映画「黄金泥棒」✨きれいだったので、つい・・・
2013年、札幌三越の「大黄金展」
約530万円の18金製のおりんを主婦が盗んだ、というニュースがあった。
犯人の主婦は数日後に夫に連れられて自首。
供述の中で
「きれいだったのでつい盗んでしまった」
という趣旨が広く伝わっている事件である。
今作はその事件に着想を得た作品
私はこの「おりん事件」、けっこう印象に残っていた。
主婦が軽い気持ちで金のおりんを盗んだ
しかも「大黄金展」という催事で。
という字面のインパクトがあまりに強いし、防犯カメラも気にしていないように見える行動に、「なんで~?」と思わずにはいられなかったからだ。
だからこそ、本当の正解かどうかはわからないけれど、ああ、そういう“なんで”もあったのかもしれないな、という気持ちになった。
退屈な日々を送る専業主婦・美香子(田中麗奈)
たまたま行った百貨店の大黄金展で1000万円の金のおりんを見て、つい出来心で盗んでしまう――。
ただ、そこから先が、いわゆる「泥棒映画」の定番コースをまっすぐ進むわけではない。
思わぬ方向に話が転がっていくのだけど、その転がり方が面白く、なかなかの掘り出し物だった。
いつもは予告を貼っているnoteですが、今回は内容をあまり知らずに観たほうが楽しめる気がするので、予告編は貼らないでおきます。(´ω`)
今作はあくまでクライムコメディ映画
そのため、まっとうなコンゲーム、綿密な犯罪計画、鮮やかな伏線回収、みたいなものを期待して観ると、たぶん少し違う。
むしろこの映画の面白さは、そんなにきっちりしていない人たちが、妙に真顔で変な方向に全力を出していくところにある。
萱野孝幸監督の作品は、『断捨離パラダイス』の時もだったが、私のツボに入る。
会話のテンポや、「そこでその言葉を選ぶんだ!?」という台詞のちょっとしたズレ方。
緊迫した場面のはずなのに、どこか脱力している。
コーエン兄弟の映画みたいに、登場人物たちが少しずつ噛み合っていない感じを楽しめる人には、かなり合うと思う。
「黄金展」を運営するゴールドカンパニー・SGCの全面協力作品
それもあって「金」そのものの映画としても妙に面白い。
冒頭、
「人類が有史以来採掘した金の総量はプール5.5杯分です」
と、いかにも金の希少価値を煽る殺し文句が出てくる。
個人的には、それを聞くたびに
「そのプールってどのプール?」と思ってしまう。
子ども用ビニールプールからオリンピックプールまで、プールの幅は広い。
実際、世界金協議会の2025年データでは、歴史上の採掘済み金は約219,891トン。
標準的なオリンピックプール換算だと3.3杯前後になる。
つまり「5.5杯」は少なくともその基準とは一致しない。
とはいえ、改めて計算してみて、数字が小さいほうが希少性は上がりそうなのに、そこはむしろ控えめなのね(笑)とも思ってしまった。
こういう、もっともらしい数字で希少性を語る感じも含めて、金の世界の、まさに目が眩む感じ……といいますか
胡散臭さが出ていて好きだった。
(純金積み立てをコツコツしている癖にいってみる(笑))
今作は金の蘊蓄がいちいち生々しくて面白い
よく言われる話でもあるが、「おりん」などの仏具は、日常礼拝に使っている物なら相続税がかからない、という話も作中ででてくる。
国税庁は、墓地や墓石、仏壇、仏具、神を祭る道具など、日常礼拝に使っている物は相続税の非課税財産だとしている。
相続税対策に是非!という殺し文句が思い浮かぶ( ´∀` )
ただし、骨とう的価値があるものや、投資目的や商品として持っているものは別扱い。
そこも踏まえて鑑賞していると、
“節税にもなるけど、やりすぎるとダメ”
という絶妙なグレーさも上手く扱っていた。
その意味で、この作品は単なる泥棒映画として観るよりも、
「人はなぜ金に惹かれるのか」
