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『助成金』は、小遣いではない!

 つい先ほど、『note』のマガジンに「湯の街 山鹿 そぞろ歩き」を追加した。これで十五のマガジンとなる。今回の追加には、いくつかの理由がある。

 その理由は三つ。第一に、筆者の生まれ故郷であること。転勤族として各地を転々としてきただけに、故郷への思いは人一倍強い。第二に、ある女性経営者(50代)との会議で絶句したこと。第三に、各地の「道の駅」が荒れている現状に強い危機感を抱いたことだ。

 第一の理由は説明不要だが、第二・第三の理由については苦言を呈しておきたい。


<助成金に依存する地域経営者>

 第二の理由。ある女性経営者に「地域おこし」について提言したところ、彼女はこう答えた。

 「市役所からも親会からも大変お世話になっています。助成金もいただいていますので、これをやってほしいとか、協力してほしいと言われれば動きますが、自ら地域おこしの狼煙を上げる必要はありません。」

 この発言に愕然とした。助成金を、まるで行政から当然のようにもらえる「小遣い」と勘違いしているのだ。行政から親会へ助成金が流れ、その一部が子会に割り振られる仕組みが常態化しているが、それを「動くか動かないか」の基準にするのは本末転倒である。

 そんな安易な気持ちで助成金を浪費するくらいなら、いっそ不要であろう。地域おこしへの意欲もなく、助成金の枠外では一切動く必要がないと断言する姿勢には、罰当たりというほかない。

 この女性経営者に地域活性化への熱意はなく、常識そのものが欠落している。そんな人物が会を率いるくらいなら、親会も子会も潔く解散したほうがよいのではないか。

 余りの無気力発言に、筆者は愕然とした。そして発作的に「湯の街 山鹿 そぞろ歩き」というマガジンを立ち上げた。要らぬ世話かもしれないが、助成金頼みの活動よりも、自腹で熱意を持って取り組むほうが、はるかに効果があると信じている。


<荒れ果てた道の駅>

 熊本県山鹿市内には五〜六か所の「道の駅」が存在する。だが一か所を除き、ほとんど荒れ果てている。草刈りもされず放置され、食事処は不衛生、トイレは汚く使えない。テナントも空きが目立ち、客足は激減している。

 多くの道の駅は助成金ありき、さらに「指定管理者制度」で運営される。開業当初は華々しくても、数年で右肩下がり、十数年も経てばジリ貧に陥る。まさに税金の無駄遣いの典型例であり、前述の経営者の組織と同じ傾向にある。


<商店主の意識改革が鍵>

 冒頭に戻るが、筆者がマガジン「湯の街 山鹿 そぞろ歩き」を立ち上げたのは、地域おこしの起爆剤にするためだ。筆者自身のポータルサイトNewsによる拡散力も活用し、少しでも地域活性化につながればと願っている。

 ただし、地元商店主や観光業界の人々の意識が低ければ、衰退は避けられない。歴史ある温泉街の商店主が無関心のままでは、右肩下がりを止めることはできず、地域活性化どころではなくなる。


<交通インフラの脆弱さ>

 一昨日、山鹿市在住の幼友達と電話で「山鹿市の行方」について一時間半ほど語った。理解を示してくれたものの、「地域の意識改革に旗を振る人間は皆無に近いのでは」との悲観的な見解もあった。

 それも無理はない。戦後から昭和40年代までは夏祭りが大賑わいで、二日間で50万人の観光客が訪れるほどの温泉街だったが、今では閑古鳥が鳴いている。

 原因の一つは交通インフラの悪さだ。無駄な片側二車線道路が一部に造られたり、先を見据えたシミュレーションを怠ったりした結果、市町村合併で増えた道の駅の取り扱いに自治体が右往左往している。


<危機管理意識の欠如>

 蛇足だが、2008年のこと。当時、芝居小屋「八千代座」の公式サイトに不備があり、筆者は山鹿市役所上層部に「問い合わせメールが外部の民間管理者へ直接送信される仕組みになっており、個人情報漏洩の危険がある」と改善を求めた。

 しかし、その人物は電話に出ず居留守を使い、公式サイトは数年間放置されたままだった。調べると十数年にわたり外部個人に毎年数十万円を払い続けていたという。

 仮に若い女性が問い合わせメールを送ると、その個人に情報が届き、そこから市役所へフィードバックされる仕組み――まさに本末転倒であり、危機管理の欠如そのものだった。

 故郷の行政に改善を求めても、都合が悪ければ逃げ回る。それが市役所のトップ層なのだから話にならない。


<結びにかえて>

 これが筆者の故郷・山鹿市の実態である。正直に言えば、情けない。親族が同市で総務部長を務めていたこともあり、内情を知っているからこそ苦言を呈したい。

 願わくば、地域住民が「我が故郷は日本一住みやすい美しい街だ」と胸を張って言えるような、活気ある温泉街へと変わってほしい。

 だが現状は、熊本県民性を象徴する「肥後引き倒し」という言葉に象徴されるように、互いに足を引っ張り合う風土が残っている。今はそんな時代ではないはずだ。これ以上「時代錯誤」と言われないよう、故郷が再生することを切に願う。


山鹿市 大宮神社にある『犬子ひょうたん』

▼以下は、二十数年前のことだが、山鹿市や観光協会などの公式サイトがない時代に、筆者のポータルサイドでは、既に、『山鹿温泉郷』、『芝居小屋 八千代座』、『チブサン古墳』、『鞠智城跡』のサイトを構築していた。(レスポンシブ形式にはしていないので、近日中に、httpsおよびレスポンシブ形式へ変換する予定)

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