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カート・ヴォネガット・ジュニア『スローターハウス5』を読んで「決定論的世界観」について考える

『スローターハウス5』という小説は、主人公ビリー・ピルグリムが時間を行き来しながら、順不同で自分の人生の様々な場合を追体験していく物語である。
大富豪の娘と結婚したり、宇宙人に誘拐されたり、第二次大戦でドイツ軍の捕虜になりドレスデン大爆撃に遭遇したり、ビリーは波瀾万丈な人生の場面場面を何度も追体験していく。

カート・ヴォネガットという作家をより楽しむためには、一つの作品で終わらずに複数の作品を読んでいくことをオススメする。各作品同士は続編やスピンオフ的な関係ではないのだが、共通のモチーフや世界感がいくつも出てきて、それだけで楽しくなってくる。
例えば、この作品にも登場するキルゴア・トラウトというSF作家や、エリオット・ローズウォーターという大富豪は、ヴォネガットの他作品にも何度も登場するキャラクターである。
トラルファマドール星人という宇宙人もそうだ。この宇宙人は、『スローターハウス5』にもヴォネガットの代表作『タイタンの妖女』にも登場する。
そしてこの宇宙人の世界の捉え方が非常に面白い。彼らは、我々人間とは全く違う形でこの世界を捉えている。その世界観は『スローターハウス5』という小説の根幹を成している世界観であり、カート・ヴォネガットという作家の根幹を成している世界観と言ってもいい。

我々人間は、「時間」と「空間」を合わせた「四次元時空」としてこの世界を捉えている。だが、トラルファマドール星人にとってのこの世界は、おそらくもう一次元多い。この世界の始まりから終わりまで、全ての時間を俯瞰で捉えることができるのだ。それによって時間はほぼ意味をなさなくなる。
一方向にしか進まない「時間の矢」に囚われて生きている我々人間は、過去に戻ることはできないし、全ての経験は一回きりのものである。「死」は「終わり」を意味する。だが、トラルファマドール星人にとって「死」は「終わり」ではない。「死」ですらただ一つの出来事に過ぎず、生きている時間のどこかに戻りたかったら戻ればいいのだ。(「戻る」という表現も違うかもしれないが…)

『スローターハウス5』では誰かが命を落とした時、必ず同じセリフが綴られる。

そういうものだ。

伊藤典夫・訳

こういった「決定論的世界観」は文学や哲学、物理学や生理学の世界で度々語られる訳だが、私の解釈では2種類に分けられると思う。

一つは、「因果律」に則った考え方である。何らかの事象にはその原因があり、その原因にはさらに何かしらの原因の原因があり、さらに原因の原因の原因があり……。というように考えていくと、この世界の全ての事象は誰かの「自由意志」によって変えられるものではなく、過去の積み重ねや物理法則によって全て決まってくる、という世界観である。
マーク・トゥエインが『人間とは何か』の中で語っていることや、「ラプラスの悪魔」という物理学の思考実験はこの考え方に近いと思う。

もう一つの決定論の考え方は、138億年前に宇宙が始まった瞬間から現在まで、そして未来永劫に至る全ての事象があらかじめ決められたものである、という考え方だ。この考え方によれば、我々はその全てが決定している世界に投げ出されただけであり、この場合は「自由意志」だけでなく「時間」も幻想に過ぎないことになる。そこには「因果律」も存在しない。『スローターハウス5』の世界観、トラルファマドール星人の世界観はこちらの決定論に属するだろう。
ちなみに、クリストファー・ノーランの『TENET』や、テッド・チャンの『あなたの人生の物語』(映画『メッセージ』の原作)もこのタイプの決定論による物語だと私は考えている。

どちらの「決定論的世界観」が真実なのかはわからない。どちらも真実ではない可能性も充分にある。だが、私はこの「決定論的世界観」に強く惹かれる。
それは、弱者に寄り添った世界の捉え方だと思う。何か問題を抱えている人に「それはあなたのせいではないよ。元々決まっていたことなのだから」と言ってくれているような気がするのだ。

カート・ヴォネガットは、どんな境遇であっても平和を望ぞみ、世界を楽しもうとしていた作家だったと思う。そんな大好きな作家の世界の捉え方に私は共感したいと考えている。

最後に、『スローターハウス5』の中に出てくる言葉を一つ紹介したいと思う。これは、私が自分の人生を生きていく上で大切にしている言葉でもある。
この言葉を読むと、「決定論的世界観」をベースに作品世界を作ってきたはずヴォネガットが、実は人間の「自由意志」を信じる必要性も感じてはいたのではないか、とも考えられる。
どんな世界観を信じて生きていくかなんて、その場その場で変わってもいいし、一貫している必要などないのかもしれない。

神よ 願わくばわたしに
変えることのできない物事を受け入れる落ち着きと、変えることのできる物事を変える勇気と、その違いを見分ける知恵をさずけたまえ

伊藤典夫・訳

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