ても始まりませんよ。ほら、早速御作業を始めませんと。さあさ、藁半紙と謄写版(ガリ版)は何処かしら?」
と、常磐井様がお窘めになりました。
御座之間(PTA会室)の違棚には、大奥(PTA)の歴史を物語る瓦版(広報誌)やら、秘伝の書類等が多数保管されており、中央にある大きな当て台(作業台)の上には、多くの作りかけの文などが積まれておりました。
さらに、当て台の上には大人用の大きな御鋏、紙を切り分ける小刀(カッター)、まだ乾いて居ない洋墨(インキ)がたっぷりと付いたままの謄写版の回転棒(ローラー)、蓋が開いたままの洋墨瓶(インク瓶)等のお道具が、無造作にばらばらと置かれておりました。
その様なお道具たちを目にして、小さいお嬢様方が大人しく見て居られる筈も御座いません。
「はなちゃん、このお鋏でちょきちょきするの。ね、よっちゃんもやりましょうよ」
「あ、花ちゃん、よっちゃん、触ってはなりません!」
安子様は慌てて子供たちをご制止なさりました。
「ほんと、危ないわ。芳子、こちらで私と手を繋いで居るのですよ」
芳子様のお母様は娘御の御手を取られました。それをご覧になって常磐井様は、当て台(作業台)の上から素早く御鋏と小刀(カッター)をお片付けになり、子供の手の届かない高い棚の上に仕舞われると、こう仰いました。
「私どもではどうしたって、安子様の様な見事なお筆蹟で文を書く事は叶いますまい。花ちゃん、少しおばちゃんとこっちに居ましょうね」
常磐井様にそう促されますと、花子様はむくれたお顔で常磐井様の御手を握り、しばらく大人しくされておりました。
どなたかが棚の引き出しから蝋原紙を探して参られました。蝋原紙はこの三枚のみ。これに鉄筆で窺書(アンケート)の文面を、綺麗に一枚の中に収めなくては成りません。
安子様は隅にある文机にお座りになると、早速鉄筆を御手に取り、
『来年度 大奥取締方 御募集 御窺書』
と、蝋原紙に窺書(アンケート)の冒頭部分を美しい筆蹟で綴られますと、皆口々に、
「ああ、なんと美しい文字でしょう。慣れぬ鉄筆でこの様に。流石は御右筆(書記)ですこと」
と、褒めそやしたので御座います。
安子様は書き損じが無いよう、文机に文鎮でしっかりと貴重な蝋原紙を固定し、お座りの座椅子の右横にある脇息に肘をしっかり乗せて固定し、集中して窺書(アンケート)を書き続けられ、ようやっと文面最後の方の、御芳名欄の上の『御推挙奉り候』の所まで書き終えようとしておられました。
ちょうどその時に御座います。
「花ちゃん、お母様のところへ行くう」
と花子様がむずかられ、常磐井様は懸命になだめておりましたが、ついに花子様は常磐井様の腕を振り切って、安子様の元へ駆け出されたので御座います。
「お母様だけずるい。花ちゃんもお絵描きするの!」
一瞬の間隙を縫って、花子様は脇息の上に着けた安子様の右肘をぐいと押されたのでした。
「あ、蝋紙が!」