「金はなぜありがたく見えるのか」
「そのありがたさは、誰がどう語って作っているのか」
みたいなところまで、ちょっと笑いながら眺める映画なのだと思う。
112分、かなりうまい作品
評価がやや割れているのは、もっと真っ当な犯罪映画を期待しているからかもしれない。
まともな人が狂っていく……という話でもありつつ、伊丹十三監督の系譜~~とまで言うと少し大きすぎるかもしれないけれど、「真面目にやっているのに、全員何かおかしい」という空気が愛おしい。
確かに、後半もうちょっと頑張れたらもっと良かったのに~!と惜しいシーンは理解しつつ、今作はそもそも別のものを描きたかった映画なのだと思っている。
それにしても、主人公役の田中麗奈がとても良かった。
ふっとチャンネルが切り替わった瞬間の、人間の怖さが本当に上手い。
別の作品でも思ったことがあるのだけど、今作でもそこがすごく効いていた。
目の奥の温度が、ある瞬間すっと変わる。( ˙-˙)スッ
その怖さがあるからこそ、この映画はただの軽いコメディで終わらない。
いろいろ理解できてしまうのも含めて好きでした(*‘∀‘)
結構なダークホース映画でした。
私は好きです( *´艸`)
ネタバレあーだこーだ
美香子は「何不自由ない主婦」として描かれる
1979年福岡生まれの彼女は、まだ古い価値観が色濃く残る家庭で育った。
父は公務員、母は専業主婦。
大学に進学したいと思っても、
「女に学は必要があるのか」という空気がある。
それでも反対を押し切って大学へ進学したが、何者かになりたかったのに、時代は就職氷河期。
就職活動もうまくいかず、結局は付き合っていた男性にプロポーズされ、「家にいてほしい」と言われて専業主婦になる。
何気に「さす九」案件な彼女である。
わざわざ主人公の出身地を九州に変えていることの意図。
90年代ならさもありなんだったと思えばいいのだろうか。
さす九(さすきゅう)とは、男尊女卑が根付くとされる九州地方(九州在住者、九州出身者)を揶揄する日本のインターネットスラング及び差別用語での略語である。
女性差別的な言動をした九州地方の男性を皮肉る時に使用される。
この時点でしんどいのだけど、映画は悲壮さはみせない。
むしろ、よくある“普通の幸せ”として淡々と描く。
何も不自由なく夫の給料で生き、家事もそこまで向いていないので、せめて彼女にできることは美を保つことくらいである。
(メディキュットを履いて、顔パックに余念なく、ソファーで寝転がってTVを見る姿に既視感を感じつつ、、(;´∀`))
だからこそ、美香子の中にある
「本当は違う人生もあったのでは?」
という気持ちがじわじわ滲んでくる。
子どもには恵まれない夫婦二人暮らしだが、夫は別にDV気質でもなく、悪人でもない。
だが、全く家にも妻にも興味がない。
デパ地下の食材を並べただけの食卓でも文句も言わないが、そもそも何を食べているのかも把握していないかのように、テレビだけを見てご飯を食べている。
暴力があるわけではない。
生活に困っているわけでもない。
でも、美香子はその家の中で透明になっていく感じだけが確かにある。
あの、誰にも殴られていないのに雑に扱われている感覚は伝わってくる。
贅沢と言われたらそうなのだろうが、大学の時に日本史を専攻してたというように、歴史に名前を残すような人間には決してなれないという、人生の先が見えてしまう。
だからこそ、美香子がおりんを盗む場面は、もちろん完全にアウトなのに、単なる金銭欲だけではないことはわかってしまう。
1000万円の金のおりんを鳴らした時でさえ、誰も自分を見ていない。
その瞬間に、彼女は金の輝きそのものよりも、
「これを持ち去れば、さすがに何かが変わるのでは」
という気持ちになったのかもしれない。
“透明な人生”に、自分でひびを入れた感じがある。
だが発覚し、
