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「存在」「意識」「海」

1.意識は脳に先立つ

死後の世界について、古来より
意識と心を海と波のたとえとして、
和尚はもとより
多くの賢者たちが説いてきた。
それを一流の科学者が数式で解いた論文を
なかったものとして社会は葬った。
ところがその論文は今も、
消されないで読まれているのだという。

その論文が世に出されて困るのは
①    脳科学者
②    宗教
③    製薬業界

この三つの者たちである。

脳科学者は脳が意識を作り出しているという前提で
莫大な予算をつぎ込んでいる。

宗教学者や聖職者や僧侶は、一般市民と
神をつないでくれているありがたい存在である。
そこに「すべての人の意識が根っこで直接つながっている」
ことが明らかにされれば、彼らの権威は失われてしまう。

製薬業界は
いままでこころのうつ病は、向精神薬で治せるものとして
医者も患者も信じて疑わなかった。
しかし、実は脳は意識をとらえるアンテナであり、
その精度を薬がチューニングして、不安なことや恐怖
そして嫌な情報を薬で抑えているに過ぎない。
根本療法は意識そのものの側のもつれを説かないといけない。

そこでカウンセリングが重要になってくる。
ところが、昨今のうつ病患者の多さに比べれば
それに対処する専門のカウンセラーの数が全然足りていない
そこで医者が手っ取り早く、脳のアンテナを操作できる
向精神薬という対処療法に頼って、処置する。
患者はいつまで経っても薬を飲み続けねばならない。
そこで儲かるのが医者、特に製薬業界なのである。

このように「意識が脳に先立つ」ことが証明されたら
現代社会は困るのである。

以下、世界の預言ミステリーから引用する
製薬業界が震撼】〇後の真実を暴いてはいけない...半年で消された最新論文【ゆっくり解説】【都市伝説】

日本の長い歴史の中で、心は外からくる、
物より繋がりが先という感覚をずっと当たり前に受け入れてきた。
数百年前に物ありきで始まった今の科学、
2600年以上前から心を中心に世界を見てきた日本の感性
世界の本質をとらえているのは、果たしてどちらか?

世界の預言ミステリー

隠された論文が示すものは‥
死後は無じゃない。
あなたという波が、大きな意識の海へ還っていくだけ
水は一滴も失われない。
あなたを形づくったものは、海に溶ける

同じ形の波は、二度と立たない、ということ。
水は還る。それでも、
あなたという波は一回きりよ

世界の預言ミステリーより

2. 海 、ブラフマン?

OSHOが「存在」について語るとき、
それを海にたとえた文面が幾つか散見する。
そのなかから
人間や動植物、地球上の岩や鉱物にも意識が宿るといい、
その発生過程は、他の要因や条件が揃うことで(原因)創られた(結果)。

OSHOはいう
‥‥だから波は外側から、表面につくりだされた付随的なものだ。
海はそれとはまったく異なっている。
すべての存在についても同じことが言える。
木もまた波であり、岩もまた波だ。
そして岩の、木の、人間の背後には、同じ海が隠れている。
「ウパニシャッド」はこの海を「ブラフマン」と呼ぶ。
ブラフマン、究極の魂、絶対的な魂は、このまさに海だ。
だから人間を見るときも、
その表面にしがみついてはいけない。
ただちに深みにおもむいて、
そこに隠れているブラフマンを見なさい」

「英知の辞典」和尚OSHO/めるくまーる社刊、1996

生き物の身体の階層において
第五身体で自分自身を生み出す、それが「アートマン」
海という大海のなかのひとつの「泡」が個々の意識の断片であれば
アートマンはその意識の断片が、海の最深部へ消えていくための
最終関門なのだろうか。

3. 「存在」においてつながる意識

人間の心に戻ってみよう
「マインド」「エゴ」という名で呼ばれている
この人の心は「さざ波」のように移り行くものであり
固定的なものではない。
移り行くものは「個性的」なものであるが
再現が不可能なものであるかゆえに
光が差し込むと、ひときわ輝いて見える

「さざ波」が海に溶け込むとき
そこに意識で満たされた海がある
私たちは、故郷である海を思い起こすとき
そこに個々の消すことのない思い出という記憶の断片があり
表面的な他者とのつな がりの場所がある

4.生まれることも死ぬこともない海

そこに私たちは現世で得た体験からの記憶を
死んでいくときに、新たに付け足していく
それが連なった先に「アートマン」があり
私たちは意識でつながっていると感じる
その先には、宇宙意識という「ブラフマン」がある

そんなふうに思ってみたら
私たちは、決して独りぼっちなんかじゃないのだ
という予感とともに
つらい現実でも力強く生きる気力が芽生えてくる

私たちの思考の迷妄の元である
「マインド」を超えたところに
OSHOのいう「存在」の秘密がある
それを知る術は、「愛」か「瞑想」だという

だけれど、現代人にはそれも難しい
心というもののの正体を感じ取っていた
2600年前の日本人のほうが、まだ
OSHOに近かったのかもしれない

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