プリズム劇場#073「娘と一緒に息子と話す人」
こちらはラジオドラマ番組『小島ちひりのプリズム劇場』の作品を文章に起こしたものです。
是非、音声でもお楽しみください。
【standfm】
https://stand.fm/episodes/6a4e2d923b94ac8b3bb323e6
【YouTube】
https://youtu.be/28Hl-H-ccCk
【その他媒体】
https://lit.link/prismgekijo
「亜矢、おはよう」
そう声を掛けると、亜矢はいつも通りじっとこちらを見つめている。
「今日は、お兄ちゃんの大事な日なんだ。亜矢も一緒にお祝いしような」
亜矢は、いつもと同じくりくりの目をこちらに向けている。
「あらあらあら立派な成人だこと」
「祖母ちゃん!?」
突然やってきたお袋を見て、拓史はソファから飛び起きた。
「わざわざすみません。お義母さん」
玲子が恭しくお袋に言う。
「こっちこそ無理言ってごめんね、玲子さん。でもどうしても拓史の成人姿は見ておきたくて。ねえ、亜矢ちゃん」
お袋は亜矢に向かって話しかける。
亜矢は、朝と全く同じ、くりくりの目をこちらに向けている。
「じゃあお父さん、みんなで写真撮りましょ」
玲子の一言を合図に、撮影の準備を始める。家族全員が写るには、ダイニングの机を動かさなくてはならない。
「じゃあ撮るわよー」
玲子はそう言い、急いで拓史の左側に入った。
家族写真を撮ったのは久しぶりかもしれない。
勿論、亜矢も一緒だ。亜矢は、お袋の手の中で、変わらずくりくりの目をしていた。
「うう……うう……。拓史、あんたは親孝行だね。立派に大人になって」
お袋が、涙を零しながら言った。
「拓史は良い子。立派な子」
拓史は少し困った顔をしている。
拓史には申し訳なかったと、今でもずっと思っている。
「じゃあ行って来るね」
土曜の朝早くだと言うのに、拓史が出掛けようとしていた。
「休みの日に珍しいな」
「うん。ボランティアを始めることにしたんだ」
「ボランティア? 何の?」
「病気の子供達のキャンプをしている団体のお手伝い」
「病気?」
「そう。亜矢みたいな子達を受け入れてくれるキャンプがあるんだって。大学の先生に紹介してもらったんだ」
「拓史、お前」
「今日はまずオリエンテーリング。事務所で講習みたいなのを受けるんだ。じゃあ、行って来るね」
拓史はそう言って玄関を出て行った。
「拓史、出掛けちゃったの?」
「ああ、もう出て行ったよ」
玲子は洗濯物を干していて気がつかなかったようだ。
「出掛けるなんて聞いていないわ。何処へ行ったの?」
「ボランティアと言っていたけど」
「ボランティア? あなた知ってたの?」
「俺も今聞いたんだよ」
「ちょっと拓史に連絡するわ。何処へ行って何時に帰るのか」
「いいじゃないか。拓史はもう大人なんだぞ。そっとしといてやれよ」
「何かあったらどうするの?」
「大丈夫だよ。拓史は健康な大人だ。いなくなったりしない」
「でも、世の中何が起こるかわからないわ」
玲子は拓史にメッセージを送ったようだ。拓史はいい子だから、きっと律儀に返信をするだろう。
玲子の気持ちもわかる。
わかるが、俺達の心の傷は、拓史にとっては関係のないことなんだ。
「親父、美味しいお店教えてよ」
ある日、拓史はいたずらっ子のようにニカッと笑いそう言った。
玲子は自分も行きたいと駄々をこねたが、偶には男二人で行かせてくれと説得し、駅前の焼き鳥屋に連れて行くことにした。
「へぇ、松永さんちの坊ちゃんももう成人ですか。めでてぇなぁ。なんだか親戚に祝い事があったみたいだ」
客商売のリップサービスかもしれないが、それでも、拓史のことを喜ばれるのは、自分のことより何だか嬉しかった。
「えーっと、俺さ、焼酎飲んでみたい」
「いきなり焼酎は早すぎるだろう。まずは小ビールにしとけ」
「そういうもんなの?」
「いきなり度数高いの行くと酔いが早いからな」
「へー」
てっきり大学でとっくに飲んでいるかと思ったが、最近の若者は本当に素直でいいヤツが多いみたいだ。
そんな純真無垢で、社会に出た時大丈夫なのだろうか。
「へい、小ビールと生中ね。これはうちからサービスです。大したもんじゃないけど」
大将はそう言ってビールと唐揚げを差し出した。
「大将、そんなのいいのに」
「いいんですよ! 大人になって親父と飲むなんて、最高じゃないですか!」
「ありがとうございます!」
「じゃあ、改めて、成人おめでとう」
そう言って乾杯すると、拓史が恐る恐るビールを口に入れた。
「にげぇ」
「はは。最初はそうだよな」
亜矢、お前の兄ちゃんは大人になった。すごいよな。
でも、お前がすごくないわけじゃない。お前は立派だった。立派に生きた。
「親父はさぁ、なんで今の仕事しようと思ったの?」
「ん? 自分で希望してなったわけじゃないかな」
「そうなの?」
「元々営業マンに憧れて、営業やってたんだけど、亜矢のことがあって人事に異動になったんだよ」
「親父、営業だったの?」
「そう、休みがちでも何とかするからって会社が気を遣ってくれてさ。最初はもう最前線から外された、みたいな気持ちもあったけど、やっぱりみんなさ、色んな事情を抱えながら働いているんだよ」
「事情かぁ」
「だからさ、段々、俺だから提案できることとかもあるのかなって思うようになったらさ、楽しくなったし、やりがいを感じるようになったかな」
「そうなんだぁ」
「拓史は? やりたいことがあるのか?」
「俺はね、今、社会福祉士か、行政書士かって考えてる」
「全然違うじゃないか。なんでまたその二つ?」
「社会福祉士は、直接病気の人の役に立てる。行政書士は病気の人のサポートをしているNPOとかの役に立てる。あと俺、一応法学部だし」
「拓史、こんなこと言うのはアレだけど、亜矢のことは気にしなくていいんだぞ。お前は自由だ。全然違うことをしていいんだ」
拓史は一瞬驚いた顔をした。
「親父と一緒だよ。俺にも、俺だからできることがある気がしているんだ」
「……それならいいんだが。お前が何を選んでも、父さんは拓史の味方だ」
亜矢、お前の兄ちゃんは立派だ。どうかお前も、味方でいてやってくれ。
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