210 一通
『はじめまして、メル友になってくれませんか?なってくれたら嬉しいです』
スカイメールと言うやつだった
当時はランダムで誰かが誰かに番号を適当に入れて送ってたのが流行ってたのだろう
仕事の朝に届いて開いてみたら
そう記されていた
番号とかは載っていない
けれど何だろうなぁ…日々の生活のなかにいきなり飛び込んで来た刺激
思わず慣れない手つきでボタンをカタカタ押した
「良いですよ、俺で良かったらメル友になりましょう!」
そんな小さなやり取り、メールを使った会話はそんな些細な出来事から始まった
『あっ…良かった!届いたのですね。でもどうしよう、ちょっとドキドキしてます。』
当時は1通メールを飛ばすと僅かながら料金が掛かった
受信側は無料で受け取れる
文字制限もあったもんだけど、その時は何も知らない
こんな風に記事でグダグダ書けるほどの文章力もなく、ただ手探りにその1通1通のやり取りに時間を掛けた
我ながら慎重だった
「ビックリしました、こんな事が出来るなんて携帯も買ったばかりだったので…」
そうして今のLINEみたいに既読はつかないけど、紙飛行機のマークが点滅しながら送信中と出てくる
送信完了と出たならホッと胸をなで下ろし実生活に戻る
俺も仕事しながら、日々何か刺激を求めてたのか?
いや、誰だってそうだったのかも?
世間の事情なんてどうでも良かった暮らしに巻き込んだ1つの出来事
『あの…失礼ですけど、どこ住みの方ですか?私は滋賀です』
…なんという偶然…。
47都道府県があるうちの1つが合致してる
少しイタズラなのかと頭を巡ったが…
それにしては巧妙だろう…
当時、俺は携帯を買い換える度に番号がコロコロ変わっていたから常にアドレス帳でよく話す人間にしか
「また番号が変わったのでよろしく」
を言ってなかったから、イタズラってのは考えにくかった
またカタカタと指が走る
「偶然ですね、俺も滋賀の人です。まさかだと思うんですけど本当です」
けして返事が早いわけではない
このやり取りだけで昼を超えていた、慎重だったのか?俺も仕事の休憩とかにメールが届いてないかとたまに携帯を見てたくらいだから
嬉しいな…ってよりも、最初だったから???のほうが強かったのかもしれない
『うそ…そんな事があるんですねっ!あの…私、ドキドキしてます。』
いや、俺もだっつーんだよ。
と、言わなかったがそんな気持ちになった
「そうなんですね、こんな偶然もあるんじゃないですか…多分」
紙飛行機が成田発、羽田着
羽田発、成田着くらいな距離感がJ-PHONEを通して行われている
端末を通して遠く離れてる様な出来事が目の前で繰り広げられてるのである
『私はチカって言います。18歳です、あなたはなんて呼べばいいですか?』
この当時、結構個人情報保護なんてものもガバガバなもんで、平気で住所や名前、電話番号を曝け出したりすることを躊躇わなかった人が多かった。
俺もそんな一人ではあったが
「俺は銀でいいですよ、19です。仕事してます」
そして、距離感、年齢が近いのかが分かったからであろうか、メールのやりとりの頻度が上がってくる
1日目にして俺の生活に別の色を添えることとなった
次の日からも
おはよう、おやすみ、仕事頑張って!などの挨拶を交わすようになり、ただまだ深いところまでは踏み込まない俺がいた
そして、彼女もまた踏み込まない関係でやりとりをしていた
きっと…この関係ってこれ以上求めると壊れてしまうような気がしてたのかもしれない
1週間が経ち、少しばかりやり取りの中で俺は疑問に辿り着く…
このメル友の行き着く最終形態ってのはなんなんだろう…
いつかは顔を見たり、声を聞いたり
ご飯でも食べに行ったり、遊んだり…
たまたま女性だったからそんな風に考えるのか?
同性だった場合はそんなふうに思えるのか?
