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映画「爆弾」💣導火線はまだ、誰かの手の中にある|考察


原作既読

佐藤二郎さんを当て書きしたかのような、スズキタゴサクを映像化するのを楽しみにして初日に鑑賞(*‘∀‘)


10月5日21:45


野方署の取調べ室。
酒屋の自販機を蹴り、止めに入った店主に手を上げた“身元のはっきりしないホームレス風の男”スズキタゴサク(佐藤二朗)の身柄が確保され、事情聴取が始まる。
野方署の刑事たちも、飄々とした受け答えに「さっさと示談で終わればいい」という空気。
ところが彼はその最中に唐突に
「このあと爆発が起きる」
と“予言”する。
その言葉を聞き嘲笑する刑事たちだったが、ほどなく“予言どおり”都内で爆発が発生。
取調べ室に一気に緊張が走る。

スズキタゴサクは続けて言う。
「私の霊感じゃここから3回、次は1時間後に爆発します。」
彼は爆弾犯なのか。
何者なのか。動機は──。

スズキタゴサクに翻弄される刑事たち。
取調べ室という密室と、都内各所で起きる爆破。
張り詰めた時間の中で、犯行の“実像”と“物語”がせめぎ合っていく――。



福田組じゃない佐藤二朗


原作の濃密な構成を、わずか二時間に収めるのは相当難しいと思っていたが、見事に“密室劇”として完成されていた。
取調べ室の空気が、ただの尋問ではなく“心理戦の檻”になっていく感覚。
カットのつなぎ方、沈黙の間合い、音の扱い方——自分も取調室のパイプ椅子に座らされているような気持ちになる。

そして、佐藤二朗さん。
福田組でのやりすぎな笑いのキャラを一切封印し、スズキタゴサクの人を食ったような物言いや、無邪気なとぼけが、緊張感との対比で異常さを際立たせている。
ドアップになったときの歯の加工も含めて、“笑顔なのに怖い”という新しい怪物像を作っていた。
このあと福田組の新作で「新解釈・幕末伝」で西郷隆盛やるのに(´∀`*)

中盤からライバルとして対峙する類家刑事(山田裕貴)もまた、理性と衝動の境界をぎりぎりで保ちながら、タゴサクに食らいつく。二人の対話の凄みだけで、画面が持っちゃう。
それにしても、山田裕貴さんの今年の活躍ぶりが凄いのねえ。
ちょっと前に木の上で軍隊で飢え死にしそうになったり、ベートーヴェンの古田新太に愛を捧げていたのに(*‘∀‘)
スケジュールが凄そうです。

さらに、類家の上司であり、最初にスズキタゴサクと対峙する清宮役・渡部篤郎が、常識や制度の代弁者として三つ目の軸を作る。
自信に満ちた刑事の皮が剥がれていく姿も素晴らしい。

この三人の関係性が生む張り詰めた緊張が、取調べ室を“戦場”に変えていた。

これだけ台詞の密度が高い作品を、情報過多ではなく“会話の戦い”として見せ切った監督の手腕はお見事。
原作からもっと端折られると思っていたが、意外なほど忠実に描かれており、そのぶん情報の濃度が高く、初見では拾いきれない部分もありそうだけど、どうなのでしょう。
そのためネタバレでは内容に触れて書く気がします。

それでも、映像という形を得たことで、思想や信じるものの対比、そしてスズキタゴサクという存在の輪郭がより明確になったように思う。

難点を探すなら、ところどころ日本映画の悪い癖で“大げさに叫ぶ”場面があり、そこは少しノイズだった。
悔しさや怒りの表現として理解できるけれど、日本人の抑えた感情の表現に比べると、やや浮いて感じたのも事実。

ラストは、既に続編が出版されていることを踏まえた“下地づくり”として完璧な引き。
続編への期待も高まります(*‘∀‘)

それにしても、今年の邦画は本当に豊作だと思う~。



以下ネタバレな感想













九つの尻尾ゲーム


スズキタゴサクの仕掛けた、刑事たちの前で披露する無邪気なクイズのような“劇場型犯罪”は、まずその演出力で目を引く。
「九つの尻尾ゲーム」。
九尾の狐を思わせるこの遊びの中で、彼は言葉と時間を手品のように操る。

