映画「ガール・ウィズ・ニードル」|極めて社会派、現代人に贈る御伽噺
第一次世界大戦後のデンマーク。
主人公カロリーネは、戦地に赴いた夫の消息もわからぬまま、アパートの家賃も払えずに追い出されてしまう。
ボロボロの部屋に移り住み、縫製工場で軍服を黙々と縫う日々。
同僚たちと交わす些細な会話だけが、唯一の救いだった。
やがて工場長と恋に落ち、求められるままに身体を預け、妊娠してしまうカロリーネ。
ようやく掴んだ光に胸を高鳴らせたその矢先、
傷だらけの顔に仮面をつけた夫が、怪物のような姿で帰ってくる──。
その街では、よく人が消える――
『ガール・ウィズ・ニードル』本予告|5.16(金)公開
デンマークのモノクロ童話は、決して優しくない
白黒で撮影された画面は、どこかアンデルセン童話のようでもある。
けれどそこにあるのは、子ども向けのメルヘンではなく、原典に近い残酷さを持つ、極めて「大人の物語」。
事実を元にした作品で、予告には「ミステリ」と書かれるけれど、謎解きを期待していくと肩透かしを喰らうかもしれない。
映画としての構成は素晴らしかった。
「何処まで見えてる?」と最後に問いかけられているような感覚──
考え込んでしまう。
重たい。。。。(´ºωº`)
人を選ぶ映画だと思う。
チェロの不穏な音、画面の美しさ、坂のある町並みや部屋。
リュミエール兄弟の『工場の出口』へのオマージュ。
どれをとっても重たい。
でも、その重さが堪らなく好きな私です。( ˊᵕˋ* )

この先ネタバレです・・・
ナイショ(´・×・`)
徹底的に「女」の映画
デンマーク史上最悪の事件。
1913年から1920年の間に25人の乳児を殺害したとされる、ダグマー・オーヴァービーの連続殺人事件に基づく物語。
そしてそれは過去の話ではなく、世界的に中絶禁止が広がる今にも、確かに問いかけてくる。ただ、今作は単なる犯罪の再現ではなく、当時の社会背景や女性たちの置かれた過酷な状況を描く。
戦争、貧困、性差別、情報弱者、宗教的価値観などを抱え、女性たちが「選択肢のない選択」を強いられてきたこと、
それは、過去の話ではなく、世界的に中絶禁止が広がる現在にも問いかける。
美女と野獣のようで、そうじゃない
帰ってきた夫は言葉もまともに発せず、食事も仮面の下で手づかみでぐちゃぐちゃと貪り食う。
かつての彼はそこにいなかった。
カロリーネは、既に別の人を愛し、新しい命を宿していることを正直に伝え、夫を家から追い出す。
追い出される夫、可哀想だけど、1年間手紙を見てるのに返事書かないのは擁護がしにくい。
顔を負傷して落ち込むのも、見せられない気持ちもわかるけど(p_q*)シクシク
王子と思っていた工場長はただのマザコンで、男爵夫人の母親の言いなり。
婚姻は当然拒絶され、堕胎も時期的に無理と拒まれたカロリーネ。
下賎の者がアタクシと話すなんて!
結局女と女の戦い。
ダウマという女
カロリーネは自ら公衆浴場に向かい、編み針を体に差し込む。
痛い痛い、、、(´;ㅿ;`)
タイトル回収これぇ…!?
