第1回 ASDの次女が高校卒業後 立ち止まった時間『外がこわい』と打ち明けてくれた日
はじめに
この連載では
ASDの次女が高校卒業後社会に出られず
立ち止まった時間から少しずつ仕事に
向き合っていくまでの歩みを綴っています
今回は最初の頃のお話です
これから書こうとしているのは
『上手くいった話』
『乗り越えた成功体験』ではありません
遠回りに見える時間の中で
次女が感じていた戸惑いや怖さ
それをそばで見ていた私自身の揺れや
思いこみ、気づきの記録です
止まることに意味があり
動けない時間の中で育っていくものがある
そんな視点からひとつひとつの過程を
言葉にしていきたいと思います
高校卒業後一時的ひきこもり時間
次女は高校を卒業した後すぐに社会へ
出ることが出来ませんでした
外との関わりが減り、家で過ごす時間が
増えてきました
学校という枠組がなくなったことで
次にどこへ向えばいいのか分からず
立ち止まっているように見えました
当時の私は
『今、動かないとこのまま引きこもって
しまうのでは』とそんな不安をかかえて
いました
次女の心配をしながらもどう関われば
いいのか分からず気持ばかりが先に
焦っていたように思います
私の中にあった前提
あの頃の私は
『学校を卒業したら働くのが当たり前』
という前提を無意識に持っていました
私自身がそうしてきたように
次女も同じように進むものだと
無意識に思っていたのだと思います
仕事をしていない状態は
どこか『よくないこと』『遅れていること』
と捉えていました
だから私は
次女の戸惑いや不安より先に
『とにかく仕事をしなさい』
『今、動かないといけないよ』
そんな言葉をかけていました
ハローワークに連れ出したり
職業訓練学校の資料を集めたり
今、振り返るとそれは次女のためという
より私自身の不安を落ち着かせ
安心させるための行動だったかも
しれません
次女から『外が怖い』と言われた日
そんなある日次女は私に
『外に出るのが怖い、働くことが怖い』と
涙ながらに話してくれました
けれど私は
『動かなければ今が大切な時期だ』と
そんな思いにひっばられ
次女の怖さを十分に受け取れなかった
かもしれません
私も不器用でもなんとか
今までやってこれたのだから次女もやれる
はずだと信じて強引に背中を押していた
のだと思います
今振り返ってその関わりは
次女の『怖い』という感覚を和らげるどころか強めていったのではないかと気づきました
『家庭は第2の子宮』という視点
人が社会に出ていく前には安心して
立ち止まれる場所が必要だといわれて
います
その役割を担う環境を
『家庭は第2の子宮』と表現する
考え方があります
子宮は外にでる準備が整うまで
守られ、急がされず
育つための時間を過ごす場所
家庭もまた社会へ向かう前に一度
戻ってきてもいい場所、評価されることもなく
そのままでいいと感じられる空間です
ASDの特性をもつ次女は
環境の変化や人の関わりに人一倍強い
緊張を感じやすいところがあります
そのため安心できる環境が整っていないと
外へ向かう力が育ちにくいことを
私は体験を通して知りました
次女が立ち止まったあの時間は
社会から逃げていたのではなく
家庭という子宮の中で次に進むための感覚を
少しずつ取り戻していた時期だったのだと
思います
関わり方が変わりはじめた時
次女の『怖い』という言葉を最初から
受け入れられたわけではありません
正直に言うとすぐサポートしようという
気持ちになれなかったのだと思います
当時の私は働いていない状態への苛立ちや
不安を次女にぶつけることで自分の気持ちを
落ち着かせていました
その頃の家庭内は次女にとっては決して
居心地のよい場所ではなかったのでは
ないかと今は感じています
私はそんな中で少しずつ考えるように
なりました
『怖い』と口にするまでに次女はこれまで
辛いこと悲しいことを沢山抱えてきたの
ではないか
誰にも頼れず、誰も信用できないまま
一人で我慢して耐えてきたのてはないか
それでも、もう限界だと感じて勇気を出して
私に打ち明けてくれたのではないか
そう思った時
私は次女を支えていこうと
心に決めたのだと思います
あの頃の関わり方が過保護や過干渉に
なっていようとも次女を支えたい
寄り添いたいという思いは間違いでは
なかったと感じています
正解がわからないまま不器用なやり方で
無我夢中で次女を支えていた
それがあの頃の私でした
母である私の気づき
次女の『怖い』の言葉に私はハッとしました
それは次女の気持ちてありなから
同時に私の中にもあった感覚だったからです
思い返してみると私も外に出ることが
怖かった時期がありました
けれどその気持ちを母に伝えることが
出来ませんでした
心配かけてはいけない
弱いところを見せてはいけない
そんな思いを抱えたまま私は出来るふりを
して社会に出ていったのだと思います
私が言葉に出来なかった『怖い』を
ちゃんと次女は口にしてくれました
私の中に長く置き去りにした感情を感じる
ことができました
本当は私も
否定されず、急がされず
『ただそう感じているんだね』と
受け取めてほしかった
それは母にしてもらいたかったことでした
今度は母になった私が
ずっとしてほしかったかかわりを
次女に向けてしていた時間だったと
気づきました
それは同時に長い間置き去りにした
自分に寄り添っていた時間
だったかもしれません
次回は
発達障害支援センターに繋がった
ことで生まれた変化
そしてB型就労支援が次女にとって
どのような意味をもっていたのか
私の気持ちを交えながら綴ります
ここまで読んでくださり有難うございました
