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詩のような物語 十二か月(9)九月 古本に眠る時の栞

古本をひらくと、 窓の外には、燃えるような紅葉が西日に照らされ、街全体が琥珀色に染まっていた。
かすかにインクと埃が混ざったような、
懐かしい匂いがした。

紙はざらりと乾いていて、
ページをめくるたびに、
秋の落ち葉を踏むようなぱりぱりとした音がした。
その音が、時間の重さを一枚一枚刻んでいた。

その本を手に入れたのは偶然だった。
駅前の小さな古本屋へと続く道は、銀杏の葉が敷き詰められた黄金の絨毯のようだった。

その店の奥、埃をかぶって積まれた本の山の中で、
ひときわ静かに佇んでいた一冊。

タイトルは『別れの詩集』

手に取った瞬間、
まるで私を待っていたかのように感じた。
背表紙の文字はかすれていたが、
不思議と温かい重みを持っていた。

ページをめくると、ある詩の一節が目に飛び込んできた。

「さよならは、終わりではない。
 始まりへの祈り」

その下に、鉛筆で二重の線が引かれていた。
紙の繊維が削れるほど強く、繰り返し。

線を引いた持ち主は、
きっとこの言葉にすがりたかったのだろう。

別れをどうしても受け入れられない夜に。

さらに奥のページには、
四つ葉のクローバーが押し花のように挟まれていた。
色は失われ、葉脈だけが影のように残っている。

そのページの詩は、こう綴られていた。

「離れても、
 あなたの笑顔を祈る。
 たとえ私が涙に沈むとしても」

クローバーがただの幸運のお守りとは思えなかった。

「希望を失わないように」という、
切実な願いを支える楔のように見えた。

未来へ光を託すために、
誰かが大切に挟んだ証だった。

私は思わず胸を押さえた。

最近の私は、
「失うこと」を恐れていた。

数年前、親友を事故で亡くして以来、
人がいなくなることに耐えられなくなった。

絆はいつか薄れてしまう、
永遠などない──そう思い込み、
人を信じることさえ怖くなっていた。

けれどこの古本は囁いた。

「別れても、祈りは残る」と。

「さよならは、終わりではない」と。

胸の奥に、
長い夜のあとに差し込む朝の光のような温もりが芽生えた。


古本は思った。
「私は、古びるためにあるのではない。
 私は、人の祈りを運ぶためにあるのだ」

幾人もの手に渡り、
幾つもの涙や笑いに染められ、
角はすり減り、表紙は傷つく。

それでも。
古本は、まるでタイムカプセルのように、
過去の想いを未来へと運び続ける。

そして見知らぬ心と心を、
細い糸で結びつける架け橋となる。


夕暮れの風が頬を撫でた。

本のページをかすかに揺らしながら、
まるで誰かのため息のように、
優しく、そして少し寂しげだった。

その瞬間、古本は囁いた。

──「君の祈りも、未来へ連れていこう」と。

私はそっと目を閉じた。
もう、誰かの幸せを祈ることを恐れない。
私もまた、未来へ祈りを繋いでいこう。

風は背中を押し、
私は新しい一歩を踏み出した。
古本を胸に抱きながら。


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