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「通天閣はパリのパクリだった?アメリカの神様とタコが作った“大阪という文化”の正体」


大阪はなぜ「外のもの」を自分の文化にできるのか

      境界線ノート|ランポのさんぽ

観光名所の奥にあるもの

大阪の象徴といえば。

通天閣。
ビリケンさん。
そして、たこ焼き。

一見すると、
ただの観光名物に見える。

しかし。
少し歴史を辿ると、

そこには大阪という街の
ある特徴が見えてくる。

外の世界のアイデアを、躊躇なく取り込む力。

西洋の象徴を合体させた塔

1912年。

初代の
通天閣 が誕生した。

写真を見ると、
多くの人が驚く。

なぜなら。
下半分は
エトワール凱旋門。

上半分は
エッフェル塔。

つまり。
当時の西洋建築のスターを
力技で合体させた塔だった。

しかもそれが立った場所は。
大阪の歓楽街、
新世界。

高尚な西洋文化と
コテコテの庶民文化。

その境界線は、
かなり曖昧だった。

だが
その「堂々としたミスマッチ」が
人々を惹きつけた。


アメリカ生まれの神様

通天閣といえば。
足の裏を撫でると
幸せになる神様。

ビリケン。

多くの人が
日本の神様だと思っている。

しかし。
実は違う。

1908年。
アメリカの女性芸術家

フローレンス・プレッツ が
夢の中で見た神様を
彫刻にしたのが始まりだった。

つまり。
アメリカのキャラクター。

それが海を渡り、
最終的に
大阪の神様になった。

足の裏を撫でる理由

ビリケンさんには
特徴がある。

お腹がぽっこり。
手は短い。

だから、自分で
足の裏をかけない。

つまり、
「代わりに撫でてくれたら願いを叶えるよ」という

ギブアンドテイクの神様。

大阪らしい。

そしてその結果。
1979年からの32年間で
ビリケン像の足の裏は
4センチ削れた。

人の願いが、
物理的に刻まれた。


タコがいなかった、たこ焼き

大阪のもう一つの象徴。

たこ焼き。

しかし。
最初は
タコすら入っていなかった。

1933年。

大阪の会津屋 が作った
ラジオ焼き。

具は、
肉。
こんにゃく。

たこ焼きなのに
タコがない。

隣町からのヒント

転機は1935年。
ヒントになったのは
兵庫の郷土料理
明石焼き。

「タコを入れたらどうだろう」

隣町のアイデアを
そのまま採用。

こうして、現在の
たこ焼きが生まれた。

しかも当初は、

ソースも
マヨネーズもない。

出汁で食べる料理だった。

境界線を越える街

パリの塔を模倣する。
アメリカの神様を愛する。
隣町の料理を取り入れる。

それらを。

全部、大阪文化にしてしまう。

伝統を守る文化もある。

だが大阪は違う。

良いものなら
どこからでも持ってくる。

そして、
自分たちのものにする。


文化には、境界線がある。

国。
宗教。
歴史。

しかし。
大阪という街は
それをあまり気にしない。

むしろ‥‥
境界線を、面白がる。

そして‥‥
笑いながら、越えていく。


あなたの街の名物も。
その境界線を辿れば

別の国や
別の文化から
来ているかもしれない。

そのルーツを探すとき。

見慣れた風景は
少しだけ
違って見える。

街とは。

文化の混ざり合いでできている。

そして大阪は。
その混ざり方を

誰よりも楽しんでいる街なのかもしれない。

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自然の境界
文化の境界
個人の境界

世界にはまだ多くの境界がある。

今日もまたひとつの境界を歩きました。


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