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【短編小説】透明な朝にペンを走らせて/シロクマ文芸部/詩のような物語

透明な朝の光が、窓辺にそっと触れていた。
淡い白に染まるカーテンの揺れ、その向こうから吹き込む空気は、夜の名残りをわずかに含みながらも、草の匂いと土の湿り気を孕んでいる。

鼻先をかすめたその香りは、遠い昔に田舎で嗅いだ朝露の匂いを思い出させ、胸の奥に鈍い痛みを呼び起こした。

鳥のさえずりは幾重にも重なり合い、互いにぶつかりながらも奇妙に調和している。
高く澄んだ声、低くくぐもった声。

昨日までの私は、それを雑音だとしか思えなかった。

眠れない夜に胸をかき乱すような、耐えがたい騒がしさにすぎなかった。
けれど今朝の声は、同じ旋律でありながら、不思議と胸の奥を震わせていた。

私は机に置かれたノートを開いた。
手にしたペンの冷たい軸が指に触れる。
先端を紙に落とすと、かすかな摩擦音が静かな部屋に響いた。

その音は耳に届くだけではなく、指先から腕を伝い、体の奥にまで沁みこんでいく。
──まるで自分が存在している証拠を、ひと文字ごとに刻みつけるように。

だが、浮かんできたのは昨日の残骸だった。

あの日、私は声を失った。

部屋の片隅で必死に言い訳を探していたとき、彼は背を向けて言った。

「お前の言葉は、もう信じられない」

短く、冷たく、それだけだった。

言葉の続きはなく、背中の沈黙だけがすべてを語っていた。

そのあと、彼はドアを閉め、二度と振り返らなかった。

喉の奥に溜まった言葉は行き場を失い、息と一緒にからからに乾いていった。

その瞬間から私は、自分の声を持て余し、誰に向けても届かないもののように思えてしまった。

それでも、今。
机に落とすペン先は震えながらも確かに動いている。

紙に刻まれた文字は、過去をなぞりながらも、そこにわずかな光を描き加えていく。

不安と希望は、互いを打ち消すのではなく、補い合う。

赤く滲む痛みも、青く冷たい孤独も、黄色に輝く未来のかけらも。

すべてが混ざり合い、やがてひとつのガラス細工のように透きとおった輝きを帯びていく。

私は深く息を吸った。
空気の匂いはもう重くはない。
鳥の声も、昨日のように胸を乱すことはなかった。
それらはただ「ここにいる私」を肯定する音と香りとなり、背中を押してくれていた。

──たとえ何度つまずいても、透明な朝は繰り返し訪れる。
そのたびに、私はまた書き始められる。
消えてしまいたい過去を抱えたままでも、光の中で少しずつ、新しい私を紡いでいける。

その「新しい私」は、まだ小さな声しか持っていないかもしれない。

けれど、その声で物語を紡ぎ、誰かの孤独に寄り添えるなら──
私はようやく、あの日の沈黙から解き放たれるのだ。



シロクマ文芸部に参加させていただいています。
小牧部長さま、いつもありがとうございます!
今回のお題
「透明な」から始まる文芸作品です



最後までお読みいただきありがとうございました。
もしあなたの心にも、なにか言葉が灯ったなら…よければそっと教えてくださいね🌿
もしかしたら、そのひとことから「詩のような物語」が生まれるかもしれません。


【詩のような物語】という、小さな物語たちを紡いでいます。
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これからも、日々の光や影を、そっと言葉にしていきます。
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