それは貧しさの中、致し方ない自己決定だった。
それなのに、あんなに出血したのに堕胎出来なかった。
痛みに気を失う彼女はバスタブに沈んでいく・・・
救い上げたのは、砂糖菓子店を営むの女・ダウマだった。
「望まれない子供の養子縁組を斡旋している」
「手数料で良縁に結びつける」
「あなたはいいことをするのよ」
「お金持ちの家に行けるわ、医者とか、弁護士のところに」
ダウマの言葉をぼんやり聞くカロリーネ。
「赤子に名前をつけないでね」
そう語るダウマの言葉には、宗教的背景がある。
キリスト教において名前を与えられない赤子は洗礼を受けず、神の子とはされない。
すなわち、それは“まだ人間ではない”とするための方便。
命を手放す母達へ罪悪感を和らげる効果があった。
サーカスと怪物
産むと決めたカロリーネは、夫が見世物小屋のスターになっていることを街角のポスターで知る。
夫の働く見世物小屋を訪れ、“どうしようもない現実”に直面するカロリーネと観客の私たち。
舞台の上では、小人症の男と多毛症の女を面白おかしく弄る団長。
そして、今晩の目玉と呼ばれた夫は“戦争の怪物”として観客の前に立たされていた。
『エレファントマン』🐘をいやでも想起してしまう。

仰々しく仮面を外して素顔を晒す夫。
縦にも横にも裂けたような曲がった口、片目のない眼窩。
客たちは恐怖と好奇心の混じった視線を向けるが、団長から煽られても、誰一人としてその肉体に触れようとはしない。
そしてカロリーネが立ち上がる。
団長に言われるがまま、義眼を外した暗い目の穴に、彼女は指を差し入れる。
そして、その潰れた口にキスをする。
それは、美しさとグロテスクの境界を反復横跳びするシーンだった。
観客が凍りつく中、カロリーネだけが「見たくない現実」に触れることを選んだ。
このシーン、あからさまに美女と野獣の構図だが、それは「怪物を人間に変える魔法」ではなかった。
むしろ「怪物」としての存在を、そのまま認める行為だったように思う。
父にはなれず、母にもなれず
そして彼女は夫と共に暮らし始める。
一緒に住みだした夫は夜ごと悪夢にうなされる。
呻き声は怪物そのもので、大家は騒音を非難する。
カロリーネは大家に頭を下げ、夫を抱きしめる。
大家の老婆も、なんやかんやいい人なのだと思う。
口では文句を言いながらも、女の苦しみを沢山知ってるからこそ、カロリーネを見守っている。
夫は顔だけでなく性機能をも失い、父にはなれないことを悟っている。
それでもカロリーネの妊娠を喜び、父になると誓う。
お互いを尊重し合う姿は美しかった。
臨月を迎えたカロリーネは、身重の身体を引きずりながら、じゃがいもを運ぶ力仕事に従事していた。
貧しさの中では休むことも許されない。
そして、作業中に突然、産気づく。
激しい痛みに膝をつく彼女の前で、男たちは戸惑い後ずさりをする。
出産という現象が、“厄介なもの““触れてはならないもの“として扱われる。
けれど、同僚の老女が毅然と立ち上がる。怖気づく男たちに向かって恫喝するように言い放つ。
「ここで産ませるよ!布を集めてきて!」
社会制度の足りなさを、女たちの連帯が埋め合わせるようだった。
そうこうして生まれた子を、夫は血が繋がらずとも自分の子として愛する覚悟があった。
生まれた赤子を慈しむ夫。
だが、カロリーネの中に、愛よりも先に拒絶が生まれてしまっていた。
夫の目を盗み、カロリーネは砂糖菓子屋のダウマに赤子を渡し、養子縁組を頼む。

だが、その行いに怖気付き、翌日再び訪れるが、既に行き先が決まり、ここにはもう居ないと伝えられる。
持て余した母乳と母としての愛情を、そのままダウマに雇ってほしいと申し出、本当に乳を出す係としての乳母として雇われるカロリーネ。
常に母乳を出していないと出なくなるというので、ダウマ娘エレーナに吸わせることにする。
