Relational Design Producer という仕事

いつからだろう。
自分の仕事を、何と説明したらいいのかわからなくなったのは。

「何をしている人なんですか?」

そう聞かれるたび、

ブランディングです、とも違う。
マネジメントです、とも違う。
ディレクションです、とも違う。
コンサルです、とも違う。

毎回少し考えてしまう。

私が仕事にしているのは、
成果物が生まれる前の構造を考えること。

誰に届けるのか。
何を伝えるのか。
何を残し、何を削るのか。
誰が、どこで、何を担えば、一番力を発揮できるのか。

そして、
誰が主役になれば、
その価値が一番自然に伝わるのか。

私は、ずっとそんなことばかり考えてきた。


私は、つくらない

制作プロダクションに勤めていた頃、

デザインをする人がいた。
文章を書く人がいた。
写真を撮る人がいた。
プログラムを組む人がいた。

私は、そのどれもしなかった。

その代わりに考えていたのは、

この仕事なら、誰が一番力を発揮できるだろう。
どのライターなら、この会社の想いを書けるだろう。
どのデザイナーなら、この世界観を表現できるだろう。

そして、
誰と誰を組み合わせたら、お互いの力が一番発揮されるだろう。

そこだった。

能力だけではない。
相性がある。
同じ人でも、
組み合わせが変われば、結果は驚くほど変わる。

私は、
「人を見る仕事」 というより、
「人と人との間を見る仕事」 をしてきた。

だから私が考えていたのは、
成果物そのものではなく、成果物が自然に生まれる流れだった。


適材適所は、人を見ることでは終わらない

「この人はデザインが得意。」
「この人は文章が上手。」

もちろん、それも大切なこと。

でも、それだけでは仕事は動かない。

誰が最初に話を聞くのか。
誰が整理するのか。
誰が形にするのか。
誰が最後に届けるのか。

その流れが変わるだけで、
同じメンバーでも仕事の質は大きく変わる。

だから私は、
人を配置してきたという感覚があまりない。

「価値が自然と伝わる関係性を考えてきた。」

そんな感覚の方が近い。


Missionから逆算する

制作会社を離れてからも、
仕事の入り口は変わらなかった。

最初に読むのは、Mission。

その組織は、
何のために存在しているのか。
誰に、何を届けたいのか。
何を未来へ残そうとしているのか。

そこから考え始める。

だから、できるだけ立場の違う人たちの話を聞く。

同じ組織の中でも、
見えている景色は意外と違う。

Missionが見えてくると、私には、

誰に届けたいのか。
何を優先したいのか。

少しずつ輪郭が見えてくる。

そして、
もう一つ気になることがある。

「今、本当に、そのMissionに向かうことができているだろうか。」

もし立場によって認識が違うなら、
その違いは、どこから生まれているのだろう。

そこを眺めるところから、
私の仕事は始まる。


私が設計しているのは、人と価値の関係

私は、
ホームページを作りたいわけではない。
パンフレットを作りたいわけでもない。
体制を整えたいわけでもない。
ルールを作りたいわけでもない。
こうすべき、とアドバイスをしたいわけでもない。

もちろん、必要なら、それもやる。

でも、それは目的じゃない。

私が見ているのは、

価値が、どうすれば自然に届くのか。
人は、どういうときに納得するのか。
どうすれば、人から人へ無理なく伝わっていくのか。

そんな流れだ。

だから私は、
 「何をつくるか。」 より、
「どんな関係が生まれるか。」を見ている。


私が考えているのは、「プレイしやすさ」

そして、もう一つ、
私がいつも考えていることがある。

「プレイヤーが、
もっともその人らしく力を発揮できる状態って、どんな状態だろう。」


私は、誰かの代わりにプレイしたいわけじゃない。

この人は、どこに立てば動きやすいだろう。
誰と組めば力を発揮できるだろう。
どんな順番なら自然に話せるだろう。
どんな立場なら、その人の言葉が一番届くだろう。


だから、
私自身の立ち位置も、その都度変えている。

あるときは、前に立つ。
あるときは、一歩引く。
あるときは、「外部の人間です。」と言って話す。

それは、自分をどう見せたいか、じゃない。

その場で、誰の言葉が一番自然に届くか。 
を考えているから。

制作会社にいた頃もそうだった。

私はプレゼンターではなかった。

ライターやデザイナーが話す横で、
全員の反応を観察した。

個々の立場、関係性も拾う。

そして、
クライアントの「?」を感じたら、
代わりに口にしたり、
「そうか!」と頷いたり、
議論が自然に動く役を選んだ。


私は、
プレイヤーを変えたいわけじゃない。
替えたいわけでもない。

プレイヤーが、
プレイしやすい状態を整えたい。

結果として、その人が一番輝く。

それを見るのがたまらなく好きなんだと思う。



見えない仕事ほど、伝わりにくい

私の仕事は、
成果物として残りにくい。
だから、評価されないことも多い。

わかるひとにはわかる、だけだ。

ホームページには制作者の名前が載る。
パンフレットも残る。
動画も残る。
売上という数字も残る。

でも、
「この人とこの人を組み合わせよう。」
「この順番なら伝わりそうだ。」
「ここは削った方が伝わるかもしれない。」
「この問いを置いたら、対話が始まるかもしれない。」

そんな判断は、
形として残らない。
数値にもならない。

「今回は、なんだかうまく進んだね。」

そう言われても、
なぜうまく進んだのかは、誰にも見えない。
語られることもない。

だから、
この仕事は価値が伝わりにくい。

でも私は、
その見えない部分が、
仕事全体の質に影響することを知っている。

だから私は、
問題が起きてからどうするか、ではなく、
問題が起きにくい流れをどうつくるか、
を考えている。


私は、主役になりたいわけじゃない

私は、
自分が評価されたいわけじゃない。
前に出たいわけでもない。

見たいのは、
価値がちゃんと届くこと。
それが、必要な人へ届くこと。

そして、
その価値が、
人から人へ自然と広がっていくこと。

そこに私の名前が残らなくても構わない。

価値が届けば、それでいい。

そう思っている。


Relational Design Producer

最近になってようやく、
「あぁ、この言葉が一番近いのかもしれない。」
と思える肩書きに出会った。

“ Relational Design Producer ”

人をつなぐ人、というより、
関係性を設計する人。

人と人。
人と価値。
人と組織。

それぞれが自然につながり、
お互いの力が無理なく発揮される状態を考える。
価値が循環していく流れを設計する。

振り返ると、
私はずっと、その仕事をしてきたんだと思う。

だから肩書きは変わっても、
やっていることは、何も変わらない。

いまも、きっとこれからも。


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