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第43話:ADHDは、いつも心が痛い。だからこそ、みんな、もう少しやさしくなれたらいい。



こんなニュースが話題になっている。

臨時記者会見を開き、
「極めて重く受け止め、許されない行為で
心のケア・指導を徹底する」と述べました。


今日は、少し真面目に(?)
社会の話をしたいと思う。

※以下は、あくまで私個人の考えです。
正解を押しつける意図はありません。



ADHDの僕は、
こういうニュースに触れるたび、
胸の奥が、きゅっと痛くなる。


過敏だから、というのもある。
でもそれ以上に、
どうしても「他人事」に思えない。

僕はもう中年だけど、僕が学生だった頃にも、
いわゆる「いじめ」は、確かに存在していた。

この記事では「暴行行為」と書かれている。

でも、これはケンカじゃない。
力の非対称がある以上、
僕は「いじめ」だと思う。


よく言われる。
「いじめる側も悪いし、
いじめられる側にも原因がある」

でも、僕は思う。

もっと悪質なのは、
「見ている側」じゃないか、と。


どうして、面白がって動画を撮るの?
どうして、見て見ぬふりができるの?

「自分は関係ない顔」をしながら、
実際には、加害者側の空気に乗っている。

これが一番、残酷だと思う。


「いじめられない方法」はあるのか?


じゃあ、
いじめられないためには、どうすればいいのか。
身も蓋もないけれど、
僕の今の答えは、「強くなること」だ。

いじめは、
最初はちょっとした、からかい、や、
悪ふざけから始まることが多い。

その時に、動じない強さ。
「これは越えてはいけないラインだ」と
無言で伝えられる強さ。

それは、心の強さでもいいし、
分かりやすい「物理的な強さ」でもいい。


格闘技をやっていると周囲が知っている。
それだけで、
対象から外れることは、現実にある。

悲しいけれど、
いじめは「弱い存在」を選ぶからだ。

いじめる側の心理


人間も、所詮は動物だと思う。

自分のテリトリーの中に、
「気に入らない存在」がいると、
排除したくなる。

自分が一番でいたい。
だから、力を誇示する。


正直に言えば、
これは
「人として未熟なだけ」だと思う。

でも、
学生は、そのことに気づけない。

だからこそ、
教師や、周りの大人たちが、
「君は、もう十分価値のある存在だよ」
「誰かを傷つけなくても、居場所はあるんだよ」
そう伝えてあげてほしい。

罰よりも、
承認という名の“やさしさ”が、
必要な場面もあると思う。

もし、いじめに遭ってしまったら


どうか、遠慮せずに
大人に相談してほしい。
(信じられる大人がいない場合も、
残念ながら、あるけれど)

それでも、「人生を終わらせる」という
選択だけは、絶対にしないでほしい。

学校に毎日通うことが、正義じゃない。

転校だっていい。
海外の学校だっていい。

物理的に通わなくてもいい、
N高(ネットの高校)という選択肢もある。


世界は、
思っているよりずっと広い。

「こうじゃなきゃいけない」
「ああしなきゃいけない」
その思い込みが、
人生をどんどん狭くしていく。

生き方は、一つじゃない。
もっと、自由で、
もっと、やさしい社会であってほしい。

大人になった僕にできることは、
ほんの少し、
心を大きくして、
誰かを包み込むことなんだと思う。


それが、
大人のやさしさなんじゃないか。

だからさ。

自然な甘さのある
コーンスープでも飲みながら、
「やさしさ」って何だろう、って
少しだけ考えてみませんか。


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