たとえば「始まるのはタイガースの試合」――虎=寅の刻=午前四時。
「体が牛で顔が人間の化け物」=件(くだん)。
「焼肉屋のタン」=舌=下。
それらをつなげると“午前四時、九段下”。
言葉は謎解きであると同時に、彼の武器であり、呪いでもある。
そしてその言葉が全て本当だと、いつしか信じてしまう。


「九つの尻尾ゲーム」は単なる謎解きではない。
スズキタゴサクはこの遊びを通して、目の前の刑事の“心の形”を暴こうとする。
質問はどれも突拍子がない。
「子どもの頃、犬にかまれたことはありますか?」
「誰かの手を握って歩いています。その人は誰ですか?」
――まるで心理テストのように見えて、実際には相手の倫理や記憶をじわじわと侵食していく。

スズキタゴサクの“予知”は、現実を操作する力ではなく、人の心を覗き込む術だ。
彼が言葉を放つたび、刑事たちはそれを“意味”に変えようと焦り、やがて飲み込まれていく。
その姿は、ニュースやSNSの見出しを勝手に解釈して感情を爆発させる、私たちの日常とそう変わらない。

筆耕係として残った野方署の伊勢刑事は、最初からスズキタゴサクに取り込まれていく。
「手柄をあげたい」という焦りが、彼の耳を甘くする。
だからこそ、トイレでこっそり交わされるスズキタゴサクの“内緒話”に、特別な信頼を感じてしまった。

タゴサクが語るのは、中学時代に恋した女の子・みのりちゃんの話。
彼の風貌からモテない過去がありそうだと納得してしまう。
ストーカーしていた少女が、雪の日に教師に強姦されて殺された。
その容疑をかけられた彼が「疑われるなら、いっそ自分がやっておけばよかった」と自嘲気味に口をとんがらせる。
――この残酷な独白が、伊勢にはどこまでも“本当っぽく”信じてしまう。
「ああ、だからこいつは曲がってしまったんだ」
「だから社会に不満を抱き、爆弾を仕掛けたんだ」
そうやって“理解できる犯人像”を作り上げて安心していく。
ある意味、スズキタゴサクからの偏見テストなのだ。
「自分だけには特別に」語ってくれる賢くないであろう容姿のスズキタゴサクという存在を、勝手に作り上げ信じたくなってしまうのだ。

匿名の名無しの権兵衛、ジョン・ドゥのように、スズキタゴサクには実体がない。
彼は、他者が「こういうキャラなのだろう」と定義してくれるのを待っている。
だからこそ、強烈に憎まれることが、最も確かな“存在証明”になる。

そんなタゴサクの“ゲーム”を前に、
観客である私たちもまた、刑事たちと同じように息を詰め、爆発の瞬間を待ってしまう。
人が死ぬことを、ショーのようにドキドキしながら見つめてしまう。
その視線に気づいたとき、タゴサクの目線が、スクリーンのこちら側にも向いていることにハッとする。

――この映画の本当のキモはそこにある。


スズキタゴサクの言葉は、狂人の戯言ではなく、鏡だった。


伊勢が、清宮が、類家が――そして観客の私たちが、その鏡を覗き込む。
そこに映るのは、怒りや絶望ではなく、“理解できてしまう闇”だ。

スズキタゴサクの破壊衝動は、怒りというよりも、社会が吐き捨てた排泄物を拾い集めて再構成する行為に近い。
彼は誰かを憎んで爆弾を作ったわけではない。

長谷部の息子・辰馬が仕掛けた“裁きの動画”を模倣し、他人の言葉を借りて世界を撹乱する。
怒りを演じ、憎しみを再生産しながら、群衆の反応を観察する。
そこにあるのは復讐ではなく、空虚を埋めるための実験。
彼は自らの意志ではなく、他者の怨嗟を吸収して動く“模倣犯”であり、社会の闇をそのまま体現する妖怪のような存在だ。

