本日の社長動静ー番外編 2.「過剰思考性歩行障害」
舞台衣装合わせの帰りだった。
今日は珍しく、羽田悠介が現場に同行していた。
社長自ら、というだけで現場がざわつくのに、当の本人は終始落ち着かない。
——いや、落ち着いている“つもり”だった。
車内では、紗衣が衣装の話をすると、必要以上に真剣に頷き、視線が合うと、なぜか窓の外を見る。
嬉しい。
だが、恥ずかしい。
しかも、両方が同時に来る。
地下駐車場から、直行エレベーターへ。
「じゃあ、戻ろっか」
「はい」
たったそれだけの会話なのに、羽田はなぜか背筋を伸ばしすぎていた。
——変に意識するな。自然に歩け。
エレベーターが、静かに社長室フロアへ到着する。
チン。
扉が開いた。
そこにいたのは——
黒木美咲だった。
無表情。
腕組み。
そして。
その隣に、車椅子。
「……」
一瞬、時が止まる。
羽田の脳内で、警報が鳴り響いた。
(なぜだ)
(今日は普通に歩けている)
(スキップしていない)
(小走りもしていない)
(右手と右足も——たぶん、別々だ)
「黒木」
できるだけ平静を装う。
「これは、どういう——」
その瞬間だった。
黒木が一歩、横にずれ、車椅子を“すっと”前に出す。
「社長」
淡々と。
「念のためです」
紗衣が、二人を見る。
「……え? 社長、足、悪いんですか?」
——まずい。
羽田は、反射的に声を張り上げた。
「違う!」
そして、勢い余って叫ぶ。
「俺は歩けないのではない!"考えすぎている”だけだっ!」
——沈黙。
エレベーターホールに、言葉が反響する。
黒木は、少しも表情を変えずに言った。
「ええ。ですから——“考えすぎた社長用”です」
車椅子のハンドルを、軽く叩く。
羽田は信じられないものを見る目で黒木を見た。
「……何を言ってる」
黒木は、すっと手元の書類を一枚差し出した。
「診断名」
淡々と、読み上げる。
「過剰思考性歩行障害」
一拍。
「誰が出した!」
即座に叫ぶ羽田。
黒木は即答する。
「私です」
「医師免許は!」
「ありません」
「じゃあ無効だ!」
「社内では有効です」
紗衣は、二人の間を交互に見てから、恐る恐る言った。
「……その、社長……それって、重い病気なんですか?」
羽田は慌てて首を振る。
「違う!俺は歩けないわけじゃない!ただ——」
そこまで言って、言葉に詰まる。
黒木が、すかさず補足する。
「ただ、考えすぎると全身に意識が回って崩壊する」
「余計な説明をするな!」
黒木は無言で、車椅子のブレーキを外した。
「社長」
低く、しかし確実に逃げ場を塞ぐ声。
「本日は
・紗衣さん同行
・地下駐車場直結
・社内目撃者多数」
「——以上を総合的に判断し」
一拍置いて、
「歩行はリスクが高いと判断しました」
紗衣は、少し困ったように笑う。
「……社長」
その一言で、羽田の心拍数が跳ね上がる。
羽田は、紗衣を見た。
「わ、わかった……」
しぶしぶ、車椅子に手をかける。
座る直前、ぼそっと呟く。
「……こんな屈辱があるか」
黒木は即答。
「あります」
「どこに」
「明日以降です」
——完敗だった。
その日、社長は**“考えすぎた社長”として**
堂々、社内を移動した。

(了)
「社長、それは生活です!」
第一話 「戸籍」
https://note.com/chic_kalmia3531/n/n9e6fbebcbe26
