tomo-chin:オリジン
いきなりですが、第2話です。タイトルからピンと来る人もいるかもしれません。「僕のヒーローアカデミア」のオリジン話のサブタイトルっぽくしました!今回は俺の学生時代、ダンサーになるきっかけを綴りたいと思います。
地元の高校を卒業後、一年間の浪人を経て関東の大学に入学し学園祭の実行委員の存在を知る。高校の時生徒会役員をやっていて学園祭の準備をしたことから入部を決意。この頃から目立ちたがり屋の片鱗はあったようだ。
そして所属する部署を決めるにあたりステージイベントの企画をする部署を希望。
どうせやるならやりがいのある事を!当時の俺は何てバカな事を考えていたのか。そこが一番の地獄だとは知らずに……色々とあたおかな部署でした笑
入ってみると、そこは昭和の企業戦士みたいなノリの部署と先輩方(そこのトップがまさにTHE昭和の管理職みたいなヤツ)が待ち構えていた。完全に時代と逆行していますね(当時2010年代初頭)
そこで新入生は学園祭の企画の担当者となり、実際に企画を本番に実行し成功させなければならないのだ。夢と希望に満ち溢れて入ったのに入学から3か月ほどで早くも社会人の辛さを味わい先輩方、特に部署のトップ(以下統括)から虐げられる日々が続く。
学園祭は色々なサークルが日頃の活動の成果を見せるものだ。どのサークルもカッコよくて、何しろ輝いていた。
特にストリートダンスサークルが俺の目を引いた。ブレイクダンスでカマしていて場を盛り上げていたのが印象的だった。(因みに俺はブレイクダンスは六歩からのチェアーが限界である。ウインドミルとか夢のまた夢)
何しろ美男美女だらけだ。俺に至っては当時、容姿を(特に顔がデカい、髪の量が歳の割に少ないのを)先輩にイジられてた。統括からは目立とうもんなら、調子乗るなよとすごまれていた(俺への当たりは非常に強かった)
こんな昭和の会社の冴えないサラリーマンみたいなヤツと比べたら、大学生のトップと底辺のようなもんだ。コンプレックスがあるからこそ憧れというのが非常に強かった。
波瀾万丈な学園祭実行委員はその後退部する3年生まで続く。
実際にストリートダンスを始めるのは大学卒業し社会人になった2014年の秋口の事だった。その前にも決定的な事件があったため、また後ほど話そうと思う。
ざっくり言うとこれが俺のオリジンです。学園祭実行委員での苦い経験が今の俺を形作るオリジンになったとだと思います。そしてこの部署の働き方
完全にブラック企業そのものです!!(当時ワ○ミを初めブラック企業という言葉が出始めたころ)
そこでも俺は精神科のお世話になりました。今思うとあれも適応障害だったのだと思う。
そして統括初め先輩方、お前らに一言物申す!!
お前ら完全パワハラだからな!!そして今俺はお前らが羨むようなカッコいい事を俺はやっている!どうせお前らが逆立ちしたって出来っこねーんだよー!!
ここでは書けないようなこと結構されました。
そして俺の人生史上最大の天敵が先輩方とは別に同期にいた。