事件の背後には、元刑事・長谷部のスキャンダルがある。
現場で自慰行為をした――ただそれだけの性的倒錯を、
週刊誌が“異常者”として吊るし上げ、世間が面白半分に石を投げた。

誰も殺していない。
誰も傷つけていない。
けれど、「気持ち悪い」「恥ずかしい」という空気が、彼を殺した。
罪のない者を笑いものにする“正義の皮をかぶった偽善”――
タゴサクの破壊衝動は、そんな社会そのものへの報復でもある。

「誰も俺を悲しまない。だから誰が死んでも構わない」
その言葉が、爆弾よりも鋭く響く。
彼は壊す側の人間ではない。
壊された世界で、壊れた言葉を繰り返す男だ。
だからこそ、その狂気には筋が通ってしまう。


清宮はスズキタゴサクに敗北する

彼は終始、制度の番人として自らを律しようとする。
正義の言葉を信じ、秩序を盾にし、感情を抑え込むことで自分を保っていた。

しかし、幼稚園児とホームレス――“命の重さ”を秤にかけるような状況の中で、清宮の心は静かに軋む。
誰の命が救われるべきか。
その問いを、彼は「わかってしまった」。

その瞬間、スズキタゴサクは笑う。
彼が待っていたのは、正義を振りかざす人間の欲望の底が見える瞬間だ。
清宮は煽られ職務の禁を破り、スズキタゴサクの指を折る。
暴行は明確な違法行為でありながら、そこにためらいはない。
清宮はその一線を、自分の意志で越えた。

「命は平等ではない」――清宮の心の形。
スズキタゴサクが予言した通り、彼の中の“理性”は崩れた。
白々しいまでに清潔で、正義に忠実だった男が、ほんの一瞬の感情で堕ちる。
その姿を見て、スズキタゴサクははしゃぐ。

清宮にとっての敗北とは、正義を失うことではなく、“正義の裏にある欲”を自覚してしまったことだ。
正しさを信じるあまり、清宮は「自分が裁く側でありたい」と願っていた。
スズキタゴサクはそれを見抜き、丁寧に破壊したのが九つの尻尾ゲームの正体だった。



清宮の後を継いだ類家は、最も冷静で、最も壊れている


彼の理性は信念ではなく、虚無から生まれている。
制度や正義など、誰かの都合で形を変える――その事実を骨の髄まで知っている。

スズキタゴサクは、そんな類家を“刑事さん”と呼び続ける。
何度「るいけだよ、る・い・け」と訂正しても、彼は小馬鹿にして「刑事さん」と返す。

それは、類家という個人を消して“組織の顔”に戻すための呼び方だった。
タゴサクにとって、名前を失った相手は社会そのもの、制度そのものだ。

一方の類家は、彼を「タゴちゃん」と呼ぶ。
皮肉でもあり、挑発でもある。
社会の外に立って嘲笑うタゴサクに、あえて“友達みたいな距離”を詰める。
その軽やかさこそが、タゴサクにとって最もやりづらい攻撃だった。

ふたりの舌戦は、理性と狂気の往復運動だった。
どちらも譲らず、どちらも引かない。
互いに自分が優位だと信じて疑わない――その緊張が、取調室の空気を研ぎ澄ます。

タゴサクは最後の最後まで、類家を「刑事さん」と呼び続ける。

二人の対話は、正義と狂気の境界線を測るための“ゲーム”だった。

だからこそ、ラストでようやく「類家さん」と呼ぶ。
敗北宣言ではなく、同類だからこその理解者として。
そして結末を信頼し託した敬意でもある。



石川明日香の母性


映画ではタゴサクと類家の対決がメインになってしまって、わかりにくくなってしまったかもしれないが、スズキタゴサクの行動の動機となった、石川明日香は決して“逃げ切った女”ではない。
彼女は、真面目な正義の刑事として働いていたにも関わらず、名誉を奪われた夫・長谷部が世間に殺された瞬間から始まっている。
現場で自慰行為をした――その行為を社会は面白半分に断罪した。
報道は大衆の好奇心とひとつになり、家族にもその下卑た興味が向く。
夫は妻へ離婚届を渡し電車に飛び込み自殺した。
明日香は離婚を踏みとどまったせいで鉄道会社から多額の賠償金の支払いを求められ、結果一家は離散したという。

