「継続」ができない人に、成功はあり得ない
本日、ある人物と話をしたが、とにかく「継続」できない人種に属する人である。何かにつけ、突然、動きが鈍り、雑になり、そして止まる。
このメカニズムについては何度も指摘し、指導しているが、その時は分かったような言葉が返ってくる。しかし、数日経つと元の木阿弥。何とも言えない気持ちになる。
なぜ「継続」できないのか。「継続」こそをモットーに突き進めば、必ず成功する可能性は高くなる。だが、「継続」が途中で止まれば、「成功」という二文字は消え去り、これまでの努力は水の泡となる。
根気よく「継続」の二文字を頭に巡らせ、さらに階段を登り詰める気迫が欲しい。上を見ればキリはないが、向上心を持ち、正しいベクトルで「継続」すれば、天から褒美が落ちてくる。
お調子者に多いのは、何か支障があればすぐに諦めることである。そして、モチベーションは下がるばかりで、これまでの苦労を無駄にしてしまう。学習能力に欠けると言えば、それまでのことだ。
そのような「ずんだれ」た大人が存在すること自体、同じ大人として恥ずかしいことである。「ずんだれ」た大人は、子供や孫に正しい「人の道」を伝えることができないのだから、困ったものだ。
▼「ずんだれ(熊本方言) by ChatGPT
だらしがない人、しまりのない人、気合いが入っていない人を指す言葉。
例えば、熊本では次のように使われます。
「そぎゃんずんだれた態度ばするな。」
(そんな、だらしない態度をするな。)「あいつは、ずんだれとる。」
(あいつは、だらけている。)
つまり、生活態度・仕事・行動などに締まりがなく、だらだらしている状態や人物を表す言葉であり、軽い叱責や注意のニュアンスで使われることが多い方言です。
なお、熊本では「ずんだれ」は比較的よく知られた言葉で、親や年配者が若者に注意するときの表現としても耳にすることがあります。
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