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178 The Homeward Wind

インドネシアの男が1人
会社から去った
俺の中では異国の弟だと思ってる

これまでの思い出として
いや、忘れないようにと書き綴ろうと思う

彼の名はナス
歳は35歳、13歳もも離れてるが可愛らしい弟みたいなやっちゃ

初めて来たのは2024年12月

俺は浄水場の現場で職長をしていた

『今日から2人入ったから、銀君の現場で1人使ってやってくれないか?』

と。
俺は別に誰と一緒に仕事することに抵抗はないから
二つ返事でオーケーと

現場に入って書類関係は全部会社がやるものだから特に問題はない
そして、彼らは仕事をする前に日本語学校に1ヶ月勉強することとなる

それから就職先にやってきて就労となるのだが
学校は最低限レベルの日本語を教える為に、会話はさほど成立はしない

突っ込んだ話をお互いするのであれば
アプリなどを使い、辿々しい翻訳機能で説明するしかないくらいである

まぁ、自分が彼の人となりもわかってないといけないから、ある程度お互いの部分を話していこうとアプリを開いたりして会話をした

まぁ、仕事するレベルの話では全然問題無いし、むしろやってみたいというのであれば下手すりゃ怪我するかもしれない仕事でもやらせた

まぁ、出来るだろうと思ってるからだ
それくらい俺の判断で判る

周りはガチャガチャ言ってくるけど
「心配するな、俺の責任でやってるから口出すんじゃねぇ」

そして、浄水場の仕事も利益は出る
そんなナスと2人で常時いても仕事を有益に進めるのは苦ではない

たまに手が掛かるとこだけ増員すれば良いのだ

やり方次第でどうとでもなるのだ

次第にアイツは俺のことを

『アニさん』と呼ぶようになる
2024から2025年の10月くらいまではほとんど俺の現場に一緒になるし、俺が面倒を見るから俺に付けとけば良いと

もう1人の若い子もたまに現場で一緒になるが、彼も彼で仕事に対しては勘が良いもんだから問題なくこなしてはいる


そしてそんな中、雑談でよく聞かれる
日本の季節
雪は降るのか?桜は見れるのか

『日本は好きです、ずっと来たかったです。』

「そうか、せっかく来たんだから仕事以外でも日本の季節や、雰囲気、そして空気を覚えて帰ればいいさ」

そんな話をしてた時は秋風が通り抜け
やがて訪れる冬へと
彼らは南国からやってきたもんだからその寒さを初めて味わうこととなる


そうして2ヶ月を過ぎた頃だろうか

そんな二人にぶつかってしまう問題は
やはり文化、言葉の壁になるのであった

『何回言っても解らねぇ』
『解らなかったら解らないで聞け!』
『アイツ、怒られてるのにずっと笑ってやがる』

いや、違うんだよ
根本的に考え方がさ

と、言うのも彼らに解らなかったらどーのこーのとか
言葉で威圧しても、彼らは解ろうと怯え
そして、苦手になればなるほど
仕事云々よりも怒られないための行動を取るってことがわからないのか?