明日香はホームレスになり、娘は心を病んでしまい、息子は爆弾を作り世界への報復を誓った。

息子・辰馬の作った動画は、爆弾の導火線の着火の原因と責任を、世間に求めた。

明日香はホームレス生活でスズキタゴサクと出会ったとき、彼女はすでに「生きること」を諦めていたのかもしれない。
スズキタゴサクの中に、世界から切り捨てられた夫と息子の影を見た故に、夫・長谷川が愛した中日ドラゴンズの帽子をスズキに手渡したのかもしれない。

そして息子の犯罪を知り、息子を刺殺する明日香。
夫の死から連鎖でおかしくなってしまった家族。

このままいけば、娘はスキャンダルで自殺した元刑事を父にもち、爆弾計画をして仲間二人を毒殺した兄の妹であり、その息子を殺した母の娘になってしまう。。。
1人ならば背負えた罪を背負うことができなかった明日香は、スズキタゴサクに助けを求めた。

明日香がスズキに託した気持ちは想像できるが、言葉にすることが難しいことはわかる。
赦しでも救いでもなく、ただ“終わらせてほしい”という祈りだったのかもしれない。

だが、スズキタゴサクはその願いを裏切る。
彼女の罪を庇い、すべての憎しみを自分に引き受けることで、「悪の王」として世界を呪う役割を引き受ける。
スズキタゴサクが犯行を決めたとき、彼はもらった中日の帽子を捨てた。
他人の物語を被ったままでは、真の“怪物”にはなれないと悟ったのだ。
呪詛のような最後の爆弾も、彼が仕掛けた世間への諦めと怒りだと思う。

石川明日香が流す涙は、息子を止めるために手を汚し、娘を守るために再び沈黙を選び、その沈黙がまた新たな暴力を生むことを知っている涙だったのだろう。

冒頭のタゴサクの髪の毛を切るシーンがお互いの覚悟と離別の壮絶な絵だったことがわかる構造に痺れる。

スズキタゴサクが“模倣犯”として燃え上がる裏には、彼女が人として、母として、すべてを呑み込んだ姿がある。



スズキタゴサクは類家に投げかける

「あなた生きてるのむなしくなりませんか? バカたちに囲まれ、嫌気がさしたりしませんか? 自分の能力を存分に振るってみたいと願ったことは?」

それは、まるで自分自身に語るような言葉だった。
世の中の愚かしさに飽き、すべてを壊す力だけが自分を確かにしてくれること、そして同類の類家にも同じ視点でしょう?と問いかけるようだった。

類家はその言葉にわずかに息を吐きながら
「滅んじまえばいいって、そう思ってるよ」と返す。

その一言には、スズキタゴサクの虚無を理解した上で、それでも“現実に留まる”覚悟がにじんでいた。
タゴサクが憎んだのは、世界の偽善ではなく、自分の無力さだ。
そして類家が選んだのは、壊すことではなく、壊れたままの世界を抱え込むことだった。

会話はそれで終わらない。
類家は部屋から連行されるスズキタゴサクに問う。

「明日香がタゴちゃんに話したのは、罪をなすりつけるためじゃなく、自首を促してほしかったんじゃないのか?」

「想像でしょう?」と淡々と答えるスズキ。

その言葉に
「俺は逃げないよ。残酷からも綺麗ごとからも。」と投げつける類家。
スズキが明日香に待ち受ける残酷な未来から逃避したことや、彼女を庇うことですべてを綺麗ごとにしたことまでを見透かしたような言葉だ。