もう就学する年齢に見えるエレーナが、迷いなくちゅぱちゅぱとカロリーネの乳に吸い付く。
その姿はグロテスクであると同時に、生と依存と搾取が混ぜこぜになる姿だった。
吸われているのは、単なる母乳や栄養ではない。
それは、カロリーネの「血」でもあり、「母であったはずの記憶」でもある。
酷い時代なのよ
名も持たぬ乳児たちが次々に現れては姿を消していく環境。
口唇口蓋裂の赤子を引き受けた時に、ダウマはこの子は貰い手が無いと言い、さっさと孤児院に連れていくという。
見た目で需要のない命。
それは夫の口の裂け方と同じようだった。
そして次に任された赤子は、健康で、愛らしい男児だった。
カロリーネは彼を育てながら、これまで感じなかったような母性が芽生えていく。
(この子は、渡したくない)
その思いが芽吹いた直後、ダウマは言う。
「引き取り手が見つかったの」
カロリーネは引き取り先だけでも知りたいと、ダウマの後を追い、ついに知ってしまう。
その命に引き取り手などおらず、ダウマは赤子の首を絞め、排水溝に流す「処理」をしていたことを(´ºωº`)
その静かで手慣れた行為は、日常の一部のようにさえ見えた。
カロリーネは錯乱してダウマを詰る。
そして問い詰めにダウマは淡々と答える。
「酷い時代なのよ。」
酷いのはお前だろ!と思った。( `ᾥ´ )
殺人犯の弁明なんて!とも思った。
だが、ダウマが言うように、
「私が代わりにやってるだけ」
それは嘘では無い。
ダウマが依頼者に「いい事をした」と伝えるのは、罪悪感を薄める言葉であり、共犯者にする言葉でもあり、自身に向けて言い聞かせる言葉でもあった。
正しさの外にある共同体
その後、カロリーネとダウマは共に坂を転げ落ちていく。
2人は薬物に溺れる。
メタンフェタミンのような覚醒剤、シンナー、モルヒネ。
すべてを忘れるためのお薬💊
部屋には食べかけの食事が散乱し、掃除もされず、蝿が飛び交う。
セルフネグレクトという言葉がぴたりとあてはまる、退廃の巣。
その堕落の最中に赤子を預かったせいで、部屋に警察が踏み込み、ダウマは逮捕される。
カロリーネは窓から飛び降り、奇跡的に無傷で逃げ切る。
満身創痍のカロリーネが向かったのは、夫が働くサーカスだった。
以前、夜のステージで見た時は醜悪だったサーカス団。
太陽の下、虚飾を外して見れば、“化け物”扱いされてきた夫は、小人症の男や多毛症の女性と団長と共に、和やかにテーブルを囲んで食事をしている。
そこにあったのは、正しさでも健常さでもない。
拒絶されてきた者たちが、互いに拒絶しないための、ささやかな共同体であった。
カロリーネも共に住み生きることに決め、薬物依存から抜け出す苦しみを乗り越え、再び現実に立ち戻る。
私はメダルをもらうべきだ
ダウマは法廷で叫ぶ。
「私はメダルをもらうべきよ!誰もやらないことを、私がやってきたんだから!」
正義も倫理も逸脱した叫びは、“子を殺した女”ではなく、“制度の穴を埋めた者”として歪んだ自負に満ちていた。
子供を返せ!と傍聴席でブーイングする人々だが、
「本当に立派な職業の人たちが、ワケありの子供を欲しがるわけがない!」
そのダウマの叫びに、皆、口を噤む。
ダウマは唯一の子供だったエレーナのことを質問する。
傍聴席のカロリーネは、静かにその姿を見つめ、ダウマの意思を受け取る。

そして物語は、光の方へ
そして、物語は静かに幕を閉じる。
孤児院。
食堂のテーブルに、沢山の名もなき子どもたちが並ぶ。
幼児、学齢期の様々な年代の子供。
あまりにも多くの子供たちが、静かにそこにいる。
大きい子達は貰われ先が無かった子達だ。
その孤児院の院長に面会に来た女がいた。
「貴方のように養子縁組をしてくれる人はなかなかいないのです。」
とカロリーネを褒める院長。
「7歳の子がいいわ」というカロリーネの言葉に、
