ラトビアってどんな国?自然と歴史の魅力がたっぷりのラトビアへようこそ!!
ラトビアについて紹介!!
こんにちは!
ラトビア留学生のつくるです!!
今回の記事では,私が滞在しているラトビアという国について紹介します!主にラトビアの土地や歴史,言語,文化について紹介します!
日本に住んでいる方からすれば,「ラトビアってどこ?」「アフリカ?」「存在するの?」というように,ラトビアはあまり聞いたことのない国だと思います.私も日本の友達から「どこに留学してるんだっけ?」と何度も聞かれます(笑).
今回は,皆さんにあまり縁のないラトビアについて,少しでもラトビアを知っていただけるように紹介します!
ラトビアの地理について
ラトビアがそもそもどこにあるのか知らない方が多いと思います(笑).
ラトビアは,ヨーロッパの中のバルト三国のひとつです.バルト三国は,北からエストニア,ラトビア,リトアニアの三国の通称で,三国の西側はバルト海に面しています.三国の東側はロシアやベラルーシと面しています.日本では,北欧と呼ばれたり東欧と呼ばれたり,バルト三国と呼ばれたりしています.
ラトビアは,バルト三国の真ん中に位置している国です.広さはだいたい日本の6分の1の約64589平方キロメートルです.首都はリガ(Riga)という都市で,リガはバルト三国最大の都市です.ラトビアの人口は約187万人で,そのうちの3分の1がリガに住んでいます(2024年時点).ラトビアの人口はだいたい日本の福岡県と同じくらいです.
ラトビアは,平たい土地を持った国で,山は少なく,どちらかと言えば丘がたくさんある国です.バルト海沿岸やリガ湾沿岸には砂浜が広がっていて,比較的波の穏やかなビーチがあります.湖や沼地も多く存在しており,自然が豊かな国です.

国土の54%を森林が占めていて,ラトビアはヨーロッパで5番目に森林の多い国となっています(2024年時点).ラトビア国内には実に683個の自然保護区があります.
約12500本もの川がラトビア国内を流れていて,最大河川のダウガヴァ(Daugava)川はリガ市内を流れています.3900個以上の湖を持ち,ラトビアはヨーロッパで4番目に水資源の豊富な国です(2024年時点).ラトビアのクールディガ(Kuldiga)という都市にあるヴェンタ(Venta)滝は,ヨーロッパで最も横幅の広い滝で,249mの幅を持っています.

ラトビアの歴史について
現在のラトビアは,モダンラトビア(Mordern Latvia)と呼ばれていて,1991年に独立を果たして以降のラトビアを指します.ですが,ラトビアが最初に国として独立を宣言したのは,1918年11月18日です.そのため,11月18日はラトビアの独立記念日です.ラトビア国内では,ラトビアは1918年に独立したとされていて,100年以上の歴史があるとされています.
現在のラトビアがあるところに最初に定住したのはバルト人で,ヨーロッパの中でも古くから定住している民族になります.1201年にビショップ・アルバート(Bishop Albert)によってリガが設立され,バルト海交易の都市として栄えるようになりました.

中世には,バルト海交易を行っていたハンザ同盟(Hanseatic league)の都市として繁栄しました.このときに,ドイツの文化が流入し,キリスト教が布教されました.そのため,現在のリガの旧市街には,ドイツ式の教会や聖堂が残っています.

リガの旧市街の建物のうち,約40%がアールヌーヴォー(Art Nouveau)建築となっています.アールヌーヴォー建築群としては,世界最大の規模を誇り,リガの旧市街は世界遺産として登録されています.
その後,1918年の独立を果たすまでに,大国による支配を受けます.第二次世界大戦時には,ナチスドイツとソビエト連邦による占領を経て,戦後はソビエト連邦に編入されます.
1991年にソビエト連邦の崩壊によって,独立を果たし,それが現在のラトビアとなっています.

ラトビアの国旗は,国としての歴史よりも古く,13世紀には,現在の国旗の原形ができていたといいます.世界でも最も古い国旗のひとつとされています.ラトビアの都市のひとつであるチェーシス(Cesis)がラトビアの国旗が誕生した場所とされています.1923年に現在のものが国旗として使用されるようになりました.

