64歳、初出勤。新天地で待っていたのは、料理より先にホコリだった。 #110
新店舗の厨房を2時間かけて大掃除。海を眺めながら、料理人としての再スタート……たぶん。おそらく。かもしれない。
昨日は、新天地での初出勤だった。
午前中、料理長からメッセージが入った。
「今日の午後1時から、新店舗で仕事を始めます」
前の日にも「明日から仕事です」と聞いていたので、特に慌てることもなく、仕事に行く準備を始めた。
ただ、私はまだ新店舗が工事中だということを知っていた。
なので、
「今日はたぶん、厨房の掃除だけで終わるだろうな」
と予想。
一応、カバンの中にはコック服と包丁を入れた。
しかし、格好は完全に掃除スタイル。
初日から華々しく厨房に立つ料理人ではなく、どう見ても「掃除のおっさん」である。
そして午後1時少し前、新店舗に到着。
料理長もほぼ同じタイミングで車で到着した。
車には、今までのレストランから持ってきた食材や調理器具が積まれていたので、まずはそれを新店舗へ運び込む。
そして店内へ。
予想通り。
いや、予想以上だった。
まだ工事中。
店内では、いろんな業者さんがバタバタと作業をしている。

厨房はある程度工事も終わりかけていたが……
ホコリだらけ。
まあ、そりゃそうだ。
新店舗なんだから。
ここで「今日から料理を作りましょう!」と言われても、料理より先にホコリを食べることになりそうだ。
料理長と相談した結果、初日は掃除をメインに進めることになった。


本格的な仕込みは明日から。
ということで、2時間ほどかけて厨房を掃除。
せっせと掃除をして、ホコリと格闘。
気がつけば、初日の仕事は完全に「料理人」ではなく「厨房清掃員」だった。
でも、これも新店舗を立ち上げるということなんだろう。
掃除が終わると、今度は料理長が注文していた食器類を棚に納めたり、調理器具を料理長が決めた場所へ片付けたり。
少しずつ厨房らしい形になっていく。
そして今回厨房を掃除していて思ったことがある。
厨房機器がほぼ新品だ。
よくあるのが、レストランは新規オープンなのに厨房機器は中古品を探して使おうとするオーナーが多い。
それをやっちゃうと、必ず使っていたらすぐに故障して仕事がはかどらない。
一気にテンションが下がる。
ところが今回のオーナーと料理長は違う。
ちゃんと心得ている。素晴らしい。
たぶん。おそらく。かもしれない。(笑)
そして一息つきながら、料理長と明日以降のスケジュールを打ち合わせ。
新店舗のメニューを写真を見ながら説明してもらった。
今回のレストランは、少し高台に建っている。
そこから見える海の景色が、とにかく最高だ。

サロンとテラス席を合わせても、席数は20席ほど。
大きなレストランではない。
その分、落ち着いた雰囲気で、ちょっと高級感もある。
料理長が考えた料理も、これまた高級感があってお洒落だ。
写真を見ながら説明を聞いていると、
「これは、ちょっと作りがいがありそうだな」
と、料理人の血が騒いできた。
今から腕が鳴っている。
まあ、腕が鳴る前に腰が鳴らないことを祈るしかないけど。
今回の新店舗は、今まで働いてきたレストランとは少し勝手が違う。
何より、新規オープンだから「古株」という存在がいない。
今までの職場では、仕事はそれほどできないのに、なぜか偉そうに先輩風を吹かせる人がいたり。
「俺のほうが長くいるから」という理由だけで、妙に上から目線だったり。
時には、知ったかぶりをする若い人から教えてもらうこともあった。
まあ、こういうのも飲食業界では、ある意味「あるある」なのかもしれない。
でも今回は、それがない。
変な人間関係もない。
妙な派閥もない。
余計なストレスもない。
これは、かなり大きい。
だから今回、自分が心がけたいのはひとつ。
料理長が働きやすいように、しっかりサポートすること。
自分の経験を押しつけるのではなく、必要なところでは意見を出し、料理長が考えていることを理解しながら、一緒に新しい厨房を作っていく。
それが今回の自分の役割だと思っている。
そして何より……
海が見える。
これ、大事。
仕事で疲れても、ふと顔を上げたら海が見える。
なんだかんだ言って、カナリア諸島で生きている自分にとっては、これだけでも贅沢な環境だ。

そんなこんなで、初日の仕事が終了。
ホコリまみれにはなった。
でも、気持ちのいい汗をかいた。
そして何より、久しぶりの仕事を楽しむことができた。
無職になってから、いろいろ考えた。
この先どうなるんだろう。
もう一度、ちゃんと働けるのかな。
64歳になって、新しい職場に馴染めるのかな。
そんなことも考えた。
でも今日、久しぶりに厨房に立ってみて思った。
やっぱり俺、料理が好きなんだな。
明日からは、本格的な仕込みが始まる。
いよいよ料理人としての仕事が始まる。
……たぶん。
おそらく。
かもしれない。
(笑)
まあ、人生なんてそんなもんだ。
とりあえず明日は、包丁を握ろう。
ホコリじゃなく、ちゃんと食材を切るために。

2026/7/22 カナリア諸島より
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