本の中でしか、私は生きられなかった ハッピーライティングマラソン#5
こんにちは。
目にとめていただきありがとうございます。
本田健さんのハッピーライティングマラソンに参加しています。
本田健さん、貴重な機会をありがとうございます。
フォローしてくださっている皆さま。
いつもありがとうございます。
今回の記事は 「ハッピー」とはちょっと違うので恐縮してしまいますが💦
「あなたは子供のころ、どんな本を読んで、何を感じましたか?」
私の子ども時代は、他の人に比べると少し特異だった。
門限があり、すべてにおいてルールがあった。
家の中には「こうあるべき」が整然と並んでいて、
私はその枠からはみ出さないように、息をひそめて生きていた。
一度だけ、その枠から外れてみようとしたことがある。
そのとき、家族の間に大きな騒動が起きた。
――ああ、私がルールを破れば、家族は壊れるんだ。
その瞬間、私は思い知った。
それから私は、自分を押し殺して、人形のように「求められる子ども」でいようとした。
けれど、演じれば演じるほど、自分がどこかへ消えていくのがわかった。
私は、私のままでいられる場所を、どこにも持っていなかった。
そんな私にとって、本だけが「息ができる場所」だった。
世界のルールも、人の心の動きも、
愛や赦しという言葉の意味も、
すべて、本の中で知った。
なかでも、三浦綾子さんの本は、私のなかに静かに灯る、小さな火だった。
どの本にも、まっすぐな痛みと、やさしい問いかけがあった。
あるエッセイに登場する、死刑囚から三浦さんへの手紙の一節。
「家族の気持ちはわからないけれど、
あなたの気持ちはわかるから、あなたにだけ手紙を書いています」
その言葉を読んだとき、私はひとりで泣いた。
それは、まさに私そのものだった。
感情を押し殺していた私は、誰の気持ちもわからなかった。
いや、自分の感情さえ疑うようになっていた。
けれど、わずかばかり残った本当の私は
本の中の“誰か”を通して、なにかを伝えたいと思うようになった。
あの頃の私は、本を読んでいるときだけ、自分に戻ることができた。
誰の期待にも応えなくていい。
叱られなくていい。
笑わなくても、怒らなくてもいい。
そこには、ただ、「私」がいた。
本の中でしか、私は生きられなかった。
でも──だからこそ、私は生きのびた。
そして今、私は物語を書く。
たとえば、
誰かに迷惑をかけてはいけないと、教室の隅で息をひそめている子。
声を出したら壊れてしまいそうで、笑い方すら忘れてしまった子。
誰にも言えない痛みを、「わがまま」や「感受性が強い」のひとことで片づけられ、
ひとり、心を閉じてしまった子。
私は、そんなふうに息をひそめている“あなた”に向けて書いている。
今すぐ届かなくてもいい。
10年後でも、20年後でもいい。
いつか、あなたの手のひらに、物語がそっと灯りますように。
私の物語が、かつて私を救ってくれた物語のように、
誰かの「生きていてもいいんだ」に、なれますように。
そう思っています。
【詩のような物語】という、小さな物語たちを紡いでいます。
もし、今日の物語が、あなたの心にふれていたら
──それだけで、うれしいです。ありがとうございます。
これからも、日々の光や影を、そっと言葉にしていきます。
🌸【詩のような物語】🌸
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