吹雪の街で

その後も、夕方までマリアは忙しく働いた。

「マッコ……店長。空いてる机で勉強してもいい?」

マッコイは調理しながら、背中越しに言った。

「ああ、もちろんいいさ。そのうちローザも来るだろうしな。
……それより、お前、オレを“店長”って呼べるようになったんだな」

マリアは少しだけ微笑んで、ローザの作ったテキストを開いた。


「マリア! 遅くなってごめんね!
マッコイさん、こんにちは!」

ローザが店に入ってきた。
外の冷たい空気が一瞬だけ店内に流れ込み、すぐに暖かさに溶けた。

「ローザ。今、勉強してるとこなんだ」

「あ、ごめんなさい。じゃあ私、店番やるわね」

ローザはエプロンを結び、店頭へ向かった。
その背中を見送りながら、マリアは静かに文字をなぞった。

店内は、コーヒーの香りと、客の話し声と、鉄板の音。
その中で、マリアは勉強し、ローザは働き、マッコイが見守っている。
それだけで、胸がじんわりと温かかった。


ローザがひと段落すると、マリアの机に戻ってきた。

「マリア、笑顔で言うの。“良い一日を”って……ほら、練習よ」

ローザは気長に、何度も付き合ってくれた。

練習が終わると、マリアはポケットから10ドル札を出した。

「ローザ……これ……昼にお客さんからもらったんだ……
あたし、初めてチップってもらった……」

ローザの顔がぱっと明るくなる。

「すごいじゃない、マリア!
あなたの働きぶりが認められたってことよ!
マリアは本当にすごいわ!」

その勢いに、マリアは照れながらも嬉しくなった。

「ありがとう……ローザ」

自然に出た感謝の言葉に、ローザはにこにこしていた。

「今日はね、マリアにプレゼントがあるの」

ローザはスクールバッグから、色んな形の消しゴムを取り出した。

「これ、まだ使えるのに友達が捨てちゃうの。
もったいないから集めてたんだけど……
マリア、よく勉強してるから、あなたにもあげようと思って…こんなの…変かな」

「変なんかじゃないよ……ありがとう、ローザ……
大事に使うよ」

マリアはそれらをパライソの菓子箱で作った筆箱にそっとしまった。


夜になり、マッコイが声をかけた。

「じゃあまた明日な。気をつけて帰るんだぞ」

2人は店を出た。
ブルックリンの街には、いつの間にか雪が積もっていた。

「コートがあっても寒いわね……」

ローザはマリアに身を寄せて歩いた。
街灯の下、2人の影が寄り添うように伸びる。

横断歩道で立ち止まったとき——

「マリア? マリアじゃねえか」

質屋のカールが声をかけてきた。

「やあ、カールのおっさん。この子はローザ。
勉強を教えてもらってるんだ」

「ローザです。こんばんは、カールさん」

「カールさん、その隣の女の子は……?」

「ああ、この子か? 姪のナタリーだよ」

ナタリーのコートが、街灯に照らされて淡く光った。
その色を見た瞬間、マリアの胸が凍りついた。

(……ローザのコート……)

カールが言った。

「おお、そうだマリア。
お前が売りに来たこのコート、ナタリーが気に入って着てるぜ。ありがとな」

ローザの足が止まった。

「……亜麻色のコート」

「ロ、ローザ……あれは……金が必要で……」

「……あのコート、亡くなったおばあちゃんがくれた……
大事なコート……」

「ローザ……」

ローザの声が震え、次の瞬間、弾けた。

「マリアなんて嫌い!
私の大事なコートを売っちゃうなんて……ひどい……
もう友達じゃない……!」

ローザはマリアを振り切り、
吹雪の街へ駆けていった。

マリアは追いかけられなかった。
足が、雪に縫い付けられたみたいに動かなかった。

街灯の下、
白い雪だけが静かに降り続けていた。

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