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「二度目まして」のほうが緊張する  -2記事目のnoteのこと

はじめてのnote、自己紹介記事を公開してから3日が経ちました。
3日も経ってしまいました。

私は初めてnoteに取り組んでいるので、何もかもが初めてです。
「スキ」をいただけること、フォローしていただけること。
読んでもらえること、読んでもらえないこと。
リアクション、自分の心の動き。
noteから付与される、なんやかんやのバッジ。
そのすべてが、淡いきらきらを放っている気がします。


2回目のnoteを公開することは、このきらきらの先に行くということ。
1回目がよくても、2回目もうまくいくとは限らない。
「始める」から「続ける」になる。
きらきらは、そう長いこと持続しない。


はじめてのnoteなら、題材に困ることはなかった。
自己紹介をすればいいし、参考になる素敵な記事がたくさんある。
それらを読めば、ある程度「こうふるまえばいい」という型が見える。
それでも、書いては消し、書いては消し…で、投稿するのに3日くらいかかってしまったけど。

でも、2回目の記事ってどうしたらいいんだろう?
何が正解なんだろう?
そもそも、「2回目の正解」ってあるんだろうか?


これって、「二度目まして」だな、って思いました。
初めて会ったら「初めまして」、2回目に会ったら「二度目まして」。
私は、この「二度目まして」がとっても苦手です。

「初めまして」も、別に得意ではないです。
人見知りなので、初めての人と会って話すのは緊張します。
でも、「初めまして」にも、やっぱり型みたいなものはある。
何を話せばいいか、どうふるまえばいいかには、だいたい答えがある。
それに、初めての相手とは、どんな会話でも新鮮なので、案外楽しく過ごせたりします。

でも、「二度目まして」となると状況が変わる。
特別親しくもないし、かといって遠すぎる存在でもない。
「一回会って話している」という事実がある。
前回どんな話をしたか、どこで会ったか、自分は何の話をしたか。
そもそも、相手はどんな顔だったか。
それらを覚えているか、そのうえでどうふるまうのか。
試されるように感じるのです。



noteの2回目の記事にも、似たような緊張感というか、居心地の悪さというか、むずむずしたものを感じています。
2回目のこの振る舞いで、ほんとうの私が審判されてしまうかのような。
2回目の記事で、自らの方向性や範囲を定めてしまうかのような。
何でもできた、何でも書けた。
そんな可能性のいくつかを、捨ててしまうかのような。

この3日間、何も書いてなかったわけではないです。
むしろ、めっちゃ書いていました。
私は副業をやっていて、それを始めてから辞めるまで(厳密には辞めていないけど)について、真剣に書き続けています。
でも、かなり長文で、パーソナルな内容になってしまいました。

2回目の記事でこれはないかな…
5回目とか、もっと場があったまってから(?)のほうがいいかな…
と、いったん温存させることにしました。
こうやって「温存」とか考えるからよくないのかな。わかんないな。


そんなわけで、これが私の2回目の記事になりました。
やっぱり、何かを捨ててしまったように感じられます。
「二度目まして」のnoteで、私のふるまいはどう評価されるんだろう。
評価されなくてもいい、とりあえず今は。
「2回目」という可能性を捨てることで、ここに居場所がもらえたら。


あなたのnoteでの「二度目まして」は、どうでしたか?
「二度目まして」の先では、どんな世界が見えますか?
「二度目まして」を乗り越えてからのnoteは、きらきらしていますか?


とりとめのない記事を、読んでくれてありがとうございました。
「スキ❤」のリアクションには、超絶ぷりちーな私の愛猫を仕込んでいます。
ぜひぽちっとしてみてください。
コメント&フォローもとっても嬉しいです。

また次の記事でも、お逢いできますように🍀

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