って異常性が垣間見える

相手に理解を求めるから
そんな言葉しか出てこない
自分が楽をするためにソイツらを使ってどうにかしようって思ってるから
そんな態度が出てるんだろう

だけど、言ってもわからないんだろうしな
俺は言うのをやめた

「期待しすぎてるからでしょ?」

その言葉だけを置いておいた
理解できれば良いだろうけど
多分、分からないだろうなぁ…

自分が異国の地に行ってわけ分からず怒られて、それでも帰れない状況にならないと分からないんだろうな…


そんな仕事以外でも辛いことばかりでもなく、笑い話とかは普通にある

彼の文化はイスラム教がすべてであり
それが中心となって彼を支えている

豚肉は食べてはいけません
酒は飲んではいけません
性行為は結婚してからじゃないとダメ
ラマダンは日の昇ってる時はご飯は食べてはいけない

他にも色々あるそうだが、その教えに背くと地獄に落ちるのだとか

うんうんと俺も聞いてるが

「どうだ?ラーメンのチャーシューうまくね?」

『おぉー美味しいですねっ!これは何ですか?』

「チャーシュー?それはなぁ…豚だ」

『おぉぅ!何という…』

「誰も見てねーから良いんじゃねーのか」

『誰も観てないからいいです。おいしいです』

あっさり裏切りやがった

他に出張に行って2人で飯食ってる時も

『アニさん…ビール美味しいですか?』

「お?なんだナス、興味あるのか?んでも飲めねーだろ?」

『いえ、飲めます。でも…妻には内緒にしなきゃいけません…、アニさん言わないでくれますか?』

「お、おう
ってか、お前の妻とどうやって話すんだよ。飲みたきゃ飲めよ」

生ビールを一杯頼んだら
美味しそうに飲んでいた…

いや、イスラム教って
なんやねん

ただ、顔を赤らめて妻に動画で電話してた時は、一丁前に旦那の顔になってやがる。そんな彼には2人の男の子もいる

横から
「お前の旦那、酒飲んでるぞっ!」

と、チャチャを入れたが、当然伝わらなかった
だから動画越しに軽く挨拶だけしておいた

とまぁ、宗教ってのはそんなもんだ

もう1人の彼なんか
アメリカンドック、肉まんを毎日のように食ってる

やっぱり豚肉は美味しいらしい
そりゃそうだ、日本の加工食品は大体美味い


やがて訪れた春先
桜が街を染める頃、彼はは嬉しそうに写真や動画をFacebookにあげていた

『アニさん、どうですか?見てくれてますか?』

「お、おう。適当にな」

最初は見てたが途中で飽きて見るのをやめた
母国語で何言ってるか分からないからな

そんな桜の咲く河川敷を楽しそうに自撮りしながらの動画

「腹立つわぁーシバいたろかなぁ」

時折見せる奥歯が虫歯で黒くなってる
それでもなんか一生懸命に日本の良さを母国の仲間、兄弟家族に送ってたようだ

そんな姿をみて可愛らしいもんだと思っていた自分もいた


そして迎える初めての夏
生ぬるい風が頬をすり抜けるのを感じながら話をしていた

「インドネシアの夏はやっぱり暑いのか?日本とどう違う?」

『インドネシアはもっと暑いです、しかし日本の夏のほうが暑いですねぇー』

「ふぁ?!」

湿気の違いなのか?彼らはどうやらそう感じるそうだ
途中で何言ってるか分かんねぇ…。
仕事すっぞ!と

まぁ俺は会話はある程度ほんわかで、後はニュアンスでどうにか感じりゃいい。
面倒に考えるのは好きじゃないからなぁ

仕事以外の雑談は結構雑に話してた
それでも大体会話は成り立ってたからな。そんな中彼らの生活は

毎日仕事が終わり、自分達で自炊をし僅かな時間で家族と電話をする
そして、また次の日を迎え朝早くから朝飯、昼飯と

休日もそんなに出かけることなく家にいることが多かったそうな

主夫兼仕事を毎日やってりゃ当然時間なんて無いもんで
そんな生活してても給料は高いかと言えばそんなわけもなく
明細を見てびっくりしたのは覚えてる

そして、彼らは日本に来る前に借金をして来るものだから
給料の4分の3くらいは国に返してるそうだ

残った金で生活をする…
留学生として3年もやるっていうのだから…そりゃ日本人からすれば当然無茶なレベルであるっていうのは容易に想像もできる

そして社長が言うには
そんな苦しい状況の彼らに手助けとしてのお金の譲渡や物品の譲渡は組合が辞めてくれと言ってるそうだ

…そりゃ組合が言ってるなら狂ってるんじゃねぇか?と疑問には思ったが
水面下で助けてりゃいいやと俺は思ってた

まぁ、社長のでっち上げだろと適当には思っていたが…

コイツらはこういうとこが人間じゃねえな。

すでにお気づきだと思うが
宗教で地獄に落ちるってのではなく

ここに来たのが既に地獄だったのである


俺は前例を見てるから
2人には話していた

「俺も会社ではこういう立場で仕事とかある程度の面倒は見るつもりでは居る。その中でも、尊厳までは守れない。そして、お前たち2人もその人間性を否定されるのであれば、迷わず逃げろ。その時は俺は黙ってる」

ある程度翻訳しながらだからニュアンス完全に伝わってるかわからんが、2人は首を縦に振った

『わかります』と


彼らが訪れてから2回目の秋が巡ってきた
まだ少しだけ暑さが残っていた暑いのか涼しいのかよく分からない風が街を包む

そうして、浄水場の仕事も終わり2025年の10月から俺はJR工事の夜勤がメインになる

俺はナスを連れていきたかったが
『外国人が現場で事故を起こす傾向が高い』
と、言うことで元請けの面接が必要となる
それにパスしないと現場に入らせることが出来ないもんだから

「二人とも死ぬ気で受かってこい。当日は俺も横にいるから安心しろ」

そして日本語の会話のマニュアル、JR工事に対しての覚えて置かなければならない事。
そんな書類を理解させるために二人と
勉強会みたいに結構な時間を費やしたのもあったな

本質の理解なんか後でいいからとりあえず覚えろ
わからない部分は聞け
読んでとりあえず言葉を頭に入れればいい
面接に対応が出来るかどうかが問題だから頑張れ
じゃないと、分かるだろ?
俺と仕事してる時と、そうじゃない時は

