心の奥底の刃物。
幼少期のトラウマや傷ついた記憶は、心の基盤となる奥底に刻まれる。
私は自分の特性に加え、両親の無理解により小さい頃は怒られてばかり。罵倒されてばかり。否定さたことしかないような環境に育った。
自分が親になって初めて親のありがたみがわかる、なんて聞いたことがない人はいないくらい広まっているフレーズだが、私は親になって初めて親の人間性の残念さに気付き、いかに自分が雑に扱われてきたかを知った。
それに気づかせてくれたのは、私を親にならせてくれた息子である。
彼が1歳半になるまでの間、私も自分が親に育てられたように息子を育てようとした。
上手くはいかなかった。
ただイライラするばかりで息子のことをかわいいと思えない。
完全母乳で育てていたのもあり、離乳食が始まってもなかなか食べようとしない息子に私は毎食毎食腹を立てた。
今思えば母乳から離れなかったのでお腹が空いていなくて食べなかったのだろうが、当時は成長に影響するのではないか…食べさせないと…という気持ちと、せっかく用意したのに…という苛立ちが相まってこんな言葉を吐いた。
「食わせてやってるのがバカらしくなる!」
口をついて出た言葉にハッとしたのを覚えている。これは父が私に告げた言葉そのままだった。
状況は違ったが、私はこの言葉を受けた時の気持ちを鮮明に覚えていた。
「別に生まれてきたくて生まれてきたんじゃない」
そんな反抗とも言える本音と共に、私の価値はお金とイコールなのだと捉え悲しいよりももっと深く、心の奥底に抜けない刃物が突き刺さった。
「インナーチャイルド」という言葉を目にしたことはあるだろうか。
自分の中にいる幼少期の自分、そんな意味合いだったかと思う。
このインナーチャイルドが満たされないと、いつまで経っても他者に依存したり、人間関係で同じ失敗を繰り返したりと様々生きづらさを抱えるらしい。
「自分を褒めてあげましょう」
「認めてあげましょう」
「癒してあげましょう」
そんなことが一朝一夕で叶い奥底に突き刺さった刃物が抜けていくなら嬉しい話だが、残念なことに「自分を認める・許す」という概念を持たない私には難易度が高い。
親と同じように息子に接していた自分を省みた時から、自分が言ってもらいたかった言葉やしてもらいたかった抱っこやハグを息子にするようになった。
比較的早く気づけたことは本当に良かったと、息子の笑顔を見て常々感じる。
もう2ヶ月は前の話か。
ぽつりと、幼少期に親に叩かれたり引き摺り回された話を息子にした。
その日は確か父が理不尽に息子に怒鳴り、私は息子のフォローをしようとしていた。そして「昔からああいうところがあって」という流れで話した。
それから何度か息子がその話を聞きたがるようになった。
あまり理解できていないのか、興味本位かなと最初は思っていた。
お話上手な息子ならば答えられるだろうと、私は聞き返した。
「その話、気になるの?」
息子は「うん」と答えた。
「なんでそんなに気になるの?」と重ねて聞くと、彼は「ままがだいすきだから」と答えた。
そして「まま、こわいのないよ、むすこくんがまもるからね」と言うのだ。
子どもの力とは
なんと真っ直ぐな、
心の奥底の刃物が一本抜けた瞬間だった。