ラトビアの言語について
ラトビアの公用語はラトビア語となっています.ラトビア語はインドーヨーロッパ語族のバルト語派に分類されます.バルト語は古い言語のひとつで,スラブ語やラテン語など,現在話されている言語の元となっている言語に近い言語です.
バルト語には,ラトビア語とリトアニア語の2つの言語が現在まで残っています.同じ語源のため,ラトビア語とリトアニア語は近い言語で,それぞれお互いの言語を話しても,大体は理解できるそうです.
ラトビアには他にも2つの言語があり,ラトガリアン語(Latgalian)とリヴォニアン語(Livonian)があります.ラトガリアン語は,ラトビア東部からリトアニア東部にかけてのラトゲール(Latgale)地域で話されていた言語です.リヴォニアン語は,エストニア語やフィンランド語に近い言語です.
ラトビア国内ではソビエト連邦に編入されていた歴史から,ロシア語も話されています.ほぼ全てのラトビア人学生はロシア語を話すことができ,街中でも,日常的にロシア語が話されています.特にお年寄りの人たちは,英語よりもロシア語を話します.ロシア語を母語とする人も多く,ラトビア人でもロシア語が母語の人もいます.ラトビア国内では,若い世代は英語も流暢に喋れるといわれていて,今私と一緒に学んでいるラトビア人の学生たちは,ラトビア語,ロシア語,英語の3言語を使いこなしています.
ラトビアの文化について
まず,3つの伝統工芸品を紹介します.
最初に紹介するのはコクレ(Kokle)です.コクレは,日本の箏に近い楽器です.張ってある弦をはじいて演奏する弦楽器です.箏よりも小さく,人が肩から掛けて演奏できるサイズの楽器です.
次に紹介するのは,リエルヴァールデサシュ(LIELVARDESASH)です.ラトビア人の女性がフォークダンスを踊るときに着る衣装の帯の柄のことを言います.模様を複雑に組み合わせた柄になっています.
最後に紹介するのが,ミトン(Mittens)です.鮮やかな色が用いられた,手縫いの裁縫工芸品です.日本にもある手縫いのマフラーのイメージと近いです.古い時代には,女性が商売をするための製品として作られていました.
次に,3つの祭りについて紹介します.
最初に紹介するのは,クリスマスホリデーです.リガはクリスマスツリー発祥の地です.リガで最初に,1510年に木にデコレーションをしたのが始まりだといわれています.クリスマスシーズンには,リガ旧市街地の広場でクリスマスマーケットが開催されています.

次に紹介するのが,夏至祭です.クリスマスホリデーはキリスト教徒全体の祭りですが,夏至祭はラトビアの祭りです.ラトビア人にとって夏至祭の方が重要だそうです.夏至祭は昔から続く,最も夜が短いことを祝うお祭りです.葉っぱの冠をかぶって,たき火の上を飛び越えるという伝統があるそうです.
最後に紹介するのが,歌とフォークダンスの祭典です.歌とフォークダンスの祭典は,ラトビアで開催される祭りの中で最も規模が大きく,開催期間も5年に一度の特別な祭りです.ユネスコの無形文化遺産にも登録されています.数万人のラトビア人がラトビアンレッドの伝統衣装を着て,フォークダンスを踊るそうです.
今回の記事では,ラトビアの土地や歴史,言語,文化について紹介しました.少しでもラトビアについて,知っていただけたでしょうか?私は,クリスマスツリーがラトビア発祥だというのを,ラトビアに来て,博物館の展示を見るまで知りませんでした.世界中で見られるクリスマスツリーがラトビアという国発祥なのは少し面白いですよね!
今回は,少しかたくるしい記事になってしまいました.もう少しフランクに記事を書いて,皆さんに親近感を持っていただける記事を書いていきたいです!今後は,ラトビアの国民性だったり,食事,スポーツだったりなど,日常生活に関連する記事を書いていきたいなと思っています!