自分で言うのもあれだが
俺と現場が一緒になって嫌だと言う人間は一人もいない
これだけは自慢してもいいくらいだ

とにかく波風を立てたくないから
怒鳴らない!怒らない
だけど進める

やるときはみんなで気合い入れてやる
ただそれだけだ

そうすりゃ現場なんてうまく回るもんだ

ガチャガチャ言ってるから進むもんじゃない

それを2人は解っていたから、頑張って覚えた
そして、2人を連れて面接に向かった

結果は、ギリギリ落ちた
横で聞いていたが、質問の仕方がおかしいなぁ…
意地悪なオッサンだと

日本人でも首を横に向けるような話し方
それで対応が出来ないからって
わざと落とすためにやってねーか?
と言わんばかりである

他の外国人は知らねーが、この二人は入るなら俺が面倒きっちり見るからと思ってたが、それも叶わず…

そうして、そこから俺もナスは一緒に仕事することが無くなってゆく


彼らにとっての2度目の忘年会
冬休みを過ごし

念願だった雪も降ったもんだから願ったり叶ったりだったのかもしれない

吹き抜ける風に身震いをし
昼間にたまに訪れるアイツらを見ながら調子はどうかね?と聞くたび
小さな笑顔を浮かべた

たまに日勤で一緒にやるのだが
日に日に顔に笑顔が消えていったのは見ててわかった

「どうだ?調子は」

『おぉ…アニさん。体は…元気です。けれど、心は痛いです』

「そうか…しかしお前痩せたな
今何キロだ?」

『あぁ、分かりません
だけど…多分10キロは痩せた』

「測ったのか?」

『測ってません』

そうか…

とまぁ、今年の3月位の話である
もう仕事もそうだし、プライベートも干渉され
やることなすことが怒られて
心が相当疲れていた

一時は自分の子供がバイクで当て逃げされてすごく心配してた時もあったり

『アニさん、お金をもっと稼ぐにはどうすればいいでしょうか?』とか

『歯が痛くて助けてほしいです』と、朝早くから電話が来たりとか

色々あったな…


2度目の桜を眺めた頃か
淡く柔らかい空気がまた鶴見川を包んでいた

桜を見上げる画像がまたFacebookに上がってた

『私はここで何をしてるのだろう…』
そんな一文を目にした

そうだ
もう頑張らなくていい
お前はここで得ることはもう無い

苦渋の決断だったのだろう
まだ借金も背負ってる
妻、子供のために頑張らなきゃと言う想いももう届かなかったのかもしれん


この6月の半ばで辞めるって話を聞いたが

「あぁ、そうですか…色々限界だったのでしょう、仕方ないですね」

いや、社長の気持ちもわかる

だが、理解ってのを間違えたんだな
だから、こうなるのはわかってたことだ

そして、本来の筋道としては1ヶ月前から言わなきゃいけない話だったのが突如となったもんだから、またまたすったもんだの話になる

突然でもちゃんと辞めますと言うだけ立派である。飛ぶよりよっぽどマシだからね

6月の終わりが最後の出勤
そうして2日後にこれを書いているが
俺は前日の日勤の帰りにナスが会社に来ていた

出国は7日になるのだが、俺は立ち会うことはできない

だからその夕方
最後の挨拶と書類の関係だったもので
実質会うのは最後なんだなと

そんな彼は憑かれてたものが落ちたかのように清々しい顔をしていた
俺の中ではインドネシアのムーディ勝山だなぁと思ってたものが今はちょっとやつれて全然似てなかったが

それでも凛とした佇まい
最後の最後まで社長と話が噛み合ってなかったみたいだが、まぁ良いんじゃねえか?もう終わったことだしなと

そして話が終わったナスを呼び止めた

「全部終わったのか?」

『はい、終わりました』

「そうか…寂しくなるなぁ、ナスよ」

『…はい。…そしてアニさん…』

「ん?どした?」

『1年6ヶ月…本当にありがとうございました…』

目に涙を浮かべ、この一言を言うために
覚えたのだろう…
俺はそんなナスを直視出来なかった

「そうだな…お前はよく頑張った。本当にお疲れさんやぞ」

淡々と終わらせようとしたんだが
そんな精一杯が胸を締め付ける

手を差し出した

「帰っても忘れんなよ、嫌なことが多かったけどこんな日本人もいるってことはな」

『はい…』

固い握手を交わしたあとにナスはボロボロ泣いている

馬鹿野郎、大の大人が泣くんじゃねぇ…

「帰ったらたまにはLINEでもしてこい。家族と久しぶりに会えるんだし写真でもよこせ」

『送ります、約束します』

「じゃあ俺は見送りはいけないが今日ここでお別れだ。元気でな」

『ありがとうございました…本当に』

「またいつか、来いよ。」

そう言ってバイクに跨り出ようとした

最後にハグをさせてほしいと

馬鹿野郎。慣れてないんだからやめい!

だけど本気の男泣きってやつで魂が震えたわ

数秒だが、それでもいいさ

そんな不器用な男が日本と言う地で
ただ頑張った。
それでも心が折られて去ってゆく

けれど、俺は一生忘れることも無いし
忘れてほしくもない

ただ、記したかった
この話が風化するかどうかは分からないけど
描きたかっただけだ

いつか何かのカタチで届いたら面白いけどな

母国に帰ったら教えてくれ

そっちの風はどんな感じだったかを…

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