「なんで・・・」と言った夫の気持ちもわかる。
その次に続く言葉は
「何不自由なくお金を渡している筈なのに!」
だろう。
証拠隠滅で投棄するでもなく、ただ必死にバーナーで溶かそうと、おりんに開けた穴は彼女の心の穴のようでもあった。
しかも皮肉なのが、その盗難が結果的にSGCにとって宣伝になってしまうところである。
事件は示談で終わり、TVで再現ドラマまで作られ、美香子はある意味では初めて“注目される”側に回る。
とはいえ、その注目もまた美香子個人に向けられたものではなく、「主婦泥棒」という匿名の記号に向けられたものでしかない。
さらに事件後、彼女の周囲にいる人たちも、結局は誰も彼女をちゃんと見ていなかった。
ちょっと危険な火遊びを感じそうなSGC金城(森崎ウィン)もまた、美香子そのものを見ていたわけではなかった。
金城は自分の出世や人脈作りのために美香子を使える駒のひとつとして扱っていた。
再現ドラマからアテンドされた金持ち社長・日吉も勘違い。
夫も夫で、美香子に贈った金のネックレスは、実際には土岡の営業成績のためで、その土岡と不倫までしている。
見事なくらい全員が美香子を見ていない。
だからこそ、美香子が秀吉の黄金の茶碗に執着していく流れに説得力が出てしまう。
彼女は大学で日本史を専攻していたのもあり、あの茶碗への憧れは、ただ高価だから欲しい、というだけではないのだろう。
金そのものの価値だけでなく、歴史も権威も天下人の物語も全部背負った“特別なもの”に、自分の人生を接続したい。
そんな願望があったように思える。
クライムコメディとして笑わせながら、かなり毒が強い。
特に、不倫が発覚してからの美香子はすごく良かった。
腹をくくってからの思いっきりの良さに目が離せない。
土岡の不倫謝罪動画を撮るときの、あの妙にリアルな声の感じは最高である( ´∀` )
また、PCのデータを盗み出すためにわちゃわちゃする一連のくだりも大好きだ。
夫がIT系だったことの意味がここで生きてくる。
美香子自身はハイテク周りの理屈をわかっていないのに、夫から聞いた知識を元にぐいぐい指示を飛ばしていく空気感がいい。
USBだSSDだと右往左往した末に、
結局「パソコンごと持ってこれませんか?」と無茶ぶり。
さらに同型PCを家電屋で買って、同じ傷や使用感まで合わせてエイジング加工し、水没までさせて入れ替える流れの、アナログで地味なのに、妙な“シゴデキ”感があるところがたまらない。
金城のPCのパスワードが「7979」で、
「金の原子番号が79だから」
という雑学も含めて、とてもこの映画らしい。
また「7979」と「泣く泣く」をかけていると思えてきちゃうしw
そんな全力アナログパワーで頑張るのかと思いきや、街の3Dプリンタ教室に参加し、茶碗のSTLファイルの細かいメッシュを先生に褒められながら模造品を作ってくるのも笑ってしまう。
他の生徒が夢のある作品を作っている中で、ひとりだけ茶碗て!( ´∀` )
でも、その笑いの奥で思うのだ。
この人は、本来ならもっと別の場所で能力を発揮できたのではないか、と。
発想力も、行動力も、人を巻き込む牽引力まである。
少なくとも旦那よりよほど仕事ができそうだ。
それなのに、時代や性別役割の中で、その能力を正しく使う場所がなかった。
だからそのエネルギーは茶碗泥棒という最悪の方向に花開いていく。
そう考えると、今作は氷河期文学でもあると思う。
笑えるのに、笑いきれないのよね。
そこまで積み上げたのもあって、お城のパートは突然雑になって勿体なかった気はするのね。
車椅子やドローンは面白いし、作戦が力業で知能犯ではない感じは彼らの平常運転としても、社会の代弁である運営側までアホになったらいけないと思うのよね。
もうちょっと頑張って欲しかったなあ~。
なんか水ダウとかバラエティの企画モノみたいな絵になっていたし。