でも、このままでもきっと良かったのだけど、若さゆえ、気になりだした事は先に進めないと気が済まなくなってきた…
「チカさんは…このメル友ってどう思います?俺は少しチカさんが気になりだしてきました…」
ちょっと躊躇った…。
我ながら踏み込んでいる
けども、コレを聞かないと何だろうな…
モヤモヤが出ちゃったから、それが拭えない…
しばらくして紙飛行機が飛んでくる
『銀さん、私もそう思います…どんな人なのかな…って考えてました』
なら答えが早い。電話すればいいじゃないか?
いや待て。そうじゃない、通話料だって高いんだし、何も考えずにそんなことをしてはいけない
若さゆえの過ちに陥るところであった
何もまだ知らない…少しばかりのやり取りで知った気になってこの関係が壊れれば俺以上に彼女が傷ついてしまう
そこは抑えた…
「そうなんですね、ただいつか顔を見たり出来るのかな、なんて考えてました」
不純?いや、わからない…
日々積み重なっていく言葉のやり取りは
いつも顔を合わせるコンビニのお姉ちゃんの笑顔より勝ってたのが事実だ
『私は、銀さんが初めてです。返事が来たのが、だから何でも話していけたらって思って』
続けて飛んでくる
『メル友としてでも構いませんし、顔が見れるならそれでも大丈夫です』
そうなんだ…
「もっと話していってから電話とか出来たらいいね、なんかそう思っちゃった。ありがとう」
ただ。1つ疑問を伝えたけど、その疑問を超える度にチカへの想いが募る
彼女はどんな人なんだろう?
今は何をやってるのだろう?
学生なのかなんなのか?
とは言え、それだけに没頭することも出来ないからリアルな生活を重視しつつ
メールの時だけはそうやって考えていた
そんなやり取りが続いた2週間目
チカからこう届く
『銀さんって…滋賀のどこに住んでますか?私は〇〇市ですけど』
え?と思った…
同じ市…ここまで偶然はそうない…下手すればリアルで知り合いじゃないか?
そんな気までしてた
「〇〇市って…俺も同じだよ、偶然にも程があるって、ちょっとびっくりしてる」
何故だろうか、そこまで一致してくると偶然で片付けるのが怖くもなってくる…
けれど最初に言った通りイタズラにしちゃ出来すぎている…
んー…と頭を悩ましたが、考えても分からない…
そんなふうに思っていたら紙飛行機が、飛んでくる。
こめかみにぶつけられた気分だ…
『スゴい…こんな事があるんですね…良かった。とても嬉しいです♡』
とうとう♡が出てきた。
俺もそんな風に見ると心拍爆上がりである。
何故だろう…文字だけの世界のはずなのにチカを1人の女性で脳内で生成している。焦る気持ち、昂る感情をどうにか抑えこう記した
「本当だね、じゃあいつかメシでも食いに行けたりしたら良いね」
『うん。その時はよろしくお願いします』
そうして1週間経った
頻繁にあったメールが少なくなった
何故だろう?
俺も返信が来ていないのに何回も送るのは嫌だったから待った
毎日あったおはよう!もこんばんは!も
お疲れ様!も数が減ってゆく
それから3日も経ったら来なくなった…
…
「チカさん、何かあったのかな…?心配です。また連絡待ってます」
そうして送ったその日の夕方に返信が届いた
『チカの親族です、生前は色々と話してくれてありがとうございました』
へ?となる…生前…
「何があったのでしょうか…意味が少しわからないのですが電話とかしても大丈夫ですか?」
…
そうして話した結果、チカは重病を患っていた、ここ数日の間で容態が悪化し帰らぬ人となったと
泣きながら説明をしてくれた…
俺もそうなんですね、とても残念です…としか言えなかった
『チカは喜んでました、こんな人がいるんだと近くでメル友が出来たんだと、相手してくれてありがとうございました』
「いえ、自分なんか何もしてあげれてないです。少しメールで話してただけですから」
そう言って電話を切る
チカを見送ることはしなかった…
良かったら顔だけでもと言ってくれたが…
いや。できなかった
俺の胸の中だけで完結させる
そしてそれがスカイメールってやつの最初で最後だったなぁ…
…
ヘックション…だったらいいのになぁ…
