53「観察してたつもりで、何も見えてなかった話」
とある理由で滋賀から東京に行くことになった
その理由はまだ言わない
その春
東京に行く前に
髪を整えておこうと思った
車で走っている時に
偶然見つけた床屋に入る
初めての店だ
まぁ…ええやろと
俺の悪い癖で
これがあかんねん
案の定
仕上がりは微妙だった
でもな
渋々納得した
…あまり髪型に注文を出せない人間やからな
『お兄ちゃん、あれやなぁ
どの髪型しても似合うなぁ
羨ましいわっ』
「あ、そうっすかー」
丁寧に褒められて
その気になってた
翌日
東京に向かった
当時24歳
降り立ったのは大森(大田区)だった
駅前で
真琴(仮)と合流する
第一声だった
『ちょっと銀狐ぇ〜ありえないんだけど………………www』
「そうかぁ?別に悪くないと思うけどな」
…この時点で少しズレている
そして駅から10分くらいのアパートまで歩く
その間
会話の途中で
何回も頭を触られる
確認やろな
でもな
その度に
ちょっとずつ削られていく
『やっぱその髪ヤバいって』
1回や2回じゃない
体感で7回くらいは言われた
普通の会話の流れの中に
急に刺してくる
あれなぁ
最初は笑ってたんやけどなぁ
途中から
侵食してくる
自分の中の「まぁええか」が
削れていく感じや
人ってな
同じこと繰り返されると
そっちが残るねん
可愛い顔して言ったらあかんやつやで
あれ
地味に効く
ドアの前で
『まぁ、そんなに広くないけど、入ってー』
「ほな、お邪魔するで」
扉を開ける
…いや待て
広い広くないの問題ちゃう
汚ねぇ…。
人の髪見て笑ってる場合じゃないやろ
どうやらそっちはそっちで
片付けられないタイプらしい
ぬぅ…
センスのズレた男と
部屋を片付けられない女
まぁ
よくある話だ
いや、ねえな。
翌日
『とりあえず美容室行こう』
その一言で決まった
あいにくその日は日曜日
結局
その髪はどうにかした方がいいらしい
てくてくと2人で歩いて見つけた店
(BLUE…Styleだったと思う)
山王通りにあった店だ
…さっき調べたらまだあったわ
予約もせずに入る
通され別々に座る
それぞれにスタイリストがつく
『今日はどうしますぅー?』
自分とあまり変わらない年齢の
女性だった
「この髪があまり良くないって言われたんで
どうにかそれっぽくしてほしいんですよね」
帽子を外す
その時の目は覚えている
驚きではない
笑いを堪えている目だ
いや分かるで
その顔になる気持ちは分かるけど
目に出てもうてるでぇ。
ただな
ここは東京だ。
その地で手腕を振るうスタイリストやろ
これは間違いないでぇ…!と
何故か頑なに思っている自分がいた
でもな
笑いのツボってやつは
どうやら人類共通らしい。
施術の途中だったか
奥に下がった時やな
笑い声が聞こえた
気のせいではない
客は2人しかいない
自分と真琴だけだ
しかもな
真琴の方からも
笑い声が混ざっている気がする…
いや待て
やめろ…
そう思うほど
そっちに寄っていく
どうしても
自分に向けられている気がしてならない
それくらい
不安ってやつは勝手に膨らむ
あれな
霊感商法が蔓延る理由
ちょっと分かった気がする
施術が終わる
どうにかなった
見せられる形にはなった
滋賀の床屋のオッサンには悪いが
あれは“おまかせ”やない。
“でまかせ“や
外に出る
真琴が言う
『おー、良くなったじゃん。行って良かったね』
「…せやなぁ、まぁ良かったな」
ただな
「プライドはズタズタや」
『まぁ笑うでしょ。あれはないっしょ』
「まぁそんな言うなや
俺はもうちょっとこーしてほしいって言ってたんだけど
オッサンがこっちがええって切りよったんやがな」
都合よく
その場にいない人間のせいにする
あれな
便利やで
『じゃあ一旦帰ろう。ご飯でも食べてさ』
「そやなぁ…ところでお前はどこ切ったんだ?」
『……んー。多分そういうとこじゃない?』
…俺は何を見ていたんだ