惜しいなあ~と思えてしまう。
(肩書が人間のパワー!正にステータスになってるのは良かったのに。)
夫と暮らしていた頃の美香子は、おしゃれな家具や、ちょっとこだわった食べ物に囲まれていた。
ラストは離婚して一人、質素なワンルームのアパート。
工場勤務の作業着がかかっている中、市販のシリアルを100億の黄金の茶碗で食べている。
夫と暮らしていた時は高級スーパーや個人店のこだわりのシリアルだったことも含めて、落差をだしていることが芸が細かい。
オチとしてはなんとなく読めてしまった部分もあるのだけど、それでもあの画には、「欲しかったものを手に入れたはずなのに満たされていない」という感覚がちゃんと残っていた。
ただ、それを単純に「不幸」とも言い切れないのが、この映画の面白いところだと思う。
彼女はたしかに全部を失ったようにも見えるけれど、同時にようやく“自分の人生を選んだ”顔もしている。
吹っ切れたようにも見えるし、祭りのあとの寂しさに取り残されてもいるようにも見える。
氷河期世代が、今奮起しても取り戻せないものが沢山ある。
その両方を感じる姿だった。
冒頭、しわくちゃの一万円札を積み上げておりんを買いに来ていた老夫婦の姿が、ラストで改めて効いてくる。
(最初、あの夫婦も何か盗むのかと思っていた私の心は汚れている( ´∀` ))
人生を積み重ねた末のご褒美として、老夫婦は二人でおりんを買う。
その姿はたしかに美しいし、ある意味では「お金の正しい使い方」にも見える。
一方で美香子は、離婚してでも秀吉の金茶碗を手に入れ、一人きりでそれを使う。
たどり着いた場所はまるで違う。
けれど、ではどちらが“本当の幸せ”なのかと問われると、簡単には答えられない。
亡き妻のためにおりんを鳴らす夫も、
離婚してでも欲しかったものを手に入れた美香子も、
それぞれに自分の人生の末端に触れているように見えるからだ。
とはいえ、貯金で買おうが、盗もうが、最後に残る黄金という鉱石の資産的価値を問わないのなら、作中で言う通り、タングステンに金メッキを施したものだって別に構わないのかもしれない。
もちろん加工難易度の話はいったん置いておくとして、結局「本物」であることにどれほどの意味があるのか、という問いは残る。
そもそも、あれだけ精巧な3Dデータが存在している時点で、突然出てきた秀吉の茶碗だって本当に本物だったのか?とすら思ってしまう。
日吉も含めて、誰かに騙されていた可能性だってあるわけで、エンディングでなぜか金城が東南アジアに逃げていることまで含めて、黄金にまつわる人間たちの欲の狂い方の余韻がとてもいい。
金ピカに目は眩む。けれどこの映画は、その先にある「価値とは何か?」という根源的なところまで、うっすら考えさせてくる。
金は天下の回りもの、使ってこそ。と私は常々思っている。
けれど結局、自分の人生がどこで終わるのかは誰にもわからない。
だから、ぴったりジャストで使い切ることなんて本当はすごく難しいのよね……(;´・ω・)
そして、SGCにとってこの映画が本当に宣伝になったのかどうかも、なんとも言えないところがまた面白い。
表面上はたしかに宣伝になっている。
けれど同時に、「金」というものに取り憑かれた人間たちの、欲や見栄や狂気までしっかり映してしまっているのだから。
金ピカで、可笑しくて、ちょっと怖くて、うっすら寂しい。
ただのクライムコメディに見えて、意外と人生のやるせなさまで残していく映画でした。
好きだなあと思うし、もっと評価されてほしい作品です(*‘∀‘)
おりんも進化しているのね!
黄金は焼肉のタレくらいしか出会わない。。。(;´∀`)
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いただいたチップで猫たちのオヤツ代か、新作映画を観て感想を書かせていただきます٩(ˊᗜˋ*)و”