類家はスズキの策略を読み切った故に、自分がスズキだったらそのルートは選ばなかったと宣言する。

思えば、あの動画の中の死ね死ね連呼の中で、原作とは違い、「冷笑主義は死ねばいい」がなかったように思う。
だって冷笑主義者だもの。

扉の閉まった取調室で、スズキタゴサクに尻尾を掴まれた清宮は、類家と同じく、スズキタゴサクの描いたシナリオに乗ることに腹をくくる。

「全てはスズキタゴサクが悪である」

それまでのルールを順守する清宮ならきっと真実を曲げることを許さなかっただろうと想像してしまう。
敗北した清宮もまた、スズキタゴサクの共犯者になるのだ。


取調べを終え、スズキタゴサクは廊下へ連れ出される。


ふと前方に、最初の取調室の等々力刑事の姿を見つける。「また会えてよかった、等々力さん!!」
そう声をかけるスズキの顔は同類をみつけたような喜びのトーン。

スズキは間を置かずに続ける。
「あなた、秋葉原の爆発のあと、私を応援してたでしょ?」
等々力は返さない。
スズキは、彼が誰よりも“理解してしまう側の人間”だと知っている。
かつてスキャンダルの渦中で上司・長谷部を「その気持ちもわかる」と擁護した等々力。
世間に嘲られ、踏みにじられる人間の痛みを、肌で知る者。
だからこそスズキは、等々力に自分の影を見ていた。

「あなたも感じたでしょう? あのときの高揚感を。
でも、これからずっとずっと嘘をつきながら、生きていくんです?」
スズキは同類へバトンを渡すように伺う。

等々力はきっぱり言う。
「スズキ。だけど俺はそれを不幸せに思わないよ。」

それは拒絶ではなく、明確な線引きだった。
でも名前を呼び語り掛ける言い方は、見えているものが同じ側だったこともわかりあうようだった。
哀れまず、憎まず、ただ人として別れを告げる。

スズキは笑う。
思いどおりの反応が得られなかった子どものように、軽く肩をすくめ歩を進める。
だけど思い出したように立ち止まり、等々力に伝える。

「あの刑事さんに伝えてもらえますか。今回は引き分けですと。」

等々力は訝し気に聞く
「どっちの刑事だ?」

「もじゃもじゃ頭の、「ルイケさん」です。」

その一言には痺れるけど、
私にはスズキタゴサクの見えている世界が寂しすぎる。
この話は献身に成功してしまった容疑者X(スズキタゴサク)でもある。

スズキタゴサクのシナリオどおり、石川明日香はシェアハウスにはいなかったと事件は決着し、頭のおかしいスズキが息子たちを洗脳し、また天啓や予知で錯乱、記憶喪失で全ての犯罪を犯したことになった。
刑法39条狙いの幕引きを狙う。

そして最後の爆弾はまだ見つかっていないーーー。

暗転する中、自販機からペットボトルが落ちる音だけが響く。
映画をみた観客がその音の意味を知りつつ、結局自動販売機のボタンのように、爆弾のスイッチを下卑た興味で知らず知らずに押してしまう可能性と覚悟を世に問う。

導火線はまだ、誰かの手の中にあるーー。

続編のスズキタゴサクも楽しみよ(*‘∀‘)



ところで今作のポスター

最初は、戦隊モノみたいだなあと思ったけど・・(*´σー`)

スズキタゴサクを爆心地にして放射状な配置だが、左右の伊勢と矢吹がスズキを見ていない。
伊勢はスズキの嘘を信じて偽のスズキを信じた男だし、矢吹は功を焦ってスズキの罠にかかった男。
スズキを見つめる類家・等々力・清宮、矢吹の足を吹き飛ばされスズキを殺したいほど憎んだ警察官の倖田(伊藤沙里)はスズキに対して正面を見ている。

だがそのスズキは背中でも正面でもなく、横を向いて座っている。
一見観客の方を向いているようで正面を外してる。

この構図がスズキタゴサクの本質でもある。
彼はずっと“観察される側”として物語を進めてきたけれど、
最後まで真正面の顔を晒さなかった。
つまり、観客も彼を“理解した気になっているだけ”という構造をあらわしたポスターなのかなあと思う(*‘∀‘)。。。

考えすぎかもだけどぉ。

長くなってしまった(;・∀・)。。。




このぬいぐるみがキモ可愛くて買おうか悩んでいたら、キモイって言われて悲しい(ノД`)・゜・。





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