「丁度いい子供がいますよ。」と答える院長。
やってきたのは、あの金髪の少女、エレーナだった。
ダウマが唯一、名前を与え、育てていた女の子。
五度の死産を経験したダウマにとって、エレーナの金髪は天使のように見えたのかもしれない。
そしてカロリーネにとっては、母乳、、血を分け与えたことがある存在としての結びつきだった。
カロリーネはその手を取り、エレーナも初めて小さく微笑む。
2人はしっかりと抱きあう。
最後に少しだけ光が差し込むようなエンドだった。
「倫理」の臨界に針が立つ
今作が最も深く針を突きつけてくるのは、「これはいけないことだ」と一言で断じて済むような話ではない倫理の臨界だった。
確かに、ダウマが犯した犯罪は明確に“悪”である。
無辜の赤子の命を奪った行為は、社会的にも法的にも許されない。だが、本作はそこに線を引かせてくれない。
なぜなら、彼女が行っていたことは、制度が整わず、支援も救済も届かない社会のなかで、「誰もやりたくないことを、誰かがやらなければならなかった」という現実があるからだ。
預ける母親も、委ねる社会も、見て見ぬふりをする市民も、皆がその「共犯者」だった。
それは世界中であった事件でもある。
日本でも、1913年「愛知もらい子殺人事件」、1948年「寿産院事件」。
どちらも大きな戦争や戦後に起きた事件。
前者に至っては被害者数200人オーバーだ。
(後者のwikiの情報が潤沢で読み応えがあるけど、落ち込みます( •̥ _ •̥ ))
戦中・戦後、男たちのいなくなった社会で、女たちだけが命を抱え、その重さに潰されてきた同じ歴史。
だからこそダウマの叫び、
「私はメダルをもらうべきだ」
という言葉は、狂気でありながら、真理でもある。
それは、倫理が簡単に一方向に傾くことを拒む問いかけだと思う。
針を手にすることの意味
タイトル『ガール・ウィズ・ニードル』
欧州、中世では、望まれぬ赤子の頭蓋骨の泉門が開いているうちに針を打ち込み、後に脳内出血で亡くなった時に頭蓋骨がくっついているので証拠が残らないという口減らし方法があったそうだ。
それは歴史上語られてこなかった、中絶道具としての女たちと針の記憶を、モノクロの中で見事に描く作品だった。
これは未来の物語かもしれない
アメリカでは、2022年のロー対ウェイド判決の覆し以降、中絶が州ごとに禁止される動きが急速に進んでいる。
ポーランドでも、2021年にほぼ全面的な中絶禁止が施行された。
望まない妊娠をした女性たちは、命がけで自己流の中絶を試みるか、産んで手放すしかない選択を迫られる。
女性の自己決定がー!と当たり前の現在なのに、驚きの逆噴射ぶりである。
作中、カロリーネが浴場で編み針を自らに突き立てたあのシーンは、もはや過去の悲劇ではなく、“これから起こる未来の現実”なのかもしれないと問う。
誰もが“殺してはいけない”と知っている命を殺すのか、いう問いを正面から問う。
ラストカットは不出生主義までセットなのかなと思う。
「それでも、誰かが殺すしかなかったとき、私たちはどうするか」という次元にシフトさせてくるのは唸ってしまう。
今後、女性が自己決定方法として針を持つことにならないように、祈るばかりである。。・゚・(ノД`)・゚・。
© NORDISK FILM PRODUCTION / LAVA FILMS / NORDISK FILM PRODUCTION SVERIGE 2024
日本配給:トランスフォーマー
フィルマークスの投稿を再構成してみたけれど、、これでいいのか、迷走中の私です。。(´・~・`)……💧
スタイルが出来上がるまで試行錯誤中。
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いただいたチップで猫たちのオヤツ代か、新作映画を観て感想を書かせていただきます٩(ˊᗜˋ